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東大、マウスにおける筋萎縮性側索硬化症の遺伝子治療実験に成功

2013-10-02

マウスにおける筋萎縮性側索硬化症の遺伝子治療実験に成功
−孤発性筋萎縮性側索硬化症の根本治療へ向けた大きなステップ―



1.発表者:
 郭 伸(国際医療福祉大学 臨床医学研究センター 特任教授/東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 臨床医工学部門客員研究員)
 山下 雄也(東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 臨床医工学部門特任研究員)


2.発表のポイント:
 ◆死に至る難病であり、これまで治療法がなかった筋萎縮性側索硬化症(ALS、(注1))の発症原因に根ざした新規な根本治療法の開発に成功した。
 ◆モデルマウスにアデノ随伴ウイルス(注2)を静脈注射し神経細胞(ニューロン)に遺伝子を導入することにより、孤発性ALSで欠乏し細胞死の原因になっている蛋白質を正常化する治療法を開発・確立した。
 ◆ALSの大多数を占める孤発性ALSの特異的遺伝子治療法として道を拓くものと期待される。


3.発表概要:
 筋萎縮性側索硬化症(ALS)は主に中高年に発症する、進行性の筋力低下や筋萎縮を特徴とし、数年の内に呼吸筋麻痺により死に至る神経難病で、有効な治療法はありません。これまで、国際医療福祉大学臨床医学研究センター 郭 伸特任教授(東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 臨床医工学部門 客員研究員)らの研究グループは、ADAR2という酵素(注3)がALSの大多数を占める遺伝性のない孤発性ALSの運動ニューロン死に関与していることを突き止めていました。
 今回、郭特任教授と東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 臨床医工学部門 山下雄也特任研究員らの研究グループは、自治医科大学 村松慎一特命教授らと共同で、脳や脊髄のニューロンのみにADAR2遺伝子を発現させるアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを開発し、このベクターを孤発性ALSの病態を示すモデルマウスの血管に投与したところ、その運動ニューロンの変性と脱落、および症状の進行を食い止めることに世界に先駆けて成功しました。
 また、発症前のみならず発症後に投与した場合でもADAR2遺伝子を運動ニューロンに発現させることで死に至る一連の過程を止め、明らかな副作用を生ずることなく、運動ニューロン死による症状の進行が抑えられました。従来、静脈注射により脳や脊髄に遺伝子を導入することは困難とされていましたが、ニューロンのみで遺伝子を発現するAAVベクターを用いることで、一度の静脈注射で効果的な量のADAR2遺伝子の発現を長期間持続させることができました。
 モデルマウスでの結果ではありますが、孤発性ALS患者でも類似の分子メカニズムが働いていると想定され、今回用いたヒト型ADAR2に治療効果が得られたことからも、同様の方法での遺伝子治療の有効性が期待できます。また、AAVベクター自体の安全性は高いことが知られており、今回の改良型AAVベクターの安全性を確認し、薬剤の効果が最も得られる用量などが明らかになれば、ALSの治療に道を拓くものと期待されます。
 以上の成果は、「EMBO Molecular Medicine」(9月24日オンライン版)に掲載されました。なお、本研究は科学技術振興機構・戦略的研究推進事業(CREST)研究と厚生労働省・疾病障害者対策研究の支援を受けて行われました。


4.発表内容:
【研究の背景】
 国際医療福祉大学臨床医学研究センター 郭 伸特任教授(東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 臨床医工学部門 客員研究員)の研究グループは、これまでの研究の積み重ねにより、ALSでは神経伝達に関わるグルタミン酸受容体の一種であるAMPA受容体の異常が運動ニューロン死の原因であることを突き止めていました。具体的には、AMPA受容体のカルシウム透過性を規定するサブユニットであるGluA2に本来生ずべきRNA編集(転写後の一塩基置換)(注5)が起こらず、未編集型GluA2(注6)が発現するためカルシウム透過性が異常に高いAMPA受容体が運動ニューロンに発現していること、加えて、GluA2が未編集となるのはRNA編集酵素であるADAR2酵素の発現低下のためであることを確かめていました(注7)。さらに、ADAR2のコンディショナルノックアウトマウス(AR2マウス)(注8)の解析から、ADAR2酵素の発現低下は、異常なカルシウム透過性AMPA受容体の発現を引き起こすことにより運動ニューロン死の直接の原因であることを証明し、孤発性ALSの運動ニューロンで起きるTDP−43の局在異常(TDP−43病理)(注9)を引き起こすことからも、この分子異常が孤発性ALSに病因的意義を持つことを示してきました。
 ALSには有効な治療法がなく、死に至る難病であるため、根本的な治療法が切望されています。ALSの遺伝子治療には脳幹や脊髄全体に治療遺伝子を行き届かせる必要があるため、静脈注射や髄腔内投与による遺伝子の送達が望まれます。しかし、投与した遺伝子は脳幹や脊髄にたどり着くまでに血液脳関門を通らなければならないため、効き目のある量を脳幹や脊髄で発現させることが困難でした。また、静脈注射や髄腔内投与では、遺伝子が目的とする運動ニューロンだけではなく全身に発現するため、目的とする脳幹や脊髄以外での遺伝子発現のため副作用を生ずる可能性が高く、両者を両立させることはこれまで課題となっていました。そこで、血管内に投与した場合でも脳や脊髄内の神経細胞(ニューロン)だけに遺伝子が発現するウイルスベクターを開発しました。このウイルスベクターにADAR2遺伝子を組み込み、孤発性ALSの病態を示すモデルマウスの静脈に投与する遺伝子治療を行い、その効果を検討しました。

【研究内容】
 1)新規ウイルスベクターの開発
  アデノ随伴ウィルス(AAV)はヒトの脳内投与、全身投与で安全に遺伝子を送達できるウィルスとして世界的にも遺伝子治療の臨床試験に用いられているウィルスです。今回、治療遺伝子を安全かつ効果的にALS患者の病症部位である脳幹や脊髄に届けることができるAAVベクターを開発し、マウスの静脈内投与により約20%以上の確率で脊髄運動ニューロンに治療遺伝子ADAR2を到達させ、発現させることに成功しました。遺伝子はニューロンのみに発現するため、肝臓や血液などの中枢神経のニューロン以外では発現せず、ADAR2遺伝子が発現することによるニューロンやその周囲の組織の異常な反応も見られず、副作用も認められませんでした。そのため、ヒトでも安全に全身投与できるADAR2遺伝子ベクターであることが期待されます。

 2)モデルマウスへの治療
  孤発性ALSの病態を示すコンディショナルノックアウトマウス(AR2マウス)を既に開発しており、このモデルマウスでは、ALSに特有な運動機能障害、選択的な運動ニューロン死、ALSに特異的なTDP−43病理が観察されることを明らかにしていました。このマウスにRNA編集酵素ADAR2遺伝子を組み込んだ上記のAAVベクターを投与し、遺伝子治療の効果を検討したところ、脊髄運動ニューロンへの遺伝子導入が確認され、モデルマウスへの投与から2か月で運動機能の低下が抑えられました。投与7ヶ月後のモデルマウスでは、ADAR2遺伝子を組み込んだAAVベクターを投与していない対照群と比較して、脊髄のADAR2発現が1.5倍に上昇し、カルシウム透過性AMPA受容体の発現を意味する未編集型GluA2の発現が減り,脊髄前根(注10)の軸索数や運動ニューロンの細胞数の減少で表される運動ニューロンの変性や脱落が抑制されました。また、ALSに特有なTDP−43の異常な局在変化が軽減され、核がTDP−43陽性の正常な運動ニューロン細胞数が増加しました。上記の結果は、ADAR2遺伝子の導入によりADAR2活性が回復し、異常なカルシウム透過性AMPA受容体の発現が抑えられた結果、運動ニューロン死が阻止された事を意味しています。AAVベクターを投与してADAR2遺伝子を発現させたことによる異常なグリア細胞の反応は見られませんでした。これらの解析結果は、孤発性ALS患者でも発現が低下しているADAR2を正常化することで治療効果が得られる可能性があることを示唆します。

【社会的意義・今後の予定】
 国際医療福祉大学臨床医学研究センター 郭 伸特任教授(東京大学大学院医学系研究科附属疾患生命工学センター 臨床医工学部門 客員研究員)の研究グループは、モデルマウスを用いて、死に至る神経難病である孤発性ALSの特異的治療法の開発に成功しました。これまでALSには根本的な治療法がなく、この遺伝子治療法の開発によりALS患者の大多数を占める孤発性ALSの治療実現への道筋が初めて拓かれたと言えます。この治療法は副作用や患者への治療行為への危険を軽減するために、血管内へウイルスベクターを投与し、脳や脊髄の神経細胞のみに治療遺伝子を発現させることを視野に入れた治療法で、一回の静脈注射で長期間の効果が得られる利点もあります。今回改良したウイルスベクターを用いれば脳や脊髄のニューロンに広範囲に治療遺伝子を導入できるようになるため、ALS以外の中枢神経系疾患に対してもより簡便な遺伝子治療を提供できる可能性があります。今後、このウイルスベクターを用いたADAR2遺伝子導入の安全性の問題や効果が最も得られる用量などを解決することにより、人への応用が可能になり、ALSなどの神経難病の治療法としての臨床応用が期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「EMBO Molecular Medicine」(9月24日オンライン版)
 論文タイトル:Rescue of amyotrophic lateral sclerosis phenotype in a mouse model by intravenous AAV9−ADAR2 delivery to motor neurons
 著者:Takenari Yamashita,Hui Lin Chai,Sayaka Teramoto,Shoji Tsuji,Kuniko Shimazaki,Shin−ichi Muramatsu,Shin Kwak
 DOI番号:10.1002/emmm.201302935
 アブストラクトURL:http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/emmm.201302935/abstract


 ※以下の資料は添付の関連資料を参照
  ・用語解説
  ・図1:AAV9−ADAR2ウイルスを用いたALSモデルマウスの治療。
  ・図2:AAV9−ADAR2ウイルスを用いたALSの治療戦略。

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