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東大と理化学研究所、脳内の神経信号の伝播速度が時々刻々と変動していることを解明

2013-07-25

脳内の神経信号の伝播速度は時々刻々と変動していることを明らかに
2mm角に1万個以上の電極を用いて活動電位の伝播を可視化



1.発表者:
 高橋宏知(東京大学先端科学技術研究センター 講師)
 ウルス・フレイ(理化学研究所生命システム研究センター 国際主幹研究員)


2.発表のポイント:

 ◆2mm角に1万個以上の計測点を有する微小電極アレイ(注1)を用いて、活動電位(注2)が神経細胞内を複雑な形状の軸索(注3)に沿って伝播する様子の可視化に成功。
 ◆活動電位の伝播速度は一定ではなく、部位ごとに大きく異なり、また、時々刻々と変化していることを明らかにした。
 ◆軸索は単なるケーブルではなく、能動素子であることを示唆しており、脳の新たな情報処理メカニズムの解明につながる可能性や軸索が創薬における新たな標的になる可能性がある。


3.発表概要:

 私たちの脳には、1000億個もの神経細胞があり、複雑な神経回路網が形成されています。神経細胞は細胞体と軸索から構成されており、神経回路網内の神経信号(活動電位)は、縦横無尽に張り巡らされた軸索に沿って伝播します。しかし、軸索は、直径1μm以下と非常に細いうえに、複雑に曲がりくねっているため、そこを高速で伝播する活動電位の可視化は技術的に困難でした。

 東京大学先端科学技術研究センターの高橋宏知講師、理化学研究所生命システム研究センターのウルス・フレイ国際主幹研究員、スイスのチューリッヒ工科大学のダグラス・バックム研究員とアンドレアス・ヒールマン教授らの研究チームは、2mm角に1万個以上の計測点を有する微小電極アレイ上に神経細胞を分散培養(注4)した試料を用いて、活動電位が、神経細胞内を複雑な形状の軸索に沿って伝播する様子を可視化することに成功しました。実験データから、活動電位の伝播速度は一定ではなく、部位ごとに大きく異なることを明らかにしました。また、軸索の同じ部位でも、日によって活動電位の伝播速度が変化することがわかりました。

 これらの結果は、軸索は単なるケーブルではなく、それ自体が活動電位の伝搬を調整する能動素子であることを示唆しており、脳の新たな情報処理メカニズムの解明につながる可能性や軸索が創薬の新たな標的になる可能性を示すものです。

 本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(さきがけ)、日本学術振興会、(株)デンソーとの東京大学社会連携講座、スイス国立科学財団、欧州ERCグラントの事業の一環として行われました。


4.発表内容:

(1)研究の背景・先行研究における問題点
 私たちの脳には、1000億個もの神経細胞があり、複雑な神経回路網が形成されています。神経細胞は細胞体と軸索から構成されており、神経回路網内の神経信号(活動電位)は、縦横無尽に張り巡らされた軸索に沿って伝播します。従来は、軸索は単なるケーブルで、脳の情報処理には関わっていないと考えられていました。しかし、最近の研究では、軸索が能動的に活動電位の伝播を調整しているという様々な状況証拠が得られており、これまでの常識は覆されつつありました。この点を明らかにするために、活動電位が軸索に沿って伝播する様子を捉える技術が求められていました。しかし、軸索は、直径1μm以下と非常に細いうえに、複雑に曲がりくねっており、そこを高速で伝播する活動電位の可視化は技術的に困難でした。

(2)研究内容
 東京大学先端科学技術研究センターの高橋宏知講師と理化学研究所生命システム研究センターのウルス・フレイ国際主幹研究員らは、スイスのチューリッヒ工科大学(ETH)のダグラス・バックム研究員とアンドレアス・ヒールマン教授と共に、電気的な計測手法により、活動電位が軸索に沿って伝播する様子を可視化することに世界で初めて成功しました。
 本研究では分散培養された神経細胞の活動を調べました。分散培養系では、神経細胞がシャーレ上にまかれると、やがて軸索を進展させて周りの細胞と情報を交換するようになり、自己組織的に神経回路網を形成します。
 このような神経回路網の電気的な活動を観察するために、電極アレイが用いられます。従来の電極アレイでは、2mm角に100個程度の電極が配置されていましたが、本研究では、2mm角に1万個以上の電極が配置された高密度電極アレイを用いました。この高密度電極アレイは、ETHの研究グループが開発したもので、各電極は、神経信号を計測するだけでなく、電気刺激を加えることもできます。
 軸索を伝播する活動電位は、信号強度が非常に微弱なため、電極を用いた細胞外からの計測対象にはなりえませんでした。しかし、本研究では電極を用いて神経細胞に電気刺激を加えることで、再現性高く活動電位を発生させることができました。これによって、電気刺激直後の神経活動を何度も計測し、それらを平均して信号を取り出しました。その結果、活動電位が軸索に沿って伝播する様子を捉えられたのです。軸索内の活動電位の伝播速度を実測したところ、0.2〜1.5m/sでした。伝播速度は、同じ軸索内でも場所ごとに大きく異なり、細胞体付近の太い部分では、軸索末端の細い部分よりも平均で3.7倍程度も速いことがわかりました。さらに、長期間の計測を試みたところ、軸索の同じ部位でも、日によって活動電位の伝播速度が変化することがわかりました。また、活動電位の伝播速度は、薬理刺激でも変化することも示しました。
 これらの結果から、軸索は、電気回路のような単なるケーブルではないことがわかります。活動電位の伝播速度のばらつきや変化は、軸索が能動的な素子として脳内の情報処理に大きな影響を及ぼしていることを強く示唆しています。

(3)社会的意義・今後の予定
 脳は膨大な数の神経細胞から構成されており、同様にコンピュータも膨大な数のトランジスタから構成されています。このような膨大な素子数からなるシステムでは、素子の配線は重要であり、配線のコストも非常に高くなります。例えば、脳内の配線は極めて複雑で、脳内の軸索の総延長距離は、10万km以上(地球2周半)になるという試算もあります。本研究で確立した手法を足掛かりにして、脳が、どのような原理で細胞間の通信を効率的に実現しているかを解明できれば、新たなコンピュータの設計指針につながる可能性があります。
 本研究で確立した手法を用いて、脳内の情報処理において軸索が担っている役割とそのメカニズムを明らかにすることが、今後の重要な研究課題です。また、活動電位の伝播速度が薬理的な影響を受けた事実に基づいて、軸索を新たな標的とする創薬の可能性が期待されます。
 なお、本研究の成果は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「脳情報の解読と制御」研究領域の研究課題「情報理論と情報縮約による適応的デコーディング」(研究者:高橋 宏知)、科学研究費補助金事業 若手研究A「高密度CMOS電極による培養神経回路のネットワーク構造の解明」(研究代表者:高橋宏知)、日本学術振興会外国人特別研究員事業の研究課題「培養神経回路のための刺激用光アドレス電極と計測用電極アレイの統合インターフェース」(ダグラス・バックム)、(株)デンソーとの東京大学社会連携講座「機械の将来技術の創出」、スイス国立科学財団(Ambizione grant)、欧州ERC グラントの研究課題「NeuroCMOS」の一環として得られました。


5.発表雑誌:
 ・雑誌名:Nature Communications
 ・論文タイトル:Tracking axonal action potential propagation on a high−density icroelectrode array across hundreds of sites
 ・著者:Douglas J. Bakkum, Urs Frey, Milos Radivojevic, Thomas L. Russell, Jan Muller, Michele Fiscella, Hirokazu Takahashi, Andreas Hierlemann
 ・DOI番号:10.1038/ncomms3181


※用語解説・添付資料は、添付の関連資料を参照

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