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東大、赤痢菌は感染細胞が菌排除の目的で行う細胞死を自ら阻止することを発見

2013-05-22

赤痢菌は感染細胞が菌排除の目的で行う細胞死を自ら阻止する
―赤痢菌のカスパーゼ−4に対する新規阻害因子の発見―


1.発表者:
 小林 泰良(東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センター 感染制御系 細菌学分野 学術支援専門職員)
 三室 仁美(東京大学医科学研究所附属感染症国際研究センター 感染制御系 細菌学分野 准教授)
 笹川 千尋(東京大学 名誉教授)


2.発表のポイント:
◆どのような成果を出したのか
 上皮細胞は細菌感染に応答してカスパーゼ4依存的な細胞死を起こして病原体を取り除くが、赤痢菌はカスパーゼ4特異的な阻害因子を分泌してこれに抵抗する高度な戦略を有していた。

◆新規性(何が新しいのか)
 赤痢菌、サルモネラ、腸管病原性大腸菌の感染に対して、宿主はカスパーゼ4依存的な細胞死を誘導して感染防御を行う。赤痢菌はこれに対抗する高度に進化した戦術を備えている。

◆社会的意義/将来の展望
 腸管病原菌による炎症性腸炎や敗血症治療のための新規薬剤開発への手掛かりを与える。


3.発表概要:
 多細胞生物の細胞は、感染やがんで個体全体へ障害が及ぶとき、個体を生かすために自殺(細胞死)を選択する。この「管理された細胞死」は、カスパーゼと呼ばれる一群のプロテアーゼにより制御されているが、未だ不明な点が多い。
 今回、笹川千尋(東京大学 名誉教授)と小林泰良(東京大学医科学研究所 学術支援専門職員)らは、赤痢菌(注1)をはじめサルモネラ、腸管病原性大腸菌が上皮細胞へ感染すると、生体防御反応としてカスパーゼ4(注2)依存的な細胞死が誘導されることを発見した。また興味深いことに、赤痢菌はカスパーゼ4を特異的に阻害する病原因子OspC3を産生・分泌することもわかった。さらにOspC3は、カスパーゼ4へ特異的に結合して、その活性ポケットを塞ぐことによりカスパーゼ4活性を阻害することを明らかにした。OspC3遺伝子を欠損させた赤痢菌を上皮細胞へ感染させると、カスパーゼ4の活性化による炎症性細胞死(パイロプトーシスとも呼ばれる)(注3)が引き起こされ感染細胞が排除されることを、細胞および動物個体レベルで明らかにした。
 本研究から、腸管粘膜における病原菌排除機構の一端が明らかになり、これを通じてカスパーゼ4が関わる感染症や敗血症に対する阻害薬を開発する手掛かりとなることが期待される。


4.発表内容:
 粘膜上皮細胞は、個体の外来病原微生物の第一線の防御壁として、外来病原体を排除するメカニズムを持っています。例えば腸管上皮細胞は、ひとたび微生物が侵入して感染すると、免疫応答による危険信号を発して炎症反応を起こしたり、感染細胞に細胞死を誘導したりすることで、異物である病原微生物を排除します。しかし、赤痢菌(注1)などの高度病原細菌は、粘膜上皮細胞内に侵入して感染すると、感染細胞の細胞死を抑制することが知られていました。赤痢菌は、エフェクターと呼ばれる病原因子を多数持ち、注射器のようなIII型分泌装置によってエフェクターを細胞内に注入して感染することが知られていましたが、細胞死を抑制するエフェクター分子は同定されていませんでした。

 そこで、細胞死を抑制する赤痢菌エフェクターを探索するために、複数のエフェクターの遺伝子欠損変異赤痢菌株が感染した上皮細胞の細胞傷害性を調べました。その結果、ospC3欠損変異株(ΔospC3株)の感染細胞では、感染後2−4時間という短時間で著しく細胞が傷害されることを見出しました。ΔospC3株感染細胞を電子顕微鏡で観察すると、細胞膜が傷害された像が見られました。また、ΔospC3株が感染した上皮細胞では、核の断片化と、炎症性サイトカインの分泌がみられた一方で、感染細胞の傷害性は、細胞死を司るカスパーゼ酵素群のうちカスパーゼ1/4/5の活性を特異的に阻害する阻害剤で抑制されたことから、ΔospC3株感染細胞ではパイロプトーシス(注3)と呼ばれる細胞死が誘導されることが明らかになりました。

 モルモットを用いた動物感染モデル実験の結果、ΔospC3株が感染すると、腸管上皮細胞に細胞死が起きて、出血を伴う組織破壊が見られるとともに、腸管粘膜組織中の赤痢菌数が減少することが明らかになりました。従って、赤痢菌OspC3エフェクターは、感染細胞の細胞死を抑制することで、赤痢菌が感染増殖する細胞の足場を確保して、感染を拡大することが示唆されました。

 OspC3の標的因子を同定するため、パイロプトーシスに関与する可能性があるタンパク質との結合を確認した結果、OspC3は、カスパーゼ4と特異的に結合することが明らかになりました。また、カスパーゼ4のノックダウン細胞ではパイロプトーシスが著しく抑制されました。これまでの報告では、パイロプトーシスはカスパーゼ1を介することが報告されていたことから、本研究で見出した細胞死は新規メカニズムによる細胞死であることが示唆されました。

 細胞内のカスパーゼ4は、限定分解によってCARD、p19およびp10に切断され、p19−p10の4量体が成熟体としてタンパク質分解活性を持つようになると考えられています。OspC3はカスパーゼ4のp19と特異的に結合しました。細胞に赤痢菌が感染すると、カスパーゼ4は限定分解されましたが、一方で、成熟型カスパーゼ4に精製OspC3タンパク質を添加すると、カスパーゼ4のタンパク質分解活性が阻害されました。さらに、OspC3は、p19−p10結合を阻害することを見出しました。従ってOspC3は、カスパーゼ4のp19と結合することで、p19−p10の多量体化によるカスパーゼ4の成熟を阻害することが示唆されました。さらに、OspC3部分欠失変異体を用いて、活性に重要なアミノ酸領域を調べた結果、OspC3のC末端約30アミノ酸領域がカスパーゼ4との結合に必須であることがわかりました。また、立体構造予測から、OspC3配列中に存在するカスパーゼ4の基質推定配列(LSTDN)が、カスパーゼ4のタンパク質分解活性ポケットに作用することが予測されました。カスパーゼ4のp19−p10を細胞に強制発現させることで誘導される細胞死は、OspC3の細胞内導入で抑制されましたが、上述のカスパーゼ4結合配列とLSTDN配列のアミノ酸を変異させたOspC3の導入ではまったく抑制されませんでした。従って、OspC3は2つの領域によりカスパーゼ4の活性を阻害することが示唆されました。

 さらに、赤痢菌以外の腸管病原性細菌であるサルモネラと腸管病原性大腸菌の感染細胞においても、カスパーゼ4に依存したパイロプトーシス細胞死が観察されたことから、カスパーゼ4が引き起こす細胞死は、宿主細胞による病原体排除のための共通した機構であることが示唆されました。

 本研究から、粘膜感染病原細菌の感染を排除するためのカスパーゼ4を介した細胞死分子機構が明らかになりました。カスパーゼ4は敗血症に関与することが注目されはじめた分子であることから、本研究は、カスパーゼ4が関与する細菌感染症や敗血症に対する特異的阻害薬を開発する足がかりとなることが期待されます。


5.発表雑誌:
 雑誌名:「Cell Host&Microbe」5月15日
 論文タイトル:The Shigella OspC3 Effector Inhibits Caspase−4,Antagonizes Inflammatory Cell Death,and Promotes Epithelial Infection
 著者:Taira Kobayashi,Michinaga Ogawa,Takahito Sanada,Hitomi Mimuro,Minsoo Kim,Hiroshi Ashida,Reiko Akakura,Mitsutaka Yoshida,Magdalena Kawalec,Jean−Marc Reichhart,Tsunehiro Mizushima,Chihiro Sasakawa
 DOI番号:10.1016/j.chom.2013.04.012
       http://www.cell.com/cell-host-microbe/abstract/S1931-3128(13)00155-8


7.用語解説:
 (注1)赤痢菌・・・1897年に伝染病研究所(現東京大学医科学研究所)の志賀潔博士の手で発見された。発展途上国を中心に未だに多くの感染者、乳幼児死亡者を出す細菌性赤痢の起因菌。食品・飲料から経口感染し腸管に感染することで、発熱・下痢・粘血便といった症状を引き起こす。近年インドを中心に抗生物質に対する多剤耐性菌の報告が相次いでいるが、ワクチン等の治療法は確立されていない。
 (注2)カスパーゼ4・・・カスパーゼ1と同じ炎症性カスパーゼに属するが、その機能は明確には分かっていない。マウスではカスパーゼ11をカスパーゼ4の代わりに持っており、ノックアウトマウスから遺伝子の機能を解明することは難しい。
 (注3)パイロプトーシス・・・炎症性サイトカインの分泌を伴う細胞の自発的な死の一つ。主に血球系細胞で報告され、カスパーゼ1の活性化に依存しているが、近年ではマウスのカスパーゼ11の関与が報告されている。

8.添付資料

 ※添付の関連資料を参照

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