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京大など、巨大な構造転移を伴ったモット絶縁体の金属化に乾電池1個に満たない電圧で成功

2013-09-04

巨大な構造転移を伴ったモット絶縁体の金属化に乾電池1個に満たない電圧で成功
〜さまざまな低電力動作のデバイス実現に期待〜



 前野悦輝 理学研究科教授らと、中村文彦 広島大学先端物質科学研究科助教らの研究グループは、電子同士の強い反発力によって絶縁体化したルテニウム酸化物に、室温で乾電池1個に満たないわずかな電圧を加えるだけで、巨大な構造転移が引き起こされて顕微鏡で確認できるほど大きく結晶が縮み、金属化することを発見しました。さらに、わずかな電流を流し続けることによって、電場で金属化した状態(スイッチオンの状態)を低温まで維持することにも成功しました。

 これまでに報告されているスイッチング現象の多くは、高電場の印加やさらに液体ヘリウムなどの寒剤での冷却を必要としました。これに対して、今回発表のルテニウム酸化物では、2,000〜20分の1程度の低電場かつ室温で起こります。また、絶縁体と金属の状態で結晶構造のひずみが異なるために、これまでにない大きな体積変化を伴うのが特徴です。

 このスイッチング現象に必要な電場は低温に向かって急激に増加するため、スイッチオンの状態を低温で実現することは困難でしたが、今回、室温でスイッチ後わずかな電流を流し続けることで低温までオン状態を維持することにも成功しました。電子の流れを加えた金属状態(非平衡定常状態)では、電子が凍った絶縁体状態に戻りにくいという新しい現象の発見といえます。

 この現象を利用すれば、低電力で動作するスイッチング素子、抵抗変化型メモリー、音波発信器などへの応用が期待できます。

 本研究成果は、2013年8月29日付の英国Nature Publishing Groupの科学雑誌「Scientific Reports」電子版3巻に掲載されました。

<背景>
 わずかな電圧によって電子材料の絶縁体−金属状態の間のスイッチング現象が実現すれば、現在次世代メモリーとして開発が進んでいる抵抗変化型メモリー(ReRAM)の材料としても有用となります。近年、そのような機能性量子材料として注目されているのが、電子相互の絡み合いが重要となる「強相関電子系」物質で、電子相互の強い影響ゆえに、ほんのわずかな刺激で全体の状態が大きな変化を雪崩的に起こす可能性も秘めており、独立した電子の集団からは到底予想できない「創発現象」が起こり得ます。強相関電子系物質の中には、電子が互いに強く避け合うことで整列してしまうモット絶縁体になるものが多くあります。このいわば「電子の結晶」は元素置換などによるキャリアドーピングで「溶け」出して「電子の液体状態」である金属となり、銅酸化物での高温超伝導現象、マンガン酸化物におけるマルチフェロイック現象など、電子相関が本質的な役割を果たすさまざまな現象を生み出してきました。

 ルテニウムの酸化物は典型的な強相関電子系物質として知られています。ストロンチウムルテニウム酸化物Sr2RuO4は前野教授(当時広島大学)らが超伝導を発見(文献1)した物質で、スピン三重項超伝導の最有力候補物質としてさかんに研究されています。本研究成果を生んだ物質は、そのストロンチウムをカルシウムで置き換えたカルシウム−ルテニウム酸化物Ca2RuO4で、1997年に本学の前野教授のグループが初めて合成してモット絶縁体であることを明らかにした物質です(文献2)。結晶構造は図1のとおりで、銅酸化物高温超伝導体La2−xSrxCuO4と基本的に同じ層状構造をとりますが、銅(Cu)がルテニウム(Ru)で置き換わっています。絶対温度357ケルビン(84度)以下の温度ではRuO6八面体が顕著に扁平になりモット絶縁体となっていますが、それ以上の温度では結晶構造が大きく変化し、RuO6八面体は細長になって金属状態になります。中村助教らは、Ca2RuO4に圧力を印加することで低温まで金属化することを見出し(文献3)、さらに10ギガパスカル(10万気圧)もの高圧の下では超伝導が現れることをケンブリッジ大学との共同研究で発見しました(文献4)。

 ※図1は添付の関連資料「参考資料」を参照

<研究手法・成果>
 今回の発見は、中村助教らが電気抵抗測定の電極を付ける過程で、Ca2RuO4単結晶(図2)に高周波電場を当てたところ、結晶が次々に粉砕してしまったことから生まれました。これは本来高温で起こるはずの大きな構造変化を伴う絶縁体から金属への変化が、比較的弱い電場によって引き起こされたことを示唆し、その後の詳しい研究と、本学(前野教授、米澤進吾 理学研究科助教ら)および名古屋大学(寺崎一郎 理学研究科教授、岡崎竜二 同助教ら)での再現実験を経て、今回の論文発表に至りました。

 ※図2は添付の関連資料を参照

 本成果は二つの独立した発見を含みます。第1は室温において40V/cm程度の極めて小さな電場の印加でモット絶縁体が金属化することです。第2は金属化したモット絶縁体に電流を流しながら冷却することにより、低温まで金属状態が安定化することです。いずれもこれまで報告例のない新奇な現象であり、強相関電子系の新機能と位置付けられます。

 これらの現象について、まずイラストと比喩を用いて説明します。図3(a)は電子が互いに避け合うことで規則正しく並んで結晶化したモット絶縁体状態が、電場刺激によって一気に崩れて、電子が決まった位置から離れて動き回れる金属になる様子を表します。この変化は図3(b)の将棋倒しに例えることができます。また、わずかに電流を流すことで、その金属状態が維持されることは、外気温が氷点下でも川の水が凍らないこととイメージが似ています。しかし今回の成果では、10ケルビン以下の極低温でも金属状態が「凍結」状態の絶縁体に戻らないようにできました。

 ※図3は添付の関連資料を参照

 次に、論文の内容をやや詳しく紹介すると、第1の発見に関して、図4(a)はCa2RuO4のスイッチング現象の典型例を示したもので、図2のように結晶に電極を付けて室温で印加電圧を数ボルト以下の範囲で増減することにより、絶縁体と金属の間でのスイッチングが起こります。スイッチングのしきい電場は40V/cm程度で再現性が良く、これまで報告のあったニッケル酸化物、銅酸化物、有機物などでの値に比べて1〜2桁小さいです。これはCa2RuO4の絶縁体・金属転移温度が357Kと比較的低いこととも関係している可能性があります。そこで、印加する単一パルス電場の時間幅や、結晶の断面積を系統的に変化させての電流密度に、しきい電場がいかに依存するかを明らかにし、本研究での現象が単なる局所加熱による結果でないことも検証しました。また、しきい電場の温度依存性も熱励起型ではなく、電荷密度波の系などで用いられるピン止めポテンシャルの温度変化の式で記述できます。なお、室温での絶縁体状態と金属状態での電気抵抗の比は、図4(a)に示した例では0.25Vにおいて100倍以上にも達します。

 Ca2RuO4の絶縁体・金属転移を特徴づける結晶構造の変化についても、電場印加と同時に行ったエックス線回折測定から確認し、電場印加により結晶全体に渡る構造の不連続な変化が起こることを明らかにしました。格子パラメタ―の変化は、圧力印加や温度上昇による絶縁体・金属転移の場合と類似していますが、それぞれで異なる特徴的変化も見出しました。電場印加による金属相へのスイッチングは積層に垂直方向に約3%もの伸び、層方向に約2%もの収縮を伴います。数ミリの長さの結晶の場合、肉眼でもスイッチングに伴う結晶の伸縮が観察できるほどです。しかしながら、なぜこのような低電場で大きな構造変化を伴う絶縁体・金属転移が生じるのか、そのミクロな過程・メカニズムは今のところ特定できていません。

 第2の発見として、図4(b)に示すように、金属状態に電流を流した非平衡定常状態では、本来出現しないはずの金属状態を低温まで維持できることを明らかにしました。しかも約12ケルビン以下では電気抵抗率の顕著な減少が起こりますが、これは圧力誘起金属相で明らかになっている強磁性転移に伴う電気抵抗減少と類似の振る舞いであり、電流によって強磁性転移も誘起できた可能性があります。非平衡定常状態に置かれたモット絶縁体が平衡状態と顕著に異なる電子状態を示すことは、これまで実証例がほとんどなく、理論研究も始まったばかりなので、本発見は今後の強相関電子系の創発現象の研究にも大きなインパクトを与えるものと期待できます。

 ※図4は添付の関連資料を参照

<意義と波及効果>
 本成果では、これまでにない小さな電場で金属化する絶縁体を見出し、しかもその金属状態がわずかな電流で低温まで安定に維持されることを明らかにしました。このことは、強相関電子系物質を用いて新しい電子機能を引き出すうえで、非平衡定常状態の利用が有効であるという新たな指針を与え、基礎と応用の両面で重要な意義を持つといえます。平衡状態では絶縁体である物質を非平衡定常状態で金属化することにより、超伝導など新しい機能を引き出せる可能性も生まれます。他の強相関電子系物質への適用も期待でき、さまざまな創発現象を生むような波及効果も期待できます。

 また、本成果で発見された現象を利用して、低電力でスイッチング出来る素子応用に道が拓けるとともに、特に構造変化を伴うCa2RuO4では音波発振器などへの応用も可能になります。

 本研究は、文部科学省および日本学術振興会による科学研究費補助金事業(KAKENHI 20029017、22540368、20340093、20102005)およびグローバルCOE「普遍性と創発性が紡ぐ次世代物理学」の支援を受けました。また、広島大学における実験では、自然科学研究支援開発センター低温・機器分析部門、本学における実験では、低温物質科学センターのサポートを受けました。


 ※参考文献などは添付の関連資料「参考資料」を参照

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