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理化学研究所など、ブラックホールに落ち込む最後の1/100秒を解明

2013-04-10

ブラックホールに落ち込む最後の1/100秒の解明へ
−ガスが最後に放つ高エネルギーX線を初めて捉えた!−


<ポイント>
 ・「すざく」衛星に搭載した硬X線検出器で10億度超の高温ガスを測定
 ・高温ガスがブラックホールに消える瞬間、急激に加熱されることを発見
 ・ブラックホール存在の直接証明に一歩前進。次期衛星で更なる飛躍へ

<要旨>
 理化学研究所(野依良治理事長)、京都大学、日本大学、東京大学は、代表的なブラックホール天体である「はくちょう座X−1」[1]をX線観測衛星「すざく」[2]で観測し、ブラックホールに高温ガス[3]が落ち込む最後の100分の1秒[4]に、10億度以上にまで急激に加熱され、高エネルギーX線を出すことを突き止めました。これにより、ブラックホールの直接的な証明に一歩近づくことができました。これは、理研仁科加速器研究センター(延與秀人センター長)玉川高エネルギー宇宙物理研究室の山田真也 基礎科学特別研究員らを中心とした共同研究グループ[5]の成果です。

 ブラックホールは恒星とペアになって、お互いの周りをくっつかずにぐるぐる回り続けることがあり、それをブラックホール連星と呼びます。ブラックホール連星の周囲には恒星からのガスが取り巻いており、それらはやがてブラックホールに吸い込まれていきます。そのときガスは高温になり、X線で明るく輝くと考えられています。宇宙に本当にブラックホールがあるのかどうかは、長年の謎でしたが、20世紀後半のX線天文学の発展により、少しずつ存在の手がかりが得られてきました。そのひとつに周囲からのガスがブラックホールに吸い込まれる時に、X線の強度が激しく変化することがあげられます。ブラックホール近傍のガスは高温で主にX線で明るく光るため、その明るさや色(波長)、それらの時間変化を調べることで、ブラックホールの極近傍のガスの流れを“観る”ことができます。今ではブラックホールの存在を疑う人はほとんどいませんが、厳密な存在証明があるわけではありません。そのため、X線で“観る”ことにより、より確かな観測証拠を得ることが期待されていました。

 共同研究グループは、X線観測衛星「すざく」を用いて最も代表的なブラックホール連星「はくちょう座X−1」を観測しました。ブラックホール天体からのX線強度は激しく変動しており、その強度変動曲線はいくつものピーク(ショット)をもつことが知られています。このピーク時に、まさにガスが塊となってブラックホールに落ちこむと考えられているのです。山田研究員らは、感度に優れた硬X線検出器[6]を用い、ショットをいくつも重ね合わせてX線光子をたくさん集めるという独自の手法(「重ね合わせショット解析」)を適用することにより、初めてブラックホールにガスが落ち込む時のガスの温度変化を測定することに成功しました。その結果、ブラックホールにガスが落ち込む最後の100分の1秒という瞬間に、ガスが10億度以上まで急激に加熱されることを発見しました。中性子星など表面がある天体の場合、数千万度の天体表面からの強い放射が落ち込むガスを効率よく冷やすため、ガス温度が急激に10億度にまで加熱されることはありません。急激に10億度に加熱されたということは、中心に表面の無い天体、すなわちブラックホールがあることを意味します。今後、共同研究グループは、次期X線観測衛星「ASTRO−H」[7]と世界初の偏光衛星「GEMS」[8]の開発・研究に取り組み、ブラックホールの徹底解明を目指しています。本成果は、米国の科学雑誌『The Astrophysical Journal Letters』オンライン版(4月8日付け:日本時間4月9日)に掲載されます。


<背景>
 ブラックホールは、アインシュタイン一般相対性理論に基づき20世紀前半に理論的に予言され、強大な重力のために光さえその中から脱出できない天体と考えられています。20世紀後半のX線天文学の創始により、ブラックホールには、大質量星が死ぬときの大爆発で作られる太陽質量の10倍程度の軽いものと、銀河の中心に存在する太陽質量の約100万倍の重たいものがあることが分かってきました。前者は、ブラックホールと普通の恒星のペアからなるブラックホール連星として発見されていて、私たちの天の川銀河には20個ほど知られています。

 ブラックホール連星は、恒星からのガスが周囲をぐるぐる回り、そのガスが円盤を形成しています(図1)。ガスは回っているうちにブラックホールへと引き込まれて高温になりX線を放出します。今ではこのようなブラックホールの存在を疑うひとはほとんどいませんが、いまだにその存在は厳密には証明されていません。なぜなら、厳密な証明には、ブラックホールの極近傍でのガスの流れを、拡大して“観る”必要がありますが、そのような高い解像度をもつ望遠鏡が存在しないからです。しかし、X線を使えば、その色や明るさの変動から、近傍のガスの流れを“観る”ことが原理的には可能です。X線はブラックホール近傍で多量につくられるためさまざまな情報を運んでくれます。つまり、X線であれば、ブラックホール近傍を観測することが可能なのです。

 1994年、大阪大学大学院理学研究科の大学院生 根來 均(現在 日本大学理工学部物理学科 教授)は、「重ね合わせショット解析」と呼ばれる、ショットを重ね合わせてX線の色と明るさの時間変化を同時に、しかも精度よく調べる手法を考案し、これによりブラックホールにガスが落ち込む過程を初めてリアルタイムに解析できるようになりました。根來らは、この手法を用いて日本が開発したX線観測衛星「ぎんが」でブラックホール連星「はくちょう座X−1」のデータを解析しました。その結果、X線の色(波長)が短時間で急激に変化するという、ブラックホールに特有な現象を見いだしました(Negoro,H.,Miyamoto,S.,Kitamoto,S.,ApJ,1994)。また、1996年には京都大学の研究グループが、ガスがブラックホールに吸い込まれていく様子をシミュレーションし、根来らのデータを再現しました(Manmoto,T.et al.,ApJ,1996)。しかし、当時のX線検出器では、10億度を超えると予想される高温ガスの温度(約100キロ電子ボルトに相当)を測定することができず、ガスがブラックホールに落ち込む際にどのような挙動をするのか絞り込むことができませんでした。そのため、多くの研究者たちは、高感度でかつ広帯域をカバーできる宇宙X線観測衛星の実現を切望していました。


<研究手法と成果>
 2005年に日本が打ち上げたX線観測衛星「すざく」には、高エネルギーのX線も観測できるように硬X線検出器が搭載されました。ブラックホールのガスは10億度以上と超高温が予想されるため、「すざく」衛星に搭載された検出器の中で、最も高いエネルギーのX線をとらえられるこの硬X線検出器にあるGSOシンチレーターの存在が重要でした。「すざく」の硬X線検出器チームは、衛星の打ち上げ前、そして打ち上げ後も何年もかけて検出器の性能や応答を調べることで、世界最高レベルの感度で、ブラックホールの温度を測定できるようになりました(Kokubun,M.et al.PASJ 2007,、Yamada,S.et al.,PASJ 2011)。

 そこで、共同研究グループは、「すざく」を用いて「はくちょう座X−1」を観測し、「重ね合わせショット解析」によりデータ解析を行いました。いかに感度に優れているといっても、個々のショットの解析だけでは光子の数がたりず、十分な結果が出ないため、いくつものショットを重ね合わすことが必要となります。解析の結果、ピークの時に、すなわちガスがブラックホールに近づいて飲み込まれる際、重力エネルギーを放射のエネルギーに変えて明るく光り、ピークの後、急激に暗くなっていくことが分かりました。

 この明るさの変動は「ぎんが」衛星でも見えていました。今回、新たに分かったことは、ブラックホールにガスが落ち込む最後の100分の1秒で、ガスが急激に高温化することを発見したことです。計算によると、ガスは100分の1秒前にブラックホール表面から数百km離れたところにあったことが分かりました。ブラックホールの半径(ブラックホール中心から表面までの距離)は、ブラックホールの質量から約30kmと推定されていますので、ガスはブラックホールのごく近傍にあったことがわかります。この瞬間に、100キロ電子ボルト(温度10億度に対応)以上のエネルギーをもつX線が明るくなっていました(図2)。今回の発見は、ブラックホールの理論で予想されていたガスの温度上昇、X線の明るさの増加、その後のX線消失を強く支持する結果で、ブラックホールの存在の直接証明に一歩を刻んだ画期的な成果といえます。


<今後の期待>
 共同研究グループは、さらなるブラックホールの解明へ向けて、将来の衛星計画に参加しています。2015年には、「すざく」衛星の性能をはるかに上回る次期X線観測衛星「ASTRO−H」が打ち上げられる予定です。また、理研玉川高エネルギー宇宙物理研究室は、世界初の偏光衛星「GEMS」(2014年以降に予定)に核となるデバイスを提供し、GEMS衛星の実現に取り組んでいます。日本が関わるこれらの将来衛星は今まさに世界をリードしています。諸外国による衛星で同規模のものは2020年以前には打ち上げられる予定はありません。したがって、ブラックホールに関する研究の更なる成果も日本の衛星からもたらされることが期待できます。例えば、ガスの温度がどのように上昇するかについては、太陽に見られるフレア現象[9]、星の爆発時に見られる衝撃波、ブラックホールの自転速度、などと関係があると考えられていますが、これを解明するには、X線の偏光が切り札になります。ガスがブラックホールに消える瞬間の悲鳴ともいうべき高エネルギーX線放射は、散乱や反射によりわずかに偏光が生じ、そこから高温ガスの形状や密度などを知ることができます。つまり、ブラックホールの近傍のガスの流れを立体的に“観る”ことができるようになるのです。


<原論文情報>
 ・Shin"ya Yamada,H.Negoro,S.Torii,Hirofumi Noda,Shin Mineshige,and Kazuo Makishima“RAPID SPECTRAL CHANGES OF CYGNUS X−1 IN THE LOW/HARD STATE WITH SUZAKU”.The Astrophysical Journal Letter,2013


<発表者>

 独立行政法人理化学研究所
 仁科加速器研究センター http://www.riken.go.jp/research/labs/rnc/
 玉川高エネルギー宇宙物理研究室 http://www.riken.go.jp/research/labs/rnc/high_ener_astro/
 基礎科学特別研究員 山田 真也 やまだ しんや)

 国立大学法人京都大学
 大学院理学研究科物理学・宇宙物理学専攻宇宙物理学教室
 教授 嶺重 慎(みねしげ しん)

 学校法人日本大学
 理工学部物理学科
 教授 根來 均(ねごろ ひとし)

 国立大学法人東京大学
 理学系研究科 物理学専攻
 附属ビックバン宇宙国際研究センター
 教授 牧島 一夫(まきしま かずお)


<産業利用に関するお問い合わせ>
 独立行政法人理化学研究所 社会知創成事業 連携推進部
 お問い合わせフォーム
 https://krs.bz/riken/m/contact_renkei


 ※以下の資料は添付の関連資料を参照
  ・補足説明
  ・図1 「はくちょう座 X−1」ブラックホール連星の想像図
  ・図2 「すざく」によるショット解析によって得られた(a)X線の明るさ(相対値)、(b)X線の色の変化量(相対値)、(c)電子温度(キロ電子ボルト)と時間の関係

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