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東大、福島原発事故後の避難による高齢者死亡リスクの分析結果を発表

2013-04-01

福島原発事故後の避難による高齢者死亡リスクの分析



1.発表者
 渋谷 健司(東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 国際保健政策学分野 教授)
  上  昌広(東京大学医科学研究所
           先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門 特任教授)
 野村 周平(東京大学大学院医学系研究科 修士課程2年生)


2.発表のポイント:
◆どのような成果を出したのか
 福島第一原子力発電所の事故後の避難による高齢者の死亡リスクの推定と、避難プロセスにおける死亡率上昇要因を分析した。

◆新規性(何が新しいのか)
 避難回数・距離・数値化しづらいケアの状況等を考慮した、施設ごとの死亡リスクが初めて分析された。事故直後の避難は必ずしも最善の選択ではなく、避難が必要と判断された場合は、その身体的負担の軽減と特に食事介護を中心とした避難先のケアの充実が欠かせないことが示唆された。

◆社会的意義/将来の展望
 今後、災害時の高齢者の避難方針を立てる際の、重要な指針になり得る。


3.発表概要
 東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学分野の渋谷健司教授、野村周平大学院生らは、東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門の上昌広特任教授ら、南相馬市立総合病院と共同で、福島第一原子力発電所の23km圏に位置する福島県南相馬市内5つの老人介護施設の協力のもと、事故後の避難による高齢者の死亡リスクの推定と、避難プロセスにおける死亡率上昇要因の分析を試みた。
 研究グループは、5つの老人介護施設について、避難を経験していない震災前過去5年間と避難期間を含む約1年間の高齢者死亡率の比較を、数理モデルを用いた回帰分析と各施設長および介護士らへのインタビューという二つの手法を用いて実施した。避難回数・距離・数値化しづらいケアの状況等を考慮した、施設ごとの死亡リスクが議論されたのは今回が初めてである。
 結果として、避難後の死亡率は避難前に比べて、全体で2.7倍に増加したことがわかった。ただし、避難後の死亡率の変化には、施設によってばらつきがある。避難プロセスや施設のケア状況に関する分析により、長距離の移動による身体的負担以上に避難前の栄養管理や避難先の施設のケア・食事介護への配慮が重要であること、初回の避難による死亡リスクは二回目以降の避難よりも高いことなどが示唆された。
 今回の成果により、事故直後の避難は必ずしも最善の選択ではなかった可能性が見えてきた。高齢者の避難は生死に関わる問題であり、今後の災害時には避難のリスクについても検討する必要があることが強く示唆された。


4.発表内容
<研究背景>
 福島第一原子力発電所の事故後、長距離の移動を含む避難が実施された数ヶ月間にわたって高齢者死亡率が大きく上昇したという報告(Yasumuraら、2012)がある一方で、その死亡リスク要因となる避難プロセスの詳細な分析は今まで行われていない。東京大学大学院医学系研究科国際保健政策学分野の渋谷健司教授、野村周平大学院生らは、東京大学医科学研究所先端医療社会コミュニケーションシステム社会連携研究部門の上昌広特任教授ら、南相馬市立総合病院と共同で、原発23km圏に位置する福島県南相馬市内5つの老人介護施設の協力のもと、避難を経験していない震災前過去5年間と避難期間を含む約1年間について高齢者死亡率を比較した。本研究は、避難回数・距離を考慮し、施設ごとの死亡リスクを議論した初めての後ろ向きコホート分析(注1)である(全715名)。さらに、各施設長および介護士らにインタビューを行い、避難までの経緯や移動中の様子もまとめた。

<研究目的>
1)各介護施設の避難後と避難前過去5年間の死亡率を比較することで、避難による死亡リスクを推定すること。
2)避難による死亡率上昇にはどういう要因(避難距離、避難回数など)が関連しているかを分析すること。

<研究方法>
 本研究は、福島県南相馬市の5つの老人介護施設における震災発生直後から過去5年間分の全715名のデータを利用した後ろ向きコホート研究である。Cox比例ハザードモデル(注2)を用いた重回帰分析(注3)により、入所者の属性、入所期間(単位:人年)、避難距離、避難回数を調整し、各々の死亡リスクを算出した。避難距離は、施設間の公道の距離から算出した。

<結果>
 5施設の震災時の介護施設入所者328名は事故後1、2週間で200〜300km以上離れた神奈川県や新潟県に避難し、その後複数の避難を重ねた。震災後約1年で75名の方が亡くなり、全体として、避難後の死亡率は避難前に比べて2.7倍(95% 信頼区間:2.0−3.5)に増加した。
 しかし、死亡率の増加には、介護施設間でばらつきが見られた。避難後死亡率が平年時の3−4倍に上昇した施設がある一方で、同じ避難経路をたどった場合でも震災前に比べ死亡率の増加が見られなかった施設もあった。避難距離と死亡リスクの間に関係は見られないが、初回の避難による死亡リスクはその後の避難よりも高く、死亡率は約2倍であった。また長距離の移動による身体的負担以上に、避難前の栄養管理や避難先の施設のケア・食事介護への配慮が重要であることが示唆された。

<考察>
・事故直後の避難は、介護施設に居住する高齢者にとって最善の選択ではなかった可能性がある。ただし、放射線災害の場合、物資の供給が途絶えることや、放射線への恐怖など、避難を余儀なくされる場合は十分に考えられる。
・避難の経緯は、死亡率に大きく影響することが示唆された。
・高齢者の被害を最小限に食い止めるには、避難によるリスクと避難しない場合のリスクを検討する必要がある。「とにかく避難」というよりは、まずは住み慣れた環境に留まることを優先し状況を見極め、避難が必要と判断した場合は、その身体的負担の軽減と、特に食事介護を中心とした避難先のケアの充実が欠かせないことが示唆された。
・高齢者の避難は生死に関わる問題で、本災害から得られた教訓を今後の災害時に生かす必要がある。


6.発表雑誌
 発表誌:PLOS ONE(3月27日オンライン版)
 論文題目:Mortality risk amongst nursing home residents evacuated after the Fukushima nuclear accident: a retrospective cohort study
 著 者:野村周平,ギルモー・スチュアート,坪倉正治,米岡大輔,杉本亜美奈,及川友好,上昌広,渋谷健司


<用語解説>
(注1)後ろ向きコホート分析
 すでに曝露(本研究においては「避難」)が起こった後で、事後的に(後ろ向きに)集団を追跡調査するもの。

(注2)Cox比例ハザードモデル
 イベント(本研究においては「死亡」)発生までの時間を考慮した重回帰分析(注3)に用いられるモデルの一つ。

(注3)重回帰分析
 本研究においては死亡率に影響しうる様々な要因を調整し、個々の要因の死亡率に対する影響を見る分析手法。

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