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東大、自閉症スペクトラム障害の血液中マーカーの開発につながる研究成果を発表
自閉症スペクトラム障害の血液中マーカーの開発につながる成果
―血液中の代謝産物の網羅的な解析によって同定―
自閉症スペクトラム障害(用語解説1)は、表情や声色を活用して相手の気持ちを汲み取ることが難しいといった対人コミュニケーションの障害を主な症状とし、一般人口の100人に1人以上で認められる代表的な発達障害ですが、この障害の診断や重症度を客観的に評価する方法は乏しいのが現状です。
東京大学大学院医学系研究科精神医学分野 准教授 山末英典、同研究科 こころの発達医学分野 助教 桑原斉、同研究科 精神医学分野 教授 笠井清登らは、客観的な評価方法を開発するため、網羅的に血液中の代謝産物を調べるメタボローム解析(用語解説2)を行いました。その結果、自閉症スペクトラム障害を持つ群ではアルギニン(用語解説3)など4つの代謝産物の血液中濃度が、健常対照群に比べて偏りがあることがわかりました。この結果は、別の自閉症スペクトラム障害群と健常対照群においても確認されました。また、この4つの代謝産物の血液中の濃度を利用することで、自閉症スペクトラム障害の方か健常対照の方かを約80.0%という高い確率で判別できました。この結果から、こうした代謝産物濃度が血中マーカーとして役立つ可能性が示されました。
これらの成果は、日本時間 9月19日午前6時にPLOS ONE誌(電子版)にて発表されます。本研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の一環として、また、科学技術振興機構「戦略的創造研究推進事業 CREST」の支援を受けて行われました。
【発表者】
東京大学医学部附属病院 こころの発達診療部
東京大学大学院 医学系研究科 こころの発達医学分野 助教 桑原斉
東京大学医学部附属病院 精神神経科
東京大学大学院 医学系研究科 精神医学分野 准教授 山末英典
【研究の背景】
自閉症スペクトラム障害は、一般人口の100人に1人以上で認められる代表的な発達障害です。しかし、現在の診断は、主として本人との面談や行動観察、養育者からの聞き取りによって実施されていて、診断の正確さが診断を行う専門家の主観に影響されています。多くの研究が、生物学的な客観的指標による自閉症スペクトラム障害の診断を目指して実施されてきましたが、実際の臨床で使用されている生物学的検査は現在のところ存在していません。
近年、100種類以上の代謝産物を網羅的に測定することができる「メタボローム解析」の技術が発展し、自閉症スペクトラム障害に関しても尿中のメタボロームを解析した研究が報告されています。その一方で、血液中の代謝産物を自閉症スペクトラム障害で測定した報告はありませんでした。そのため、血液中の代謝産物を網羅的に測定することで、自閉症スペクトラム障害の客観的指標を開発できる可能性があると考え今回のメタボローム解析を実施しました。
【研究の内容】
メタボローム解析は、2回に分けて実施しました。1回目の測定は10名の自閉症スペクトラム障害群と10名の健常対照群、2回目は1回目と異なる15名の自閉症スペクトラム障害群と18名の健常対照群の血中濃度を比較しました。いずれも100種類以上の代謝産物を同時に測定しましたが、1回目と2回目で共通して認められた結果は、アルギニンとタウリンの上昇、5−オキソプロリンと乳酸の低下でした(図1)。そして、これら4つの代謝産物の濃度の違いを利用することで、有意に高い確率で自閉症スペクトラム障害の方か健常対照の方かが判別されました(1回目:80.0%;2回目:78.8%)。またアルギニンの上昇の程度は、対人交流や学校や職場での問題の程度などに基づいて精神科医が評定した生活機能の全体的評定の低下と関連していました(図2)。
※図1・2は、添付の関連資料を参照
【今後の展望】
今回の研究では、アルギニンをはじめとする4つの代謝産物の血中濃度を使うことで自閉症スペクトラム障害の客観的な診断ができる可能性が示されました。
一方、これらの代謝産物の異常が自閉症スペクトラム障害の原因なのか、あるいは逆に自閉症スペクトラム障害に起因するものなのかは明らかではありません。自閉症スペクトラム障害のどのような特性と関係があるかも含め、将来の診断・治療技術の確立に向けて、病態と代謝産物の機能的な関連を引き続き検討する必要があります。また、今回の結果が普遍的な事実であると確認するためにはより多数の研究参加者による再現研究が必要であると考えられますが、今回の研究結果からは合計で50人〜150人程度の研究参加者が必要だと試算できました。
※用語解説などは、添付の関連資料を参照