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理化学研究所、炎症や自己免疫疾患に関わる遺伝子の機能を解明

2013-06-15

炎症や自己免疫疾患に関わる遺伝子の機能を解明
−転写因子Bach2がアレルギーなどを引き起こす炎症性T細胞への分化を制御−


<ポイント>
 ・Bach2は、クローン病、セリアック病、I型糖尿病などに関連する転写因子
 ・Bach2はT細胞の“活性化されやすさ”を決め、炎症性T細胞への分化を抑制
 ・炎症・自己免疫疾患の予防・診断・治療法などへの手掛かりに


<要旨>
 理化学研究所(理研、野依良治理事長)は、炎症や自己免疫疾患に関連する遺伝子「Bach2」が、アレルギーなどを引き起こす炎症性T細胞[1]の分化を制御する重要な遺伝子であることを明らかにしました。これは、理研統合生命医科学研究センター(小安重夫センター長代行)免疫シグナル研究グループの斉藤隆グループディレクター、九十九伸一研究員(現・徳島大学大学院ヘルスバイオサイエンス研究部 助教)と、分化制御研究グループ、および東北大学大学院医学系研究科、大阪大学免疫学フロンティア研究センターらの共同研究グループの成果です。

 免疫反応は病原体などから自分の体を守るために欠かせない仕組みです。この免疫反応を司る免疫細胞が過剰に反応すると炎症・アレルギーを引き起こします。また、自己組織に対する免疫細胞の反応は自己免疫疾患の原因となっています。近年、これらの疾患に関わる遺伝的な背景を網羅的に解析するため、ゲノムワイド関連解析(GWAS)[2]と呼ばれる手法が使われています。この手法によって明らかになった炎症と自己免疫疾患に関連する遺伝子の1つとしてBach2が発見されています。Bach2遺伝子はリンパ組織で発現が高く、DNAからRNAを合成する過程(転写)を調節する因子(転写因子)として知られています。しかし、これらの疾患の発症機構にどのように関係しているのかは分かっていませんでした。

 今回、共同研究グループは、Bach2遺伝子を欠損したマウスを使った実験によって、Bach2遺伝子の発現と機能解析を行いました。解析の結果、Bach2遺伝子は、抗原にさらされたことのないT細胞(ナイーブT細胞[1])で最も発現が高く、ひとたび抗原によって活性化された後のメモリーT細胞[1]では発現が低いことが分かりました。メモリーT細胞は、ナイーブT細胞に比べて強い免疫反応を示すことが分かっていますが、Bach2遺伝子を欠損したマウスのナイーブT細胞は、抗原反応に対して非常に活性化されやすくなり、特にアレルギーを引き起こす炎症性T細胞であるTh2細胞[3]への分化が強く促進されることを発見しました。また、Bach2遺伝子を欠損したことで発現が変化した遺伝子の中には、炎症や自己免疫疾患と関連しているものが多数含まれていたことも分かりました。

 これらの結果は、Bach2遺伝子が免疫反応の強さや活性化されやすさを制御し、T細胞をナイーブな活性化されていない状態に保つ役割を果たしていることを意味しています。さらに炎症や自己免疫疾患への感受性を決定する重要な因子であることが考えられます。今後、本研究を進展させることで免疫による炎症や自己免疫疾患の予防・診断・治療法の開発などの手がかりとなることが期待できます。

 本研究成果は、米国の科学アカデミー紀要『Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)』(6月10日付け:日本時間6月11日)にオンライン掲載されます。


<背景>
 免疫反応は、自分の体を病原体や異物の侵入あるいはがん細胞から守るために、巧妙な仕組みを持っています。しかし、免疫反応を司る免疫細胞の攻撃が過剰になったり、本来攻撃しないはずの自己組織に向ってしまうと、炎症、アレルギーあるいは自己免疫疾患を引き起します。これらの疾患の多くは根本的な治療法が見つかっておらず、予防・診断・治療法の開発が望まれています。過去の研究からアレルギーなど過剰な免疫反応を引き起こす原因として炎症性T細胞が知られており、この炎症性T細胞を標的にして、その生成や機能を抑える治療法開発が進められています。近年、さまざまな疾患の遺伝的な背景を明らかにするために、ゲノムワイド関連解析(GWAS)が使われています。これは、ヒトのゲノム全体にわたる一塩基多型(SNP)[4]を用いて、疾患に関わる遺伝子領域を見つける方法です。この方法により、クローン病、セリアック病、I型糖尿病、ぜんそく、尋常性白斑多発性硬化症といった多くの疾患と関わりのある遺伝子が見つかり、その1つとして、Bach2遺伝子が報告されています。Bach2遺伝子は、リンパ組織で高い発現がみられ、DNAからRNAを合成する転写を調節する因子(転写因子)として知られています。しかし、これがどのように上記の疾患の発症に関連するのかは、よく分かっていませんでした。

 そこで、共同研究グループは、Bach2遺伝子を欠損したマウスを用いた実験によって、この遺伝子の発現と機能の解明に挑みました。


<研究手法と成果>
 共同研究グループは、まずBach2遺伝子の発現について詳細に調べました。Bach2遺伝子は、これまでT細胞と同じ免疫細胞の1つであるB細胞だけに発現し機能していると考えられていました。しかし、メッセンジャーRNAの定量的な解析により、T細胞にも同程度発現していることが分かりました。また、T細胞は胸腺で分化・成熟し、末梢リンパ組織に移動して免疫反応を担うようになりますが、Bach2遺伝子は、胸腺での分化の最後の段階で発現が上昇することを発見しました。さらに、T細胞(ナイーブT細胞)は、末梢リンパ組織に移動した後も、抗原に出会うまでは高い発現が維持されますが、抗原によって刺激を受けてメモリーT細胞になった後では発現が低下することが分かりました(図1)。

 次に、共同研究グループはBach2遺伝子の機能を解析するため、Bach2遺伝子を欠損させたマウスのナイーブT細胞における遺伝子発現の変化を調べました。具体的には、マイクロアレイ解析[5]を用いて野生型マウスが持つ正常なナイーブT細胞と異なる発現量を示す遺伝子網羅的に解析しました。その結果、Bach2遺伝子を欠損させたナイーブT細胞は、メモリーT細胞と同じ遺伝子発現パターンを持つことが分かりました。ナイーブT細胞とメモリーT細胞の大きな違いは、抗原刺激に対する反応の強さと早さですが、Bach2遺伝子を欠損させたナイーブT細胞ではメモリーT細胞と同じように反応が強くなり、早くなることが認められました。特に、Th2細胞(2型ヘルパーT細胞)と呼ばれる炎症性T細胞の活性化パターンが強く認められ、機能的にもTh2細胞に似ていることが分かりました。Th2細胞は、アレルギー反応や炎症性疾患を引き起こすT細胞であることが知られており、Bach2遺伝子は炎症性T細胞への分化を制御していると考えられました。実際に発現が低下したメモリーT細胞に再びBach2遺伝子を発現させると、「活性化しやすい」Th2細胞タイプの遺伝子発現パターンは消え、機能的にも正常なナイーブT細胞に戻ることが分かりました(図2)。

 さらに、Bach2遺伝子が直接制御している遺伝子を同定したところ、マイクロアレイでの機能解析と同様に、ストレス反応や炎症反応に関与する遺伝子群であることが分かりました。以上のような結果から、Bach2遺伝子はT細胞の“活性化されやすさ”と“活性化の方向”を決め、炎症性T細胞になることを制御している因子であることが分かりました。つまり、炎症、アレルギー、自己免疫疾患を引き起こすメカニズムの一端にBach2遺伝子が関与していると考えられます。


<今後の期待>
 今回Bach2遺伝子の欠損によって発現が変化することが明らかになった遺伝子群には、過去に行われたゲノムワイド関連解析で炎症、アレルギー、自己免疫疾患と関連が示されているものが多く含まれていました。このことは、これらの疾患に対する感受性や疾患の発症機構において、Bach2遺伝子が重要な位置を占めていることを示唆しています。このような関係をさらに解析するためにBach2遺伝子を抑制する標的分子も明らかにする必要があります。Bach2遺伝子とともにその標的分子の詳細が解明されることで免疫疾患の予防・診断・治療への有用な標的候補・手がかりが得られると期待できます。


<原論文情報>
 ・Shin−ichi Tsukumo, Midori Unno, Akihiko Muto, Arata Takeuchi, Kohei Kometani, Tomohiro Kurosaki, Kazuhiko Igarashi, Takashi Saito ‘Bach2 maintains T cells in a naive state by suppressing effector memory−related genes’PNAS 2013


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 統合生命医科学研究センター 免疫シグナル研究グループ
 グループディレクター 齊藤 隆(さいとう たかし)


※補足説明と図1・2は、添付の関連資料を参照

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