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理化学研究所と東大、21番目のアミノ酸「セレノシステイン」の合成メカニズムを解明

2013-04-11

21番目のアミノ酸「セレノシステイン(Sec)」の合成メカニズムを解明
−星形の超巨大複合体がSec合成を一度に成し遂げる−


<ポイント>
・Secの合成に必要な酵素「SelA」の立体構造を決定
・星形の巨大タンパク質「SelA」の4つのサブユニットが異なる作業を担いSecを合成
・セレン(Se)の自在な導入によるスーパー酵素の創生などへ期待


<要旨>
 理化学研究所(野依良治理事長)と東京大学(濱田純一総長)は、バクテリアにおける「21番目のアミノ酸[1]」と呼ばれるセレノシステイン(Sec)の合成メカニズムを解明しました。これは、理研生命分子システム基盤研究領域の横山茂之領域長(横山茂之領域長、現:横山構造生物学研究室 上席研究員)、東京大学分子細胞生物学研究所の伊藤弓弦助教らと米国イェール大学による共同研究成果です。

 老化防止や生活習慣病予防などに有効な元素のセレン(Se)は、ヒトを含む幅広い生物にとって微量成分として不可欠で、欠乏すると、がんや高血圧症を引き起こします。生体内ではSecの中に存在し、アミノ酸の配列を決める暗号(遺伝暗号)により、一部のタンパク質に取り込まれて機能します。Secは、専用の転移RNA(tRNA)[2]であるtRNASec(※)に結合した状態の別のアミノ酸を材料として合成されますが、ヒトを含めた真核生物[3]とアーキア[4]のグループ(ヒト型)とバクテリア[5]のグループ(バクテリア型)では、その合成メカニズムが異なります。これまでヒト型については、その詳細が明らかになってきましたが、バクテリア型については不明のままでした。

 ※「tRNASec」の正式表記は添付の関連資料を参照

 共同研究グループは、バクテリアにおいてSecを合成する酵素SelAとtRNASecの複合体の結晶構造を解析し、SelAが10個のサブユニット[6]からなる超巨大な星形をしていることが分かりました。また、サブユニットそれぞれの詳細な機能も明らかにし、星形を構成することが、Secの合成に必要不可欠であることも突き止めました。

 この成果は、Se含有タンパク質の合成方法の開発に大きく貢献し、今まで不可能だった天然の酵素の機能を上回るスーパー酵素の創生や、Se欠乏を原因とする疾患の研究などに役立つと期待できます。

 本研究成果は、ターゲットタンパク研究プログラム、および、文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われ、米国の科学雑誌『Science』(4月5日号)に掲載されます。


<背景>
 セレン(Se)は、周期表の酸素と硫黄の下に位置し、硫黄と似た性質を持ちますが、より反応性に富んでいます。そのため、ヒトからバクテリアに至る幅広い生物にとって微量成分として不可欠で、Seの欠乏は、がんや高血圧症を引き起こします。生体内では主にセレノシステイン(Sec)とよばれるアミノ酸に存在し、一部のタンパク質(Se含有タンパク質)に取り込まれます。Se含有タンパク質はSeの高い反応性を利用して、抗酸化作用など重要な機能を発揮します。

 Secは、タンパク質を構成する標準的な20種のアミノ酸に加えて、新たに発見された「21番目のアミノ酸」として知られています(図1)。標準的なアミノ酸と同様に、遺伝暗号に従ってタンパク質に取り込まれます。その際、アミノ酸をタンパク質合成の場であるリボソーム[7]に運搬するには、それぞれ専用のtRNAが必要で、Secには専用のtRNASecが存在します。通常のtRNAは、それぞれに対応するアミノ酸が結合しますが、tRNASecは、まず一度、別のアミノ酸である「セリン(Ser)」(図1)が結合します(Ser−tRNASec)。その後、SerがSecへ変換され、Sec−tRNASecが合成されて、リボソームに運搬されることでタンパク質に取り込まれます(図2)。

 この変換メカニズムは、ヒトを含めた真核生物とアーキアのグループ(ヒト型)とバクテリアのグループ(バクテリア型)では全く異なります。ヒト型では、2つの酵素「PSTK」と「SepSecS」によって、2段階でSerからSecへと変換されます。一方、バクテリアでは1つの酵素「SelA」によって、1段階でSerをSecに変換します(図2)。2010年の本研究グループの成果などにより、ヒト型のメカニズムの全容が明らかになりました注)が、バクテリア型のメカニズムの研究は巨大タンパク質であるSelAの結晶構造解析が技術的に困難であったため大きく遅れており、その解明が求められていました。

 注)2010年8月13日プレスリリース
 http://www.riken.go.jp/pr/press/2010/20100813/


<研究手法と成果>
 共同研究グループは、バクテリアの一種A.aeolicus(A.アエオリカス)由来のSelA単体、およびSelAとtRNASecの複合体の結晶を作製し、理研の大型放射光施設SPring−8[8]のビームラインBL41XUと、高エネルギー加速器研究機構の放射光科学研究施設フォトンファクトリー[9]のビームラインBL5A、BL17A、NW12Aを用いて結晶構造を解析しました。その結果、SelAは、2個のサブユニットからなる2量体が5個、星形に配列した10量体であることが分かりました(図3上)。全てのサブユニットは互いに同じ構造であるため正5角形型の対称性を持ちます。その分子量は通常のタンパク質が数万であるのに対し、SelAの総分子量は50万を超えます。そして、SelAとtRNASecの複合体では、合計10個のtRNASecがSelAに結合しており、総分子量81万の超巨大タンパク質−RNA複合体を形成していました(図3下、YouTube:SelAとtRNASecの複合体の全体構造動画(http://youtu.be/v4a55kmbXL8))。この大きさは、全ての細胞に存在するタンパク質合成の場であるリボソームの30S粒子にも匹敵します。

 SelAと共通の先祖を持つ他の酵素は、2量体か4量体で機能します。一方、SelAは10量体で、このような巨大な構造は他に例がなく、なぜ超巨大な複合体が必要なのか、その詳細な機能について調べました。その結果、SelAの中で、隣り合う2個の2量体に含まれる4個のサブユニット(図4右A〜D)は、1つのSer−tRNASecに対し、協力して4つの異なる作業を担うことが分かりました。具体的には、サブユニットAが(1)「Ser−tRNASecを識別し」、サブユニットAとBが(2)「Ser−tRNASecを固定し」、サブユニットCが(3)「Ser−tRNASecの先端を捕まえ」、サブユニットCとDが(4)「その先端にあるSerをSecへと変換する」、という連続した作業により、1段階でSerをSecに変換すると分かりました(図4)。また、サブユニットは全て同じ構造であるため、隣のSer−tRNASecに対しては、C〜Fの4個のサブユニットが4つの作業を担い、サブユニットCに着目すれば、このときには(1)と(2)を担当しています。このように各サブユニットは4つの作業を全て担うことが出来ます。これらのサブユニットをそれぞれのtRNASecに対して機能させるためには、2量体の配置が重要であり、これを実現するためにバクテリアでは、超巨大な正5角形型の星形構造を産み出したことが分かりました。さらに、環状に5つの2量体を配置することで、全体では、(1)〜(4)の作業が10カ所で可能です。もし、直線状に配置した場合は、両端に無駄ができるため、全体で8カ所だけとなり非効率的です。このように環状であることの重要性も判明しました(図4)。

 また、SerからSecへの変換は、反応性に富むSeを組み込む困難な反応であるとともに、tRNASerなど他のtRNAにSeを導入しないよう、正確に識別する必要があります。そのメカニズムを詳細に調べたところ、SelAは、星型の構造から突出した領域(N末端ドメイン:図3上右、図4左)が、tRNASecが持つ固有のDアームと結合することで、tRNASecを正確に識別していると分かりました(図5)。

 さらに、ヒト型で働くSepSecSとバクテリア型で働くSelAでは、SerからSecへの変換を触媒する部位の構造が全く異なることも判明しました。Secを合成するこれらの酵素は、互いの構造も反応メカニズムも異なります。つまり、ヒト型とバクテリア型の酵素は、別々の先祖から、それぞれ独立にSecを合成できるように進化(収れん進化)したという非常に興味深いことも分かりました。


<今後の期待>
 Se含有タンパク質は、ヒトの生存や健康の維持に必須で、その研究は大変重要です。しかし現状では、Secを自在にタンパク質へ取り込むことができないため、人工的な合成は困難です。今回、ヒト型に続きバクテリア型の生体内のSec合成メカニズムも解明できました。今後、人工的なSe含有タンパク質合成方法の開発に大きく貢献し、Seの自在な導入によって今まで出来なかった天然の酵素の機能を上回る能力を持つスーパー酵素の創生や、Se欠乏を原因とする疾患の研究などに役立つことが期待できます。

 アーキアとバクテリアの多くは、基本的な20種類のアミノ酸のうちの幾つかについても、Sec合成のようにtRNA上で他のアミノ酸を経由して合成しています。これは原始生物の名残とされ、初期の生物は少ない種類のアミノ酸からタンパク質を合成し、進化の過程で新しいアミノ酸を獲得していったと考えられています。タンパク質を構成するアミノ酸の並びはDNA上の遺伝子に規定されているため、新規のアミノ酸の獲得には遺伝暗号とその翻訳系の進化が必要です。Secの翻訳系は最も歴史の浅い未熟なものであるため、Secの合成から組み込みまでのメカニズムを詳細に調べ、完成されたアミノ酸の翻訳系と比較することは、原始の生物が遺伝暗号を進化させながら現在の姿に至った経緯をひも解く手がかりになると期待できます。


<原論文情報>
 ・Yuzuru Itoh,Markus J.Brocker,Shun−ichi Sekine,Gifty Hammond,Shiro Suetsugu,Dieter Soll,and Shigeyuki Yokoyama."The decameric SelA・tRNASec ring structure reveals the mechanism of bacterial selenocysteine formation".Science,2013


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 上席研究員研究室 横山構造生物学研究室
 上席研究員 横山 茂之(よこやま しげゆき)


 ※補足説明と図1〜5は添付の関連資料を参照

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