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東大、スピン反転励起が可能な新色素DXで有機系太陽電池の大幅な広帯域化を実現

2013-06-21

スピン反転励起が可能な新色素DXで有機系太陽電池の大幅な広帯域化を実現


1.発表者:
 瀬川浩司(東京大学 先端科学技術研究センター 教授)
 木下卓巳(東京大学 先端科学技術研究センター 特任助教)


2.発表のポイント:
◆従来の光化学の常識を覆すスピン反転励起が可能な新色素DXを合成し有機太陽電池の広帯域化に成功
◆新色素DXをボトムセルに用いたタンデム太陽電池の開発により、有機系タンデム太陽電池におけるエネルギー変換効率の世界記録を更新
◆新色素DXを用いた30%の変換効率を超える高効率な有機系太陽電池の実用化に道を拓くものであり、太陽光発電の低コスト化につながると期待
◆本研究は、内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「低炭素社会に資する有機系太陽電池の開発(中心研究者瀬川浩司)」の成果


3.発表概要:
 色素の光吸収を発電に利用する有機系太陽電池は、低コストが特徴であるが、使われる色素の光の吸収帯域が狭いことが問題であった。

 東京大学先端科学技術研究センターの瀬川浩司教授、木下卓巳特任助教らの研究チームは、分子が光を吸収する際に電子の持つスピン(注1)の向きを反転させることができる新色素(DX)を合成し、DXを用いた有機系太陽電池で可視光から目に見えない1000nm(1ミクロン)以上の近赤外光まで非常に高い効率で発電させることに世界で初めて成功した。

 通常の有機分子は光吸収によって逆向きのスピンが対になった励起一重項状態を生成するが、本研究では、「光吸収と同時に電子スピンの向きを反転させて、電子スピンが同方向に揃った励起三重項状態を直接生成させる」という通常では起こらない過程を効率よく起こすことに成功した。その結果、色素の光吸収を行う帯域を近赤外領域まで大幅に広げることに成功した。

 また、DXを用いた太陽電池と別の色素を用いた太陽電池を積層させた「タンデム太陽電池」を開発することにより、有機系タンデム太陽電池におけるエネルギー変換効率の世界記録を更新した。このタンデム太陽電池では、30%を超える光エネルギー変換効率を実現することも原理的には可能である。本研究を契機に高効率な有機系太陽電池の実用化が進めば、太陽光発電の低コスト化につながると期待される。


4.発表内容:
 日本では再生可能エネルギーの利用拡大が急務となっている。そのなかでも、太陽光発電の利用拡大に期待が集まっているが、太陽電池の低コスト化が重要な課題となっている。このため、シリコン太陽電池を中心とした無機系太陽電池に代わる低コスト太陽電池として色素増感太陽電池(注2)や有機薄膜太陽電池(注3)sなどの有機系太陽電池の研究開発が盛んに行われている。色素増感太陽電池は、1960年代の本多藤嶋効果(注4)の発見を契機に考案され、今日では10%を超えるエネルギー変換効率が得られるようになった。しかしながら、そのエネルギー変換効率は増感色素の分光感度波長領域が狭いため無機系半導体を用いた太陽電池に比べまだ低い。分光感度特性の長波長化に関する研究は数多く試みられてきたが、高効率な近赤外光電変換を実現した報告はこれまで無かった。

 これまで色素増感太陽電池で良く使われてきたRu錯体色素では、最も長波長帯のMLCT(金属−配位子間電価移動遷移)吸収帯で光吸収が起こると、まず励起一重項状態を生成し、Ruの重原子効果によって直ちに励起三重項状態へと項間交差(注5)を起こす。この一重項と三重項のエネルギー差(スピン交換エネルギー)は多くのRu錯体では数百meVもある。一般にRu錯体の酸化チタンへの電子注入過程は、多くが励起三重項状態からの電子注入であることが明らかになっている。このため、既存のRu錯体色素ではスピン交換エネルギー分相当のエネルギー損失が避けられない。われわれはこのエネルギー損失を低減することを目的として、基底一重項から励起三重項へ直接遷移するスピン禁制遷移(S−T遷移)(注6)を利用し、高効率な近赤外光電変換の実現を目指した。

 一部のRu錯体では中心の重原子による強いスピン軌道相互作用(注7)で長波長領域にスピン禁制遷移が見られることがあるが、その吸収強度はとても弱い。東京大学先端科学技術研究センターの研究チームは様々なRu錯体色素を検討し、ビピリジルなどの窒素原子を有する配位子の代わりに、リン原子など電気陰性度の小さな原子を配位させた錯体を合成した。リン配位子を有するRu錯体は、通常の窒素原子が配位した錯体と比べて錯体に働く内部重原子効果(注8)が増強することが明らかになった。これは、リン配位子が配位することによって金属−配位子間の結合の分極が反転し、Ru原子が非常に大きな電子的寄与を持つことによるものと考えられる。これにより、中心金属の原子量を増加させること無くスピン軌道相互作用を大幅に増強させることが可能になり、通常では見られないほどの大きなスピン禁制遷移を発現させることを見出した。また、この新規増感色素を用いたDSSCは1020nm付近から立ち上がるIPCEスペクトル(注9)を示し、既存の高効率色素と比べ、IPCEを低下させることなく、分光感度波長を100nm以上長波長化させることに成功した。これは近赤外領域のS−T遷移によって直接生じた励起三重項状態からの直接的な電子注入に起因するものと考えられる。また、擬似太陽光下(100mW/cm−2,AM1.5G)では、有機系太陽電池史上最も高い短絡電流密度(JSC)となる26.8mA/cm−2が得られ、一般的な無機系太陽電池に匹敵するほどの大電流を得ることにも成功した。今回の論文には記載されていないが、発表者らは同系統の誘導体をさらに改良し短絡電流密度(JSC)30mA/cm−2を超える太陽電池の作成にも成功している。

 一方、太陽光は非常に広い帯域にフォトン(光子。光など電磁波を媒介する素粒子)を有しており、単一のセルでの光電変換には理論的な変換効率の限界がある。タンデム型太陽電池は、それぞれ異なる波長域の光電変換を行うセルを複数積層させることによって熱的なエネルギー損失を最小限に抑えることができる。これまでにトップセルに短波長の光を吸収するRu錯体色素や有機色素、ボトムセルに可視光全域を吸収する増感色素を用いたタンデム型色素増感太陽電池(タンデム型DSSC)などが報告されている。しかし、増感色素の長波長化が困難なことから、ボトムセルの改良が課題となっている。今回、新規に合成したRu錯体色素は、長波長に高い感度を有し、さらに無機系太陽電池に匹敵するほどの大電流を得ることができるため、これをボトムセルに用いたタンデム型太陽電池の検討を行った。既存のRu錯体色素をトップセルに用いた場合、最大で11.4%のエネルギー変換効率が得られ、さらに、太陽光の照射強度を通常の1/3程度まで減らした場合、12%を超える非常に高いエネルギー変換効率を得ることに成功した。さらに、今回の論文には記載されていないが、発表者らは同系統の誘導体をさらに改良した色素で最大で12.8%のエネルギー変換効率を得ている。また、太陽光の照射強度を通常の1/3程度まで減らした場合、エネルギー変換効率は13.5%程度まで上昇することを確認している。このタンデム太陽電池では、原理的には30%を超える光エネルギー変換効率を実現することも可能である。無機化合物半導体を用いたタンデム型太陽電池の場合、光量の減少に伴い変換効率が低下してしまうのに対し、タンデム型DSSCは変換効率が向上する。このことから、タンデム型DSSCは、天候が優れない日や窓際など、光量が不足しがちな場面での運用につながる可能性がある。

 本研究では、スピン軌道相互作用の制御法の提案により様々な分子デバイスへの応用が考えられるだけでなく、有機系太陽電池が高効率化されることにより、有機系太陽電池の実用化へつながることを期待させるものとして、大きなインパクトを与えるものである。

 本研究は、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援を受けて実施している内閣府最先端研究開発支援プログラム(FIRST)「低炭素社会に資する有機系太陽電池の開発(中心研究者瀬川浩司)」の成果である。


5.発表雑誌:
 雑誌名        :Nature Photonics(英国時間6月16日付の電子版で公開されました)
 論文タイトル     :Wideband dye−sensitized solar cells employing a phosphine−coordinated ruthenium sensitizer
 著者          :Takumi Kinoshita,Joanne Ting Dy,Satoshi Uchida,Takaya Kubo,Hiroshi Segawa
 DOI番号        :10.1038/nphoton.2013.136
 アブストラクトURL  :http://www.nature.com/nphoton/journal/vaop/ncurrent/abs/nphoton.2013.136.html
(本研究を表す図が7月号の表紙を飾るとともに”Cover image”欄で内容が紹介される予定)


6.注意事項:
 特になし


 ※用語解説などは添付の関連資料を参照

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