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基礎生物学研究所など、マウス胚の体づくりの様子を高精度で捉えることに成功

2013-07-22

マウス胚の体づくりの様子を高精度で捉えることに成功


 我々ヒトを含む動物の胚は、まず外胚葉、中胚葉、内胚葉と呼ばれる基本的な3種類の構造が作られ、これらがさらに複雑な組織を形作っていきます。基礎生物学研究所の市川壮彦研究員と野中茂紀准教授らのグループは、理化学研究所、欧州分子生物学研究所(EMBL)との共同研究により、この基本的な体の構造が作られる時期のマウス胚を、生きたまま、今までにない高時間解像度で長時間観察することに成功し、この時期の細胞移動の様子を明らかにしました。この結果は米国科学雑誌「PLoS One」電子版7月8日号に掲載されました。

[研究の背景]
 受精後6.5日(ヒトでは17日頃に相当)のマウス胚は、図1に示すようにお椀状の構造をしています。このお椀は、当初は2層の細胞のシートから成りますが、やがて内側の層(エピブラスト)の特定の領域(原始線条)において、その一部の細胞が外側の層(臓側内胚葉)との間の領域に飛び出し、さらに広がることで新しい3層目のシート(中胚葉)を形成します。このダイナミックな細胞運動は原腸陥入と呼ばれ、その後の発生に不可欠な、発生学の教科書には必ず載っているような基本的現象ですが、後述する技術的な諸問題から、哺乳類の胚において生きた細胞運動を直接追跡することは困難でした。

 一方、欧州分子生物学研究所のErnst StelzerグループリーダーとPhilipp Keller博士(それぞれ現Goethe University Frankfurt、Janelia Farm研究所)らは、ライトシート顕微鏡と呼ばれる新しい顕微鏡法を開発しました。その基本原理を図2に示します。

 従来の蛍光顕微鏡では、広く使われている共焦点顕微鏡も含め、XY平面の画像1枚を得るために励起光が試料全体に照射されます。立体像を得るためにはZ方向の値を変えながらXY平面像を何枚も撮影し、さらに細胞の移動を捉えるためには上記を一定時間ごとに繰り返す必要があります。しかし原腸陥入の時期のマウス胚は光照射に著しく弱く、撮影のための繰り返しの光照射によって死んでしまいます。
 ライトシート顕微鏡では、照射専用のレンズを用いて、シート状の励起光を側面から照射します。この方法だと、実際に観察したい部分以外には光が当たらないため、照射光の悪影響を最低限に抑えることができます。かつ、この方法ではサンプルの比較的深いところまで観察できる、一般的な共焦点顕微鏡に比べて高速で撮影できるというメリットもあります。
 そこで、基礎生物学研究所の野中茂紀准教授と市川壮彦研究員らは、欧州分子生物学研究所(EMBL)との共同研究により、ライトシート顕微鏡の一種であるデジタルスキャンライトシート型顕微鏡(DSLM)を基礎生物学研究所に導入しました。DSLMはこれまでにもゼブラフィッシュ胚などの研究に使われてきた一方、マウス胚に使用するには試料の保持方法などの問題があったのですが、新たな手法を開発することでこの問題を解決し、マウス原腸陥入期胚を生きたまま丸ごと立体観察することに成功しました。
 さらに理化学研究所の望月敦史主任研究員、中里研一研究員との共同研究により、観察によって得られた3次元+時間の大容量データから個々の細胞を追跡するソフトウェアを開発し、エピブラストの核と中胚葉細胞の運動パターンを解析しました。


[本研究における成果]
 核が蛍光を発するよう標識されたマウスの原腸陥入期胚を観察した結果、2つの新たな現象を見つけることができました。
 ひとつは、分厚い細胞シートをなすエピブラストの核が頂端(お椀の内側)−基底(外側)軸に添って細胞内を移動し頂端側で分裂する、いわゆるエレベーター運動がこの早い時期の胚でも起こっていることを確認しました(図3及び動画)。核のエレベーター運動は神経上皮で見られる現象ですが、その意義については未だ明らかになっていません。上皮層の分化を促すという説がありますが、この時期のエピブラストではまだそのようなことは起こらないため、今回の知見がエレベーター運動の意義の解明に一石を投じる可能性があります。

 2つめは、中胚葉細胞を1細胞レベルで追跡した結果、その運動パターンは隣接する細胞と一緒に集団として移動するcollective migrationではなく、個々の細胞がばらばらに移動しながら、全体としては原始線条のある胚後方からも前方へ広がっていく移動様式をとることを明らかにしました(図4)。


[本研究の意義と今後の展望]
 マウスは我々ヒトと同じ哺乳類であることから、医学研究において最も重要なモデル生物のひとつですが、初期胚のどこにある細胞が将来どの器官になるのかといった発生パターンは、観察の技術的困難さゆえ、まだ十分に明らかではありません。本研究はこの問題を解決するブレイクスルーとなる基盤技術のひとつです。今回開発された技術はマウス胚を使った研究に幅広く応用可能であり、それがヒトの奇形や先天性疾患の原因解明につながることが期待されます。


[論文情報]
 米科学雑誌「PLoS One」電子版にて2013年7月8日公開
 論文タイトル:Live imaging of whole mouse embryos during gastrulation:migration analyses of epiblast and mesodermal cells
 著者:Takehiko Ichikawa,Kenichi Nakazato,Philipp J.Keller,Hiroko Kajiura−Kobayashi,Ernst H.K.Stelzer,Atsushi Mochizuki,Shigenori Nonaka


[研究サポート]
 本研究は、ヒューマン・フロンティア・サイエンス・プログラム(HFSP)、文部科学省科学研究費助成事業、日本学術振興会特別研究員制度、科学技術振興機構CRESTのサポートを受けて実施されました。


 ※図1〜図4は、添付の関連資料を参照

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