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東大とJST、立体細胞組織構築の材料となる細胞ファイバーを開発

2013-04-05

細胞の「ひも」が織りなす新しい医療
―立体細胞組織構築の材料となる細胞ファイバーを開発―



【ポイント】
 ◆どのような成果を出したのか
  様々な種類の細胞を直径約100マイクロメートル(0.1ミリメートル)、長さメートル級のファイバー状細胞組織に構築する方法を開発し、これを用いた細胞組織構築法と移植医療への応用可能性を示した。
 ◆新規性(何が新しいのか)
  「ひも」のように自在に操作が可能なファイバー状の細胞組織を実現したこと。これを利用して、血管、筋肉、神経などのファイバー状の組織の形成や、複雑な立体細胞組織構造体を構築する手法を確立したこと。細胞ファイバーを用いて、取り替え可能なカートリッジ型の移植片を概念実証したこと。
 ◆社会的意義/将来の展望
  血管・神経・筋肉などのファイバー状の組織作製のための有効な手法であり、様々な組織の人工的構築のための基盤技術として利用可能である。また、構築した細胞組織を用いた移植医療にも応用が期待される。


<具体的な成果>
 ・細胞機能を維持したまま「ひも」のように自由自在に操作が可能な直径約100マイクロメートル(0.1ミリメートル)、長さメートル級のファイバー形状の細胞組織を構築する方法を確立した。
 ・神経細胞、筋肉細胞、繊維芽細胞など、多種の細胞で作製可能であり、細胞機能も発現していることを示した。
 ・幹細胞にも適用可能であり、ファイバー形状の組織状態で分化誘導ができることを示した。
 ・複数種類のファイバーを織ったり巻いたりすることで、複雑な立体細胞組織構造体を構築した。
 ・膵島細胞ファイバーをひも状のまま糖尿病マウスに移植し、血糖値の正常化に成功した。


【概要】
 科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業ERATO「竹内バイオ融合プロジェクト」の竹内昌治リーダー(東京大学生産技術研究所准教授)と尾上弘晃(同助教、プロセス融合グループグループリーダー)らは、細胞とコラーゲンの混合溶液を微小な管に流しながら固めて培養することで、マイクロスケールのファイバー形状(ひも状)の細胞組織を人工的に構築する方法を開発しました。
 臓器や組織の置換を目指した再生医療研究では、人工的な3次元細胞組織を構築する技術の開発が求められています。これまでに、皮膚や軟骨、心筋、網膜など構造が比較的単純な細胞組織は人工的に作られ、一部は移植医療の現場で使われてきましたが、肝臓や膵臓のように多様な細胞が複雑な構造を形成している臓器を人工的に構築することは難しく、再生医療の実現に向けた究極的な目標の1つとなっています。このような臓器では、血管や神経を含む様々な種類の細胞が、数10〜数100マイクロメートルのオーダーで3次元的に微細配置されたセンチメートルサイズの構造を形成しており、体液の循環を利用して必要な生体分子の分泌やろ過などの複雑な機能を発揮しています。
 このような機能を果たす人工組織を構築するためには、細胞を生きた状態のまま数10〜数100マイクロメートルの精度で配置して、センチメートルサイズの大きさまで集積することが必要ですが、今の段階ではそのような技術は存在しないのが現状です。今回研究グループは、様々な種類の細胞を直径およそ100マイクロメートル、長さ数メートルのファイバー状の組織に成形する方法と、そのファイバー形状の細胞組織をあたかも「ひも」のように扱い、3次元的に織ったり巻いたり束ねたりして組み上げることで、細胞の機能を維持した状態でセンチメートルサイズの3次元的な細胞組織を構築する方法を開発しました。また実際に、膵島細胞のファイバーを糖尿病疾患モデルマウスに移植することで、マウスの血糖値を正常化させることに成功し、ファイバー状の細胞組織は体内でも機能を発揮し、実際の移植にも応用できる可能性を示しました。
 生体内には特に血管や神経、筋肉など繊維状の組織が多く含まれるので、今回の成果は様々な組織の構造を人工的に構築するための基盤技術として幅広い応用が期待できます。さらに、ES細胞(注1)やiPS細胞(注2)、MSC細胞(注3)などに代表される多分化能を持つ幹細胞も、ファイバー状にしてから移植することで生着率が高まることが期待でき、糖尿病や神経損傷などの治療をはじめとした医療応用に幅広い貢献ができると考えられます。
 本成果は、英国科学雑誌「NATUREMATERIALS」のオンライン版で2013年3月31日18時(英国時間)に公開されます。


【発表内容】
 一般的に、何かモノを作る材料の形状として、「ひも」は絡めて太くしたり、編んでシートにしたり、二つの別の部品を繋いだりと使い勝手が良く、ナノスケールの機能材料(カーボンナノチューブなど)から衣服、建築物など、幅広いサイズの日常的なモノづくりの材料として基本的な形状です。血管や神経、筋肉をはじめとする生体の組織は「ひも」の形状をしているものが多いため、本研究グループでは、「ひも」を使ったモノづくりという考え方を組織工学に応用して、細胞組織構造体を構築するための部品(基本ユニット)としてファイバー形状の細胞組織「細胞ファイバー」の開発に取り組んできました。
 本研究では、ファイバーの中心部(コア)をチューブ状の外殻部(シェル)が覆っている「コアシェル型」という構造を持つファイバーをマイクロ流体デバイス(注4)を利用して作製しました(図1)。中心部であるコアには、細胞外基質(注5)(Extracellular matrix:ECM)の成分であるコラーゲンやフィブリンに、細胞を高密度で混ぜたものを使用しました。外殻部であるシェルにはアルギン酸カルシウムゲル(注6)という、機械的な強度が高いためファイバー形状を維持しやすく、細胞の養分や老廃物を通過することができる材料を用いました。このようなコアシェル型のファイバーは培養液中で培養すると、中心部(コア)で細胞が増殖し、ファイバー形状の細胞組織(細胞ファイバー)が形成されます。この細胞ファイバーの形成後、アルギン酸カルシウムゲルのみを溶かして取り去ることで、細胞とECMのみで構成されたファイバー状の細胞組織が得られます。
 このような細胞ファイバーの作製法は非常に汎用性が高く、神経細胞や筋肉細胞、繊維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞を含む、様々な種類の初代培養細胞や細胞株で、細胞ファイバーの作製に成功しました(図2)。また作製した細胞ファイバーは、各細胞の本来の機能を保持していることが、様々な面から確認されました。例えば、神経細胞で作製した細胞ファイバーは、ファイバー内で神経ネットワーク様の構造が構築され、神経シグナルがファイバー内を伝達することが確認されました。血管の内皮細胞で作製した細胞ファイバーは、細胞が血管様のチューブ構造を作ることが分かりました。筋肉の細胞で作製した細胞ファイバーは収縮運動をし、細胞ファイバー構造全体を動かしました。また、幹細胞で作製した細胞ファイバーは、分化を誘導する化学物質によってファイバー形状のまま分化誘導が可能でした。
 さらに、細胞ファイバーは、生体の中に移植しても機能を発揮することも確認されました(図3)。ラットの膵臓から分離した膵島細胞で細胞ファイバーを作製し、これを糖尿病疾患モデルマウスの腎臓にカテーテルを用いて移植しましたところ、移植した膵島細胞のファイバーからインスリンが分泌され、糖尿病のため高血糖であったマウスの血糖値が、正常値範囲に回復しました(図4)。一方、同じ細胞数の膵島細胞を懸濁液のままマウスに移植しても血糖値を正常化できないことが確認され、細胞ファイバーの形状で移植することで膵島細胞がより効果的に機能していることが示唆されています。今回の実験では糖尿病をモデルとして細胞ファイバーの生体内での機能を実証しましたが、それ以外の病気や怪我の治療などにも今後応用が期待できます。
 このような細胞機能を保持した細胞ファイバーは、培養液の中でまるで日常扱う「ひも」と同様の感覚で、織ったり巻き取ったり束ねたりすることで、数センチ大の3次元組織を作ることができます。研究グループでは、細胞ファイバーを織る「織機」を試作し、細胞ファイバーで布のような構造を持つ3次元組織を構築しました(図5)。また、糸巻きのように細胞ファイバーを巻き取り、らせん状に細胞が配置された筒様の3次元組織も作製することができました。3次元の細胞組織を「ファイバー(ひも)を利用した物作り」というユニークな発想で作成した例はなく、将来的には血管や神経のネットワークが張り巡らされた人工組織の構築に利用可能な基盤技術となることが期待できます。


【従来法との比較と今後の展開】
 細胞でできたユニットを用いて3次元組織を人工的に作製する手法としては、温度応答性ポリマーを用いた細胞シートや、細胞の塊であるスフェロイドなどを用いる手法が一般的です。本研究の手法は、シートやスフェロイドなどと異なり、筋肉や神経などのファイバー(ひも)状の組織を構築するのに有効なアプローチであると考えられます。組織の機能を発現するひも状の細胞組織を、メートルスケールで作製でき、それらを「ひも」として自在に扱う技術は世界で初めてであり、従来の組織構築法と組み合わせることにより、より複雑で機能的な3次元組織を構築できると期待できます。

 今後は、血管網などをこの技術によって作製し、それを用いて生体外で長期培養可能な3次元の人工組織の構築技術の確立を目指します。また移植医療への応用を目指して、iPS細胞から分化誘導された細胞を用いて3次元組織構築し、治療に役立てるための研究を展開していくことを考えています。


 ※以下の資料は添付の関連資料「参考資料」を参照
  ・図1:(A)ファイバー形状の細胞組織(細胞ファイバー)構築の概念図。
  ・図2:組織の形態と機能を発現する細胞ファイバーの例。
  ・図3:膵島細胞ファイバーの移植。
  ・図4:膵島細胞ファイバーの移植による糖尿病マウスの血糖値の推移。
  ・図5:細胞ファイバーによる3次元細胞組織の構築。
  ・発表雑誌
  ・用語解説

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