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理化学研究所、ウナギが光る仕組みを解明しビリルビンの臨床検査蛍光試薬を開発

2013-06-20

ニホンウナギから人類初のビリルビンセンサー
−ウナギが光る仕組みを解明、その特性を利用して臨床検査蛍光試薬を開発−



<ポイント>
 ・ニホンウナギ緑色蛍光タンパク質UnaGはビリルビンと結合して光る
 ・ビリルビンを高感度、迅速、正確に定量する試薬を開発、新生児核黄疸の予防に効果的
 ・ビリルビンの抗酸化作用に注目、ヒトの健康および疾病を診断する試薬 として期待


 動画:http://youtu.be/y_P1vzZwGXo


<要旨>

 理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、ニホンウナギの筋肉に存在する緑色蛍光タンパク質が、バイオマーカーとして有名なビリルビンと結合して蛍光を発する仕組みを発見しました。この成果を応用して、ヒトの血清などに含まれるビリルビンを直接的に定量する蛍光検出試薬(ビリルビンセンサー)を開発しました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)細胞機能探索技術開発チームの宮脇敦史チームリーダー、熊谷安希子基礎科学特別研究員らの研究チームによる成果です。

 ニホンウナギは、産卵海域(マリアナ海嶺)の発見や昨今の漁獲高激減など、話題の絶えない魚です。2009年には、鹿児島大学の林征一教授(当時)らによって、ニホンウナギの筋肉における緑色蛍光タンパク質の存在が示されましたが、その実体については不明のままでした。

 研究チームは、ニホンウナギの稚魚5匹を材料に用い、緑色蛍光タンパク質に対応する遺伝子の単離に成功、その遺伝子産物を「UnaG(ユーナジー)」と命名しました。UnaGの蛍光を詳しく調べると、何らかのリガンド[1]が結合することで初めて蛍光を発する特性を明らかにしました。さまざまな動物サンプルを使った探索実験を行った末、ビリルビンがUnaGのリガンドとして特異的に結合することを突き止めました。

 ビリルビンは、赤血球に含まれる酸素運搬タンパク質ヘモグロビンの代謝産物の1つです。血液中のビリルビンの量が異常に増えると組織に沈着し黄疸症状が表れます。血清ビリルビン濃度は、溶血や肝臓機能を評価する指標で、一般的な健康診断の生化学検査項目に含まれ、また新生児黄疸を診断するうえでも必須の測定値です。ただ、1916年にジアゾ化法[2]が開発されて以来、いくつかのビリルビン比色法[3]が使われていますが、いずれも原理が複雑で測定に時間がかかっていました。研究チームは、直接にUnaGがビリルビンに結合して即座に蛍光を発することを利用して、簡単迅速に測定ができ、既存測定法に比べ3桁以上高感度、1桁以上高精度なビリルビン蛍光定量法を開発することに成功しました。同じ緑色蛍光タンパク質でも、オワンクラゲ由来のGFP[4]とウナギ由来のUnaGでは蛍光の仕組みは全く異なります。両者間で異なる応用も生まれると考えられます。今後、ヒトの健康および疾病を診断する試薬としての活用が期待できます。

 本研究は、JST戦略的創造研究推進事業ERATO型研究「宮脇生命時空間情報プロジェクト」の一環として行われ、米国の科学雑誌『Cell』オンライン版(6月13日付け:日本時間6月14日)に掲載されます。


<背景>

 ニホンウナギは、日本や中国、韓国など東アジアに分布する回遊魚です。河川を遡上して成長し、産卵のために再び海にもどります。従来、産卵はフィリピン海溝付近で行われると推定されていましたが、2006年に東京大学の研究チームがマリアナ海嶺で、ふ化後間もない仔魚の採取に成功、産卵場所はほぼピンポイントで特定されました。2013年には、環境省が、極度の不良が続くという理由で絶滅危惧種に指定、ニホンウナギはいわゆる「レッドリスト」に掲載されてしまいました。このように、ニホンウナギは常に話題にこと欠かない魚です。2009年には、鹿児島大学の林征一教授(当時)らによって、ニホンウナギの筋肉から緑色蛍光タンパク質の精製が報告されました。しかし、緑色蛍光タンパク質ニホンウナギの筋肉に存在することは分かったものの、その蛍光の仕組みについては不明のままでした。


<研究手法と成果>

(1)UnaGにビリルビンが結合して蛍光を発することを発見
 研究チームは、ニホンウナギの筋肉に観られる緑色蛍光(図1)の仕組みを解明するにあたって、まず、緑色蛍光タンパク質の遺伝子の単離を試みました。ニホンウナギの稚魚(シラスウナギ)5匹を材料にして、139個のアミノ酸から成るタンパク質の遺伝子を突き止め「UnaG(ユーナジ−)」と命名しました。このタンパク質の構造を調べると、脂肪酸結合タンパク質(FABP)[5]のファミリーに属することが分かり、脂溶性(水に溶けにくい)の低分子をリガンドとして取り込むことが予想されました。そこで、大腸菌や哺乳類培養細胞に遺伝子を導入してUnaGを作りその蛍光を調べたところ、面白いことに、大腸菌では光らず、哺乳類培養細胞では光りました(図2)。このことから、UnaGが蛍光を出すためには何らかのリガンドが結合することが必要で、そのリガンドは大腸菌には無く哺乳類培養細胞に有ると考えられました。この仮説を検証するために、〔1〕哺乳類培養細胞で作らせた蛍光性UnaG(ホロUnaG)からリガンドを抽出し解析する〔2〕混合実験を行って、大腸菌で作らせた無蛍光性UnaG(アポUnaG)を蛍光性に変える生体サンプルを探す、という2つのアプローチでリガンド探索を行いました。

 その結果、最終的にビリルビンがリガンドとして同定されました。実際にアポUnaGにビリルビンを添加すると、一瞬にして緑色の蛍光が出現するのが観察されました(図3)。ホロUnaGを使った結晶構造解析を行ったところ、1.2オングストロームの高い分解能で構造を決定することができました(図4)。ビリルビンはUnaGタンパク質内部のポケットに完全にはまり込んでいます。ビリルビンを構成する4つのピロール環[6](A, B, C, D)のうち、蛍光発生に関与すると考えられるA/B環もしくはC/D環がそれぞれ1つの平面上に配置する様子が明らかになりました。この構造から、UnaGにおけるビリルビン結合が非常に強く特異的であり、他のビリルビン誘導体は結合できないことが示唆されました。また、こうした特性は別の分光学的あるいは生化学的実験でも証明されました。

(2)ビリルビンセンサー(ビリルビン濃度測定)への応用
 赤血球の崩壊(溶血)に伴い、ヘモグロビンはヘムとグロビンに分離し、ヘムはさらに酵素の働きによって、ビリベルジン(緑色)、ビリルビン(黄色)へと変化します(図5)。ビリルビンは水に溶けにくく、主に血液中のアルブミンに結合した状態で肝臓へ運搬されます。肝臓ではグルクロン酸抱合を受けて水に溶けやすいビリルビン(抱合型ビリルビン)に変化し胆汁へ排出されます。血液中のビリルビン量は、溶血が盛んになったり肝臓の働きが弱まったりすると増加します。異常に増加すると、ビリルビンが血管外の組織に沈着して黄疸と呼ばれる症状が表れます。一般的な健康診断の肝臓機能を評価する生化学検査項目の中にも、血清ビリルビン濃度(約1mg/dL以下が正常)を見つけることができます(図6)。また、新生児は、胎生期に使った余分な赤血球を壊すため黄疸(新生児黄疸)になりやすい傾向にあります。新生児黄疸がひどくなると、ビリルビンが大脳基底核などに沈着して後遺症が残る可能性がある(核黄疸、ビリルビン脳症)ため、血清ビリルビン濃度の測定は必須の作業です。このように、過剰量のビリルビンは体に悪い影響を与える傾向にあります。一方、ビリルビンは容易に酸化してビリベルジンに変化する性質を有しており、その顕著な抗酸化作用が注目されてきました。実際に、軽度に血清ビリルビン濃度が高い(1〜5mg/dL)と、心筋梗塞・狭心症など酸化ストレスに関連する疾患が発症しにくい傾向があります。

 現在、世界中で実施されているビリルビン測定法はいずれも比色法ですが、実に複雑な工程を経てなされています(図7)。ビリルビンより抱合型ビリルビンのほうが反応(酸化やジアゾ化)しやすいため、反応促進剤による反応前後でそれぞれ抱合ビリルビン量と総ビリルビン量を測定し、後者から前者を差し引いてビリルビン量を計算します。このため、現行のビリルビン測定は、煩雑で時間がかかる、感度が悪い、さまざまな因子に影響されやすい、などの問題が指摘されています。

 研究チームは、UnaGをビリルビンセンサーとして利用してヒト血清ビリルビン濃度の蛍光測定法を開発しました(図8)。UnaGとビリルビンとの結合力が極端に強いので、サンプル中に存在するビリルビンをアルブミン結合に関わらず全て検出することができます。従来法のような煩雑な工程や計算は一切必要ありません。蛍光法なので検出感度を著しく向上させることができ、より少量のサンプルで測定が可能になります。従来法と比べて3桁以上の感度向上を達成しています。(超)低出生体重児[7]の採血時の負荷を軽減できると期待できます。さらに、血液サンプルの溶血などの影響を受けないことも大きな利点で、従来法と比べて測定値の有効数字を1桁以上増やすことができています。さらに、UnaGの凍結乾燥試料がその活性を100%保持することが確認されており、研究チームが開発した蛍光試薬はその輸送や保管に冷凍・冷蔵の必要がありません。簡単で迅速にビリルビン定量ができるので、発展途上国や辺地での新生児医療をサポートするはずです。


<今後の期待>
 UnaGは、臨床化学におけるビリルビン定量を革新します。(超)低出生体重児への負荷を少なくしながら血清ビリルビン濃度を正確に測定できれば、核黄疸発症を効果的に予防することができます。また、血清ビリルビン濃度の高精度測定を持続的に行うことや測定を血液以外のサンプルに広げることにより、ヒト体内のビリルビン動態についての理解を深めることができます。量に応じて薬にも毒にもなりえるビリルビンを、健康・疾病バイオマーカーとして多角的に測定する技術の確立が期待できます。

 今回、解明したUnaGの構造情報を元に試験管内進化(変異導入)を行い、UnaGの蛍光特性やビリルビン結合親和性などを変えることができます。より優れた、より多様なビリルビンセンサーを開発することを研究チームは目指しています。また、UnaGはバイオイメージングのツールとして通常の蛍光タンパク質ではできない蛍光標識を可能にします。たとえば、低酸素・無酸素状況においても蛍光活性を獲得できるので、特に固形がん組織内の現象の可視化に役立つと考えられます。

 ニホンウナギ筋肉に観察される緑色蛍光の「仕組み」は解明されましたが、では一体、ビリルビン結合や緑蛍光の「意義」は何なのでしょうか。ウナギは謎の尽きない魚です。現在、ウナギ科には19種が記載されています。このうち、ニホンウナギ以外にも、長距離の回遊を行うヨーロッパウナギとアメリカウナギについて、筋肉における緑色蛍光を確認しています。おそらくUnaG類似のビリルビンセンサーを持っていると考えられます。全19種を比較検討することで、ウナギの生態や進化に関する謎を解く鍵が得られるかもしれません。熱帯に棲息する希少ウナギ種は個体の採集が困難です。また近年は、絶滅危惧種の認定を受けて一部のウナギ種について輸入が規制されています。国家の枠を超えてウナギに関する謎を解くことは、地球規模でウナギを保全するために必須であると考えられます。


<原論文情報>
 ・Akiko Kumagai, Ryoko Ando, Hideyuki Miyatake, Peter Greimel, Toshihide Kobayashi, Yoshio Hirabayashi, Tomomi Shimogori, and Atsushi Miyawaki.“A Bilirubin−Inducible Fluorescent Protein from Eel Muscle”Cell, 2013 doi.org/10.1016/j.cell.2013.05.038.


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 細胞機能探索技術開発チーム
 チームリーダー 宮脇 敦史(みやわき あつし)
 基礎科学特別研究員 熊谷 安希子(くまがい あきこ)


※補足説明・図1〜8は、添付の関連資料を参照

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