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理化学研究所、思春期に刺激の多い環境で過ごすと脳に左右差が出現することを発見

2013-04-10

思春期に刺激の多い環境で過ごすと脳の左右差と協調リズムが出現
−ラットで左右にある海馬の脳波を同時計測、ガンマ波の大きな変化発見−


<ポイント>
 ・隔離飼育ラットと豊かな環境飼育ラットで海馬の脳波(ガンマ波)活動を比較
 ・豊かな方では右側の海馬でシナプスが増加し、ガンマ波が増強
 ・脳の左右差形成の仕組みを解明する手掛かりと期待


<要旨>
 理化学研究所(野依良治理事長)は、ラットを使った実験で、刺激に富む環境で飼育すると脳の海馬の左右間に発達の差が出ることを発見しました。この発見は、飼育環境の違いという外的因子により、脳機能の左右非対称性が促進されることを示します。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)神経グリア回路研究チームの篠原良章研究員、細谷亜季テクニカルスタッフ、平瀬肇チームリーダーによる成果です。

 大脳の内側に位置する海馬[1]は、空間学習や認知に関わっており、記憶の形成に重要な働きをしている部位です。この海馬を損傷すると、新しい物事を覚えられなくなる順行性健忘を発症するなど重篤な記憶障害が生じます。これまでの研究で、思春期にあたる生後3週〜6週のマウスやラットを遊具付のケージで集団飼育すると、空間記憶などの学習能が向上することが知られていました。これは、遊具による視覚や体性感覚、および集団による社会性の刺激が海馬機能に影響していることを示しています。しかし、具体的に海馬の神経活動にどのような変化が生じているかは十分に分かっていませんでした。また、海馬は脳の左右に一対存在しますが、神経活動を左右の海馬で同時に計測した実験は少なく、飼育環境の違いによる左右の海馬の神経活動変化については未解明でした。

 今回、研究チームは生後3週〜6週目のラットを1匹だけでケージで飼育する「隔離飼育群」と、遊具を入れたケージで集団飼育する「豊かな環境飼育群」とに分け、左右の海馬CA1領域[2]の脳波活動を計測しました。その結果、豊かな環境飼育群では、脳波の1つであるガンマ(γ)波[3]の振幅が大きくなり、なかでも右側のγ波の振幅が左側に比べてより大きくなっていることを発見しました。さらに、豊かな環境下のラットは左右のγ波のリズムが同期することも明らかになりました。また、豊かな環境飼育群で、シナプス入力の一端を担うNMDA受容体[4]の働きを抑制すると、このようなγ波の変化は起こりませんでした。NMDA受容体は記憶や学習に関わり、特に脳が学習するときの本質であるシナプスの可塑性に重要な働きをすることが知られています。したがって、豊かな環境飼育群ではシナプスの可塑性が起きて顕著なγ波の変化が出現することが示唆されました。そこで、実際に海馬CA1領域のシナプス形態を調べてみた結果、豊かな環境飼育群の右側のシナプス密度が左側に比べ明らかに高くなっていました。これにより、飼育環境の違いでシナプスが増えることで神経回路の再編が左右非対称に起きることが確認できました。

 今回の発見は、海馬が霊長類で急速に進化した大脳新皮質の原型であることから、ヒトの脳が左側だけに言語野を持つなどの機能的左右差形成の仕組みを解明する手掛かりになると期待できます。本研究の一部は、日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究C,新学術領域研究「メゾスコピック神経回路から探る脳の情報処理基盤」)の支援を受けて行われました。本成果は、英国のオンライン科学雑誌『Nature Communications』(4月3日付け:日本時間4月4日)に掲載されます。


<背景>
 乳幼児期や思春期の経験は将来の人格形成に大きな影響をもたらします。成長過程での経験がその後の行動や学習能力にどのように反映されるかは、脳神経科学や心理学などの分野で注目されている課題であり、さまざまな動物や手法で研究が進められています。例えば、思春期にあたる生後3週〜6週間目のマウスやラットを遊具付のケージで集団飼育すると、空間記憶などの学習能が向上することが知られています(図1)。これは、遊具による視覚・体性感覚および集団飼育による社会性の刺激による「豊かな環境」が脳に影響していると考えられ、神経回路に物理的な変化が起きることが過去の研究から分かっています。中でも、大脳新皮質の内側に位置する海馬では神経細胞の新生が活発になり、神経細胞の形態がより複雑になるなど、大きな構造変化が起きることが知られています。海馬は、記憶形成に重要な働きをしているため、多くの神経科学者が研究していますが、飼育環境が海馬の神経活動に及ぼす影響はよく分かっていませんでした。また、海馬は脳の左右に一対存在しますが、左右の海馬の神経活動を同時に計測した実験は少なく、飼育環境の違いによる左右の海馬間の活動変化については全く未知のままでした。

 脳の情報伝達は、神経細胞集団がある特定のリズムをもって同期して活動することにより実現されると考えられています。このような集団的神経細胞の活動は、脳波(電位変化)として検出されます。海馬の脳波活動は、θ(シータ)波(8〜12Hz)出現時と非出現時の2つの状態に大別されます。θ波は意識的な運動時やレム睡眠中に出現し、休息時や徐波睡眠時には消失します。しかし、麻酔によって眠っている時はθ波は発生し、θ波出現時と非出現時が自然に入れ替わる脳波状態になります。

 θ波が発生するとき、海馬の一部であるCA1錐体細胞[5]の尖端樹状突起[5]が伸びた先にある放線状層と網状分子層では、γ(ガンマ)波(30〜100Hz)と呼ばれる別の脳波がθ波と同時に出現します(図2)。このγ波は、一般的に知覚活動時に顕著に出現することが知られています。そこで、研究チームは、知覚活動に深く関連するγ波に着目し、飼育環境と海馬の神経活動の関連性を調べました。


<研究手法と成果>
 研究チームは、思春期のラットを1匹だけでケージで飼育する「隔離飼育群」と遊具を入れたケージで6〜8匹を集団飼育する「豊かな環境飼育群」に分け、約4週間それぞれの環境で飼育しました。その後、感覚入力を遮断し、外界刺激に依存しない海馬固有のリズムを観察するために、覚醒の状態と似た脳波が出現するような麻酔をラットに施しました。

 θ波発生時中のCA1領域の放線状層のγ波を解析したところ、豊かな環境飼育群のγ波の振幅が隔離飼育群に比べて大きくなり、左右間のリズムが同期する現象を発見しました。さらに、左右のγ波を比較すると、右側の振幅がより大きくなっていることが明らかになりました(図3)。つまり、左右の海馬にある神経細胞は協調しながらも右側の神経細胞の活動を強くし、右側を優位にするように脳機能の左右非対称性を促進することが分かりました。

 次に、学習に重要なシナプス可塑性[6]がこの現象に関与しているかを調べました。シナプス可塑性に関わるNMDA受容体の働きを慢性的に減衰させるために、ラットにNMDA受容体阻害剤のケタミンを飲み水に入れて飲ませて豊かな環境下で飼育しました。すると、豊かな環境で飼育したにもかかわらず、γ波の振幅は増強されませんでした。つまり、豊かな環境による刺激によって、神経細胞シナプス可塑性が起こり、顕著なγ波が出現することが示唆されました。そこで、豊かな環境飼育群の海馬CA1領域にあるシナプス電子顕微鏡で観察したところ、右脳側のシナプス密度が高くなっていることが分かり、飼育環境の違いにより左右非対称に神経回路の再編が起きていることが確認できました。また、別の実験で、飼育環境による脳波変化は短期間では起こらず、3週間以上の豊かな環境での慢性的な経験が必要であることも分かりました。


<今後の期待>
 私たちの体は心臓が左側に位置するなど左右非対称です。このような非対称性は、発生の段階で初期胚にある細胞の繊毛の回転運動性に依存することが知られており、ゲノムに記録されている遺伝情報に基づいているといえます。霊長類、特にヒトでは、言語中枢が大脳左半球に局在するなど脳機能が左右非対称に分布しています。一説には左右で機能を分業する方が、脳の情報処理効率を上げるのに適しているため、そのように進化したと考えられています。
 今回の実験では、飼育環境の違いという外的因子により、脳機能の左右非対称性が促進されることが示されました。海馬は、霊長類で急速に進化した大脳新皮質の原型であることから、一連の発見はヒト脳の機能的左右差形成の仕組みを解明する手掛かりとなることが期待できます。
 また、豊かな環境群では、左右海馬でのγ波の同期が観測されました。γ波が脳の違った領域で同期するとき、その領域間で情報の統合が行われていることを意味します。つまり、左右の海馬はお互いに連携しながら左右が別々の働きを持つように機能を特化させていったと考えられます。
 今後、どのような分子メカニズムで左右の機能の分別が生じたのかが明らかになれば、ヒトなどの脳の左右形成メカニズムに迫ることができるかもしれません。


<原論文情報>
 ・Yoshiaki Shinohara,Aki Hosoya,and Hajime Hirase"Experience enhances gamma oscillations and interhemispheric asymmetry in the hippocampus",Nature Communications,March or April 2013 doi 10.1038/ncomms2658


<発表者>
 独立行政法人理化学研究所
 脳科学総合研究センター 神経グリア回路研究チーム
 チームリーダー 平瀬 肇(ひらせ はじめ)


※以下の資料は関連資料「添付資料」を参照
 ・補足説明
 ・図1 刺激に富む豊かな環境での集団飼育
 ・図2 海馬脳波のθ波とγ波の計測
 ・図3 飼育環境による左右の海馬脳波の振幅および同期の変化

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