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慶大、都市部における大地震と企業の存続・生産性に関する研究結果を発表
震災と企業の存続・生産性に関する研究成果
〜阪神・淡路大震災のデータを分析し、
企業がどう大災害に耐え生き残っていくかを経済学的に検証〜
慶應義塾大学経済学部の大久保敏弘准教授の研究チームは、経済産業省・経済産業研究所(RIETI)における研究プロジェクトにおいて、都市部における大地震が、企業・事業所や産業集積へどのような影響・被害を与えたかを検証し、その研究結果を公表しました。
阪神・淡路大震災に関して、政府の企業統計、自然科学(工学)や防災のデータと知見、地理情報システム、経済学の分析手法といったものを融合させ、震災後の企業の存続確率や雇用や生産性へのダメージを、具体的かつ詳細に推計しました。例えば、建物被害が半壊、全半壊、全壊と被害が増すにつれて、企業の閉鎖(倒産)確率は50%ずつ上昇するなど、従来の知見に比べると深刻さが浮き彫りになりました。
この研究結果は東日本大震災の復興、今後予想される首都・都市部や広域の大規模地震への防災、災害・危機管理や国土強靭化など防災政策への示唆となることが期待されています。
本研究成果は、経済産業研究所(RIETI)のディスカッションペーパーに2013年7月19日に掲載されました。(http://www.rieti.go.jp/jp/publications/nts/13e063.html)
1.研究の意義と背景
2011年3月11日に発生した東日本大震災以降、日本付近での地震活動は活発化してきており、首都直下型地震や東南海地震が早期に高い確率で起こり、大規模な被害が出ると予想されています。これを最小限の被害に食い止め、災害に万全の備えをすることが、日本にとって喫緊の課題です。とくに首都を直撃した場合、首都機能をいち早く復旧させ、生産活動をできる限り維持することが重要になります。
自然科学分野では工学を中心に防災研究や地震研究が盛んですが、経済学では長く未開拓分野となっていました。経済と自然災害との関係はよくわかっていないことが多く、例えば、自然災害による復興需要、経済成長や景気循環、個々の企業・家計行動、人々の消費行動への影響など、未解明な部分が多くあります。災害の経済学における研究は近年盛んになりつつありますが、マクロ(国)レベル、地域レベル、家計行動、あるいはケーススタディが多くを占めており、被害推計は集計されたものでした。
今回の研究では1995年の阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)と企業の動向を分析することにより、地震災害の都市部での企業や産業集積への影響を分析しました。具体的には神戸市内の企業(プラント)レベルのデータを用いて、空間的な構造を意識して、阪神・淡路大震災後の企業の撤退、生産性や雇用、産業集積への影響を分析しました。
今回の研究の意義は、企業や産業集積が、どう大災害に耐え、どう生き残っていくのかを自然科学の知見を取り入れながら経済学的に検証・推計することに成功した点にあります。
2.研究の概要
本研究では、[1]企業の個々のデータや[2]建物特性や地震の揺れなど工学データを用いて、[3]個々の企業の被災状況を特定化しました。これにより個々の企業レベルにまで被害分析が可能になり、さらに経済的な要因と、建物被害などの物理的要因とに分けることができ、地震被害の影響を詳細にミクロレベルで推計することに成功しました。
※図1は、添付の関連資料を参照
【分析と結果】
[1]企業のサバイバル分析により、個々の企業の建物被害、近隣地区の被災状況は震災後、企業の存続に影響を及ぼすことがわかりました(図2参照)。半壊、全半壊、全壊と被災レベルが増すにつれて、震災後の撤退・倒産確率は50%超と格段に上昇していきます。同じ被災地域にあっても何らかの被害があった企業と無傷の企業とでは震災後の存続確率は大きく異なることが検証されました。震源からの距離や地震の揺れよりもむしろ、建物の被害状況が企業に影響を及ぼすことがわかりました。
したがって、個々の企業の建物の耐震や免震は非常に重要であり、さらに近隣地域全体の防災への取り組みも重要になってくるといえます。
[2]企業の生産性、雇用、利潤に与える影響の分析の結果、震災は、企業の雇用や利潤にはマイナスの影響を及ぼしますが長期的には回復していくことがわかりました。一方、生産性は一時的には上昇するもののかなり限定的であることがわかりました。
いわゆる「災害の創造効果」は一般に言われるほど大きくはなく、その効果はかなり限定的で短期的であるといえます。
[3]企業の規模が小さく、操業年数が浅い、労働集約的な企業ほど、震災の負の影響を受けやすいことがわかりました。産業集積は地震に弱く、一つの企業の被災が連鎖し、関連企業が撤退し地域全体で崩壊してしまうと考えられます。
※図2は、添付の関連資料を参照
3.今後の展開
今回の研究成果により、経済学的な視点からの防災政策の重要性が明らかになりました。東日本大震災の復興政策や今後想定される大地震への防災・減災政策への政策的な提言にもつながるものと考えられます。
今後は、経済学を超えた自然科学・社会科学の境界領域との融合を進め、東日本大震災や他の自然災害(台風、豪雨、豪雪、竜巻、洪水・浸水)に応用したり、最近話題になっているビッグデータや地震予知を取り入れたり、または、東京都心のデータを使い被害を予測したりすることで、慶應義塾大学を中核にした「災害の経済学」という新しい経済学分野を開拓することを目指しています。今後、経済学分野での一層の研究の進展と世界的な成果が期待されます。