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東大など、中国で多くの患者が発生したH7N9鳥インフルエンザウイルスの特性を解明
中国で多くの患者が発生した
H7N9鳥インフルエンザウイルスの特性を解明
[ポイント]
・鳥インフルエンザはヒトに感染しにくいと考えられていたが、H7N9で多数の患者が発生。
・H7N9は哺乳類間で伝播すること、ヒトはH7N9の免疫を持たないことが分かった。
・ウイルスの特性が明らかになったことで、今後のインフルエンザ対策に役立つ。
JST課題達成型基礎研究の一環として、東京大学医科学研究所の河岡義裕教授らは、H7N9鳥インフルエンザウイルス(注1)(以下、H7N9ウイルス)の特性を明らかにしました。
2013年4月、世界保健機構(WHO)は中国でヒトにおけるH7N9ウイルスの感染者が3名確認されたと発表しました。その後も、感染者は増えており、死亡した例や重症の肺炎を起こした例が確認されています。
H7N9ウイルスは、季節性のインフルエンザウイルスとは異なり、簡単にはヒトへの感染を起こしません。しかし、今回H7N9ウイルス感染による死亡例や重症化した例が多数確認されたことから、H7N9ウイルスがどのような性質を持つのか明らかにすることは、今後のインフルエンザ対策のために緊急に取り組まなければならない課題となっています。
研究グループは今回、中国の患者から分離されたH7N9ウイルスに関する性状解析を行いました。その結果、哺乳類でよく増殖できる能力を持つこと、フェレットの間で限定的ながらも空気伝播することが分かりました。また、ヒトはH7N9ウイルスに対する免疫を持たないこと、および患者から分離されたH7N9ウイルスは現在臨床で用いられているノイラミニダーゼ阻害剤(注2)に対する感受性が低いことも動物実験で明らかとなりました。従って、H7N9ウイルスによるパンデミック(世界的な大流行)が起これば、甚大な被害をもたらす可能性が高いと予想されます。
今回明らかにされたH7N9ウイルスの性状は、治療方法やワクチン開発、新規抗ウイルス薬の開発を含めた今後の対策を考える上で、重要な発見です。
本研究は、東京大学、国立感染症研究所、北海道大学、スクリプス研究所、ウィスコンシン大学、宮崎大学、動物衛生研究所、鹿児島大学、京都大学との共同研究です。
研究成果は、2013年7月10日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開されます。
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
戦略的創造研究推進事業ERATO型研究
研究プロジェクト:「河岡感染宿主応答ネットワークプロジェクト」
研究総括:河岡義裕(東京大学医科学研究所教授)
研究期間:平成20年10月〜平成26年3月
本プロジェクトでは、インフルエンザをモデルに、ウイルス感染症の発症とその病態に影響を及ぼす宿主応答を解明すると同時に、予防・治療戦略の新たな基盤の創出を目指しています。
<研究の背景と経緯>
2013年4月、WHOは、中国において、H7N9ウイルス感染者が3名発生したと発表しました。その後も感染者は増え続け、7月4日現在、感染者は133人であり、そのうち43人が死亡しています。現時点では、感染経路は不明ですが、鳥からヒトに感染した可能性が高いと考えられています。一般的に、鳥インフルエンザウイルスはヒトに感染しにくく、感染したとしてもヒトからヒトへの伝播が起こりにくいため、これまでのところパンデミックの発生には至っていませんが、感染源が確認され制御されるまでは、今後もこのウイルスの感染者が増えることが予想されます。
インフルエンザウイルスの感染や伝播には、ウイルスが宿主細胞に吸着し侵入する時の効率が大きく関わっています。そのような性質を決めるのが、ウイルス粒子表面にあるHAたんぱく質(注3)(以下、HA)です。すなわち、ヒト型のレセプター(受容体)(注4)を認識するHAを持つウイルスは、ヒトで効率よく感染し、伝播する可能性が高くなります。実際、これまでに世界的に大流行した1918年から1919年のスペイン風邪(H1N1)ウイルス、1957年のアジア風邪(H2N2)ウイルスおよび1968年の香港風邪(H3N2)ウイルスにおいて、もとはトリ型レセプターを認識していたHAが、ヒト型レセプターを認識するようになったため、ヒトでパンデミックを起こしたことが知られています。ヒトから分離されたH7N9ウイルスの遺伝子解析の結果から、H7N9ウイルスのHAには、ヒト型レセプターを認識する変異があることが明らかとなりました。さらに、ウイルスの増殖に大きな役割を担っているウイルスポリメラーゼたんぱく質に、H7N9ウイルスが哺乳類細胞で増えるために重要なアミノ酸変異があることも分かりました。
このように今回、ヒトから分離されたH7N9ウイルスが、ヒトに適応するために重要な変異をすでに持っていることを考えると、このウイルスがヒトでパンデミックを起こす危険性が高いといえます。現に、同一家族内で複数の患者が発生した事例が3件報告されており、限定的なヒト−ヒト間感染が起こった可能性があります。従って、このH7N9ウイルスの感染性や病原性を調べることは急務です。
<研究の内容>
本研究グループは、中国の患者から分離されたH7N9ウイルス(A/Anhui/1/2013;Anhui/1)(図1)のinvitro(試験管内の細胞)とinvivo(生体内)における性状解析を行いました。マウスおよびカニクイザルを用いた実験により、このウイルスは2009年にパンデミックを起こしたH1N1ウイルス(A/California/04/2009;CA04)と同じくらいの病原性を示すことが分かりました。
次に、インフルエンザ感染のモデル動物であるフェレットを用いて、このウイルスの感染性および伝播性を調べる実験を行いました。その結果、フェレットの上部気道で良く増えることが分かりました。また、フェレットの体内で増殖する時、いくつかのアミノ酸変異が生じフェレット間で限定的な空気伝播を起こすようになることを明らかにしました(図2)。また、レセプターの特異性を調べたところ、このウイルスはヒト型のレセプターを強く認識していました。
日本で採取したヒトの血清について血清学的調査を行ったところ、検査した500人全員がH7N9ウイルスに対する中和抗体(注5)を持っていないことが分かりました。従って、このウイルスが一度ヒトからヒトへ効率よく伝播するようになると、大流行を起こす可能性が高いことが示唆されました。
さらに、既存または未認可の抗インフルエンザ薬に対する感受性を調べたところ、このウイルスは、既存のノイラミニダーゼ阻害剤に対する感受性がマウスを用いた実験では比較的低いことが明らかとなりました(図3)。それに対して、現在臨床試験中の未認可の抗ウイルス薬はウイルスの増殖を抑制しました。
<今後の展開>
今回の研究から、中国でヒトから分離されたH7N9ウイルスが、1)哺乳類で良く増殖できる能力を持つこと、2)フェレット間で限定的ながらも空気伝播すること、3)ヒトはH7N9ウイルスに対する免疫を持たないこと、4)動物実験ではこのウイルスが既存のノイラミニダーゼ阻害剤に対する感受性が低いことが明らかとなりました。そのため、ひとたびパンデミックが起これば、甚大な被害を引き起こす可能性が高いと予想されます。今回明らかにされたウイルスの性状は、治療方法やワクチン開発、新規抗ウイルス薬の開発を含めた今後の対策を考える上で、重要な発見となります。
※参考図・用語解説などは、添付の関連資料を参照