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理化学研究所、腰椎椎間板変性症発症に関する遺伝子「CHST3」を発見

2013-10-16

腰椎椎間板変性症(LDD)発症に関する遺伝子「CHST3」を発見
椎間板ヘルニアや腰痛症の発症機構の解明、治療法の開発へ前進−


<ポイント>
 ・国際共同研究チームによる大規模ゲノム解析を実施
 ・CHST3の3’非翻訳領域に存在するSNPがLDDの発症に関与
 ・LDDの発症にマイクロRNAによるCHST3の転写の阻害が関与


<要旨>
 理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、軟骨の細胞外基質の代謝に関わる遺伝子「CHST3」が腰椎椎間板変性症(LDD)の発症に関与していることを発見しました。これは、理研統合生命医科学研究センター(小安重夫センター長代行)骨関節疾患研究チームの池川志郎チームリーダー、唐杉樹研修生(現 熊本大学整形外科特任助教)と、腰椎椎間板ヘルニアコンソーシウム[1]などによる共同研究グループの成果です。

 LDDは椎間板の老化に伴う変性によって生じる疾患の総称で、椎間板ヘルニアや腰痛症はLDDが起因となって発症します。腰痛症は有病率[2]30%といわれる頻度の非常に高い疾患で、社会的・経済的に大きな問題となっています。LDDの発症には環境要因や遺伝要因が関与すると考えられています。今回、池川らは、ゲノムワイド相関解析(GWAS)[3]とゲノムワイド連鎖解析[4]の2つの遺伝学的解析を行い、その結果を統合して解析することで新たなLDDの発症に関与する原因遺伝子の同定を試みました。

 唐杉らは、日本人の腰椎椎間板ヘルニア患者と対照者、合わせて3,600人について、ヒトのゲノム全体を網羅する55万個の一塩基多型(SNP)[5]を調べ、強い相関を示すSNPをいくつか発見しました。それらのSNPをさらに25,000人の日本人、中国人、フィンランド人の集団を用いた相関解析を行って確認し、LDDと最も強い相関を示すSNPを10番染色体上に同定しました。このSNPを含む領域は、共同研究機関の香港大学のYou−Qiang Song助教らが中国人のLDD患者18家系を用いて行なったゲノムワイド連鎖解析でLDDと強い連鎖を示す領域と重複していました。この2つの異なる遺伝学的手法により共通して示された領域には「CHST3」という遺伝子が存在しました。CHST3は、軟骨の細胞外基質の主要な構成成分であるプロテオグリカンの代謝に関係する酵素を作り、椎間板の高度な変性を起こす骨の遺伝病の原因遺伝子としても知られています。

 CHST3を詳細に解析すると、この遺伝子の3’非翻訳領域[6]に存在するマイクロRNA[7]が結合する配列にLDDと非常に強い相関を示す別のSNPが見つかりました。さらに、細胞株やヒト椎間板組織を用いた実験で、このSNPによってマイクロRNAの機能を介してCHST3のmRNAが不安定となり、その量が減少することが分かりました。

 本研究ではLDDに関連する新たな遺伝子CHST3を発見し、椎間板を維持するメカニズムの一部が明らかとなりました。さらなる研究により、分子レベルでLDDの病態の理解が進み、新しい予防法や治療法、またその治療薬の開発が進むものと期待できます。成果は、科学雑誌『The Journal of Clinical Investigation』に掲載されるに先立ち、オンライン版(10月8日付:日本時間10月9日)に掲載されます。


<背景>
 腰椎椎間板変性症(LDD:Lumbar Disc Degeneration)は、腰椎の椎間板の老化に伴う変性によって発症する疾患の総称です。骨・関節の疾患の中で最も発症頻度の高い疾患の1つで、腰痛症や腰椎椎間板ヘルニア(LDH:Lumbar Disc Herniation、図1)もLDDが起因となって発症します。腰痛症の年間有病率は30%、生涯罹患率は80%といわれています(出典:Andersson,G.B.1999.Epidemiological features of chronic low−back pain.Lancet.354:581−585.)。痛みにより日常生活動作が障害され、患者個人の生活の質が低下し、医療上の問題だけでなく労働生産性の低下などの社会的な問題も生じています。しかし、その発症のメカニズムは未だ不明で、予防法や根本的な治療法の開発が期待されています。

 過去の疫学研究などからLDDは、環境的な要因と遺伝的な要因の作用により発症する多因子遺伝病であることが明らかになっています。理研統合生命医科学研究センター 骨関節疾患研究チームは、LDDの発症に関与する原因遺伝子を特定し、その働きを解明しようと研究を続けてきました。当チームはこれまでに「CILP」(注1)や「COL11A1」(注2)、「THBS2」(注3)などのLDHの原因遺伝子を世界に先駆けて同定しています。しかし、LDDの原因や病態を解明するためには、さらなる遺伝子の同定が必要です。そこで、慶応大学整形外科の千葉一裕準教授(現、北里研究所病院教授)、富山大学整形外科の川口善治准教授を中心とする腰椎椎間板ヘルニアの専門医集団で構成された腰椎椎間板ヘルニアコンソーシウム、及び香港大学、Oulu大学(フィンランド)の協力を受け、新たなLDDの発症に関与する原因遺伝子の同定に挑みました。

 注1)2005年5月2日プレスリリース http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/press/2005/20050502_1/20050502_1.pdf
 注2)2007年10月2日プレスリリース http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/press/2007/20071002_1/20071002_1.pdf
 注3)2008年5月2日プレスリリース http://www.riken.jp/~/media/riken/pr/press/2008/20080502_1/20080502_1.pdf


<研究手法と成果>
 骨関節疾患研究チームは、多段階のゲノムワイド相関解析(GWAS:Genome−Wide Association Study)を用いて、ゲノム全体から原因遺伝子の存在する領域の絞り込みを行いました。LDHはLDDの一部、進行した重度のLDDと考えられています。そのため、本研究ではLDHとLDD患者から採取したDNAサンプルを用いました。

 まず、第1段階として腰椎椎間板ヘルニアコンソーシウムにより収集された日本人のLDH患者366人と対照者3,331人のDNAサンプルを用いて、GWASを行い、ヒトのゲノム全体をカバーする55万個の一塩基多型(SNP)を調べました。次いで第2段階として、GWASでLDHと強い相関を示した上位1,500個のSNPに対して独立した日本人LDH患者544人と対照者15,800人を用いて相関解析を行いました。さらに第3段階として、第2段階でLDHと強い相関を示した上位10個のSNPに対して、別の日本人LDH患者242人と対照者622人、および中国人のLDD患者572人と対照者776人のDNAサンプルを用いて相関解析を行いました。そして、第4段階として、第3段階でLDDと最も強い相関を示した10番染色体上の1つのSNP(rs1245582)に対して別の中国人のLDD患者572人と対照者776人、およびフィンランド人のLDD患者399人と対照5,035人のサンプルを用いて相関解析を行いました。これら4段階の解析の結果を統合したところ、このSNP(rs1245582)のP値[8]が非常に低く、極めてLDDと相関が高いことが分りました(表1)。

 また、共同研究機関である香港大学のYou−Qiang Song助教授らは、若年発症のLDD患者を含む中国人の家系、126人18家系についてゲノムワイド連鎖解析を行いました。ヒトの1−22番染色体に、ある間隔で設定されている419個のゲノム上のマーカーを調べたところ、興味深いことにLDDと強い関連性を示すマーカー(D10S569)をSNP(rs1245582)と同じ10番染色体上に見つけました。2つの異なった遺伝学的手法で同一の領域が示されたことから、この領域にLDDの発症に関与する原因遺伝子が存在することが強く示唆されました。データベースを調べると、この領域にはCHST3(carbohydrate sulfotransferase 3)という遺伝子が存在していました。CHST3は、コンドロイチン硫酸など軟骨の細胞外基質の代謝に関係する酵素を作ります。

 CHST3遺伝子領域内を網羅的に解析したところ、rs1245582とほぼ完全連鎖[9]するSNPが4個存在し、LDDに対してrs1245582と同程度の強い相関を示すことが分かりました。これら4個全てのSNPの位置について詳しく調べたところ、4個のうち2つ(rs4148941、rs4148949)がmRNAからタンパク質の合成過程である「翻訳」を抑制するマイクロRNAが結合する配列に存在していました。これら2個のSNPに対してLDD患者1,930人と対照者2,136人のDNAサンプルを用いて相関解析を行ったところ、rs4148941とrs4148949のP値はいずれも低く、非常にLDDと強い相関が認められました。

 LDDの主病変部である組織(軟骨、椎間板、骨)でのCHST3の遺伝子発現パターンを調べたところ、これら全ての組織で高く発現していました(図2)。また、細胞株を用いてCHST3のmRNAの量を調べた結果、rs4148941の疾患感受性アレル[10]を持つ細胞では、マイクロRNAの存在下でmRNAが減少することを発見しました(図3)。さらに、ヒト椎間板組織から抽出したmRNAを調べた結果、rs4148941の疾患感受性アレルを持つ椎間板組織のCHST3のmRNAが減少していることを発見しました(図4)。これらの実験結果からrs4148941の疾患感受性アレルを持つとマイクロRNAの機能を介してCHST3のmRNAが不安定となり、その量が減少することが分かりました。一方、SNP(rs4148949)でも同様に実験したところ、mRNAに影響が無いことから、LDDの発症に関与するSNPはrs4148941であると考えられました。さらに詳細に解析したところ、このSNP(rs4148941)の疾患感受性アレルを持つと、LDD発症のリスクが1.31倍高まることが分かりました(表2)。


<今後の期待>
 複数の人種においてLDDに関連する遺伝子を発見し、その機能異常を解明した今回の発見によりLDD、および椎間板ヘルニアの原因や病態の解明が急速に進展することが期待できます。今後、CHST3の機能解析を続け、LDD発症に関わる新たな経路をさらに詳しく調べることで、ゲノム・分子レベルにおいてLDDの病態の理解が進み、新しいタイプの治療薬の開発が可能になることが期待できます。理研 骨関節疾患研究チームは、今後も国際協力研究を展開し、新たな疾患に関与する原因遺伝子やこれまでに判明している遺伝子の情報を組み合わせてLDDの診断・予測モデルを作成することによって、LDDの発症や進行のリスクをより簡便、正確に予測できるようなシステムを作ることを目指します。


 ※以下の資料は、添付の関連資料「参考資料」を参照
  ・原論文情報
  ・発表者
  ・補足説明
  ・図1 腰椎椎間板ヘルニアのMRI写真
  ・図2 さまざまなヒト組織でのCHST3遺伝子の発現量
  ・図3 マイクロRNA(miR−513a−5p)存在下におけるCHST3 mRNA量に対する2つのSNPの影響
  ・図4 ヒト椎間板組織(繊維輪、軟骨、髄核)においてSNP rs4148941のCHST3遺伝子の発現に対する影響
  ・表1 腰椎椎間板ヘルニアの相関解析で発見された10番染色体上のSNP(rs1245582)の相関
  ・表2 CHST3遺伝子の3’非翻訳領域のSNP(rs4148941)の相関

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