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東大、生体内薬物輸送を実現するナノチューブ型分子ロボットを開発

2013-06-10

生体内薬物輸送を実現するナノチューブ型分子ロボット


1.発表者:
 相田 卓三(東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 教授、理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長)
 Biswas Shuvendu(東京大学大学院 工学系研究科 化学生命工学専攻 博士課程学生)
 金原 数(東北大学 多元物質科学研究所 教授)
 田口 英樹(東京工業大学大学院 生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 教授)
 丹羽 達也(東京工業大学大学院 生命理工学研究科 生体分子機能工学専攻 助教)
 石井 則行(独立行政法人産業技術総合研究所 光技術研究部門 主任研究員)
 片岡 一則(東京大学大学院 工学系研究科マテリアル工学専攻 教授)
 宮田 完二郎(東京大学大学院医学系研究科 附属疾患生命工学センター臨床医工学部門 准教授)
 渡邉 秀美代(東京大学大学院医学系研究科 附属疾患生命工学センター臨床医工学部門 特任研究員)


2.発表のポイント:
 ◆どのような成果を出したのか
  生体内に偏在し、特に細胞内やがん組織などに高濃度で存在するアデノシン三リン酸(ATP)(注1)を検出して機械的に開裂するナノチューブ型分子ロボットの開発に成功した。

 ◆新規性(何が新しいのか)
  ATPと結合し、機械的な運動を行う「分子機械」を用いた世界初の薬物放出ナノキャリアの開拓に成功した。

 ◆社会的意義/将来の展望
  開発された分子ロボットをキャリアとすることで、細胞内あるいはがん組織における選択的な薬物放出が可能となり、酵素分解を受けやすいなどの問題を抱える核酸医薬(注2)の生体内輸送の実現に繋がる可能性を有する。


3.発表概要:
 化学的安定性が低い核酸医薬などの薬剤は、その高い効能を発揮する前に生体内の輸送過程で分解されてしまう。そのため、不安定な薬剤を安定に腫瘍細胞へ配達できるようなドラッグデリバリーシステムの開発が強く求められている。

 東京大学大学院工学系研究科化学生命工学専攻相田卓三教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長を兼任)らは、生体内に普遍に存在するアデノシン三リン酸(ATP)という物質の量を診断し、細胞内でのみ選択的に薬剤を放出できるナノチューブ型分子ロボットの開発に成功した。相田教授らはシャペロニン(注3)というタンパク質複合体の(1)ゲスト(変性タンパク質など)をシャペロニン内に取り込む性質、(2)ATPをエネルギー源として自身の機械的開閉運動を引き起こす性質、に着目した。そして、シャペロニン内に薬剤を取り込ませ、チューブ状(1次元状)に集合させATPを添加すると、シャペロニンの構造変化が引き金となり、チューブ構造がばらばらに分解し、内包していた薬剤が放出されることを見出した。特に、チューブを壊すには1分子の機械的運動では不十分なため、薬剤放出が開始されるには然るべきATPの濃度が必要となる。細胞内においてATPは1−10mM(ミリモル毎リットル)もの高濃度なのに対し、細胞外マトリックスにおいては5μM(マイクロメートル)と格段に低い。この濃度差と、上記の放出機構を利用することで、ATPの濃度を診断し細胞内にのみ薬剤を選択的に放出する分子ロボットの開発に成功した。開発したナノチューブ型ロボットは、マウスに投与すると肝臓細胞に次いでがん細胞に多く取り込まれることが明らかとなり、ドラッグデリバリーシステムとして有望な結果が観測されている。

 シャペロニンはその構造的安定性が非常に高いため、シャペロニン内に取り込まれた薬剤は安定に腫瘍細胞に配達できることが期待される。本成果は、がん治療薬として期待されるsiRNAなど、生体内では不安定な核酸医薬を腫瘍細胞に運搬するシステムの開発に繋がる可能性がある。


4.発表内容:
 2006年のノーベル生理学・医学賞(注4)に代表されるように、近年、核酸医薬への関心は日に日に高まり、開発競争は熾烈を極めた。しかしながら、2011年辺りより、最大手の製薬会社がこぞって核酸医薬から手を引き始め(もしくは投資を抑え始め)たのは、核酸のもつ本質的な化学的不安定性に依るところが大きい。核酸医薬は細胞試験等では非常に有望な結果が多数得られているものの、実際に生体に投与する段になると、がん細胞などのターゲットに配達される前に分解され、一切役割を果たすことができない。この問題を解決するためにも、不安定な薬剤を安定に腫瘍細胞へ配達できるようなドラッグデリバリーシステムの開発が強く求められてきたが、未だに難しいのが実情である。

 東京大学工学系研究科化学生命工学専攻相田教授(理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長を兼任)らは、これまでシャペロニンという筒状タンパク質複合体を、一次元チューブ状に集合させる研究を行なってきた。特に相田らが注目したのは、シャペロニンの(1)変性タンパク質などのゲスト分子を自身の空孔に取り込むことができる性質、(2)生体内に偏在するアデノシン三リン酸(ATP)という物質をエネルギー源として機械的構造変化を起こす性質、(3)安定で容易に分解されない性質である。相田らは、これまで異分子をシャペロニンに内包させた状態でシャペロニンを1次元状に集合させ、ナノチューブを形成できることを見出してきた。今回、これまで開発したナノチューブがATPの濃度を診断し、細胞内選択的に薬剤を放出できることを見出した。鍵となったのは、ATPをエネルギー源として消費することで引き起こすシャペロニンの機械的運動と、シャペロニンが形成するチューブ状集合構造である。チューブ構造に取り込まれた個々のシャペロニンの機械的運動では、チューブ構造を破壊するには不十分である。より大きな機械的力を生むためには、複数の分子が協同的に運動する必要があり、そのためには高濃度のATPが不可欠である。シャペロニンに取り込まれた薬剤が放出されるには、チューブ構造が壊れる必要があるため、薬剤放出が開始されるには然るべきATPの濃度が必要となる。細胞内においてATPは1−10mMの高濃度なのに対し、細胞外マトリックスにおいては5μM程度と格段に低い。この濃度差と、上記の放出機構を利用することで、細胞外では薬剤を放出せずに、細胞内でのみ薬剤を選択的に放出する分子ロボットの開発に成功した。シャペロニンナノチューブは本来細胞には取り込まれないものの、ボロン酸誘導体で表面を修飾することで細胞への取り込みに成功した。さらに、チューブ構造には他にも利点がある。チューブのような異方的な構造はEPR(注5)効果によって腫瘍組織に取り込まれやすいとの報告がある。そのため、開発したナノチューブ型ロボットをマウスに投与すると、肝臓細胞に次いでがん細胞に多く取り込まれることが明らかとなった。基本的にほとんどの異物は肝臓にて濾過されてしまうことを考慮すると、今回の結果はドラッグデリバリーシステムとして有望な結果と言える。

 今回用いた薬剤は安定なものであり、ナノチューブ型ロボットでなければ配達できないものではない。しかしながら、シャペロニンはその構造的安定性が非常に高いため、シャペロニン内に取り込まれた薬剤がどのようなものであっても安定に腫瘍細胞に配達できることが期待される。今回の結果を基に、将来的にはがん治療薬として期待されるsiRNAなどの不安定な核酸医薬をシャペロニンに取り込み、腫瘍細胞に配達できるシステムの開発を行うことを目指している。また、今回の系はシャペロニンという分子の機械的な運動を薬剤放出のドライビングフォースとして利用しているが、このようにナノメートルのスケールでは、ほとんどの場合熱的なランダムな運動に勝てず、機械的な運動を取り出すことはできない。シャペロニンのように、非常に安定で固い物質において、複数のサブユニットの協同的な動きがあってはじめて実現できるものである。このように、生体内には人類の科学技術をもってしても、未だに実現の可能性の見えないような非常に複雑で多機能な材料・系がいくつもある。そのようなものを人類が一から設計できるようになるにはまだまだ時間がかかるが、今回の発見のように、生体によって作り上げられたものを最大限利用することで、これまでにない新しいシステムの開発を目指していく予定である。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Nature Chemistry」(オンライン版:6月2日)
 論文タイトル:Biomolecular robotics for chemomechanically driven guest delivery fuelled by intracellular ATP
 著者:Biswas Shuvendu、金原 数、田口 英樹、丹羽 達也、石井 則行、渡邉 秀美代、宮田 完二郎、片岡 一則、相田 卓三

 DOI番号:10.1038/NCHEM.1681


 *以下の資料は添付の関連資料「参考資料」を参照
  ・用語解説
  ・図:シャペロニンナノチューブの薬剤放出機構

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