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JSTと大阪大学、脳の免疫細胞が運動の神経細胞を保護することを発見

2013-03-28

脳の免疫細胞が運動の神経細胞を保護することを発見
−ALSなど運動機能障害性の脳神経疾患への新たな治療法に光−


【ポイント】
 >脳と脊髄からなる中枢神経系の神経細胞を維持する仕組みは分かっていなかった。
 >脳のミクログリアが運動の神経細胞の保護に関わっていることを発見。
 >運動機能に重篤な障害を引き起こすALSなどの脳神経疾患の新たな治療法の開発に期待。


 JST課題達成型基礎研究の一環として、大阪大学 大学院医学系研究科の山下 俊英 教授、上野 将紀 元助教(現 シンシナティ小児病院 研究員)、藤田 幸 特任助教らは、脳を修復する免疫細胞とみられていたミクログリア(注1)が、運動機能をつかさどる神経細胞の保護にも関わっていることを発見しました。

 ミクログリアは、病気などで障害を受けた脳組織を修復する免疫細胞と考えられていますが、発達段階の脳においての役割は不明のままでした。

 本研究グループは、今回、脳の発達期におけるミクログリアの機能を解明するために、阻害薬や遺伝子改変マウスを用いてミクログリアの機能を抑制し、脳内を観察しました。その結果、運動機能をつかさどる神経細胞に選択的に細胞死が誘導されることを発見しました。これにより、ミクログリアが特定の神経細胞を保護する機能を持っていることが初めて示されました。また、ミクログリアが放出するインスリンに似たIGF1(注2)という成長因子がその保護機能に関与していることも明らかになりました。

 本研究から、ほ乳類における発達期の神経回路・細胞が維持される新たなメカニズムが明らかになりました。このミクログリアによる神経回路の保護作用を誘導することで、運動機能が障害を受ける筋萎縮性側索硬化症(ALS)などの脳神経疾患に対する新たな治療法の開発につながることが期待されます。

 本研究成果は、2013年3月24日(英国時間)に英国科学誌「Nature Neuroscience」のオンライン速報版で公開されます。


 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
  研究領域 :「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」
          (研究総括:小澤 瀞司 高崎健康福祉大学 健康福祉学部 教授)
 研究課題名 :「中枢神経障害後の神経回路再編成と機能回復のメカニズムの解明」
 研究代表者 :山下 俊英(大阪大学 大学院医学系研究科 教授)
 研究期間  :平成22年10月〜平成28年3月

 JSTはこの領域で、脳神経回路の発生・発達・再生の分子・細胞メカニズムを解明し、さらに個々の脳領域で多様な構成要素により組み立てられた神経回路がどのように動作してそれぞれに特有な機能を発現するのか、それらの局所神経回路の活動の統合により、脳が極めて全体性の高いシステムをどのようにして実現するのかを追求します。またこれらの研究を基盤として、脳神経回路の形成過程と動作を制御する技術の創出を目指します。

 上記研究課題では、脳の障害後に代償性神経回路が形成される分子メカニズムを解明するとともに、神経回路の再編成を促進することによって、失われた神経機能の回復を図る分子標的治療法の開発を行います。


<研究の背景と経緯>
 発達期の脳では、神経細胞による活発な神経回路の構築が行われています。このダイナミックに変化する神経回路および神経細胞の生存を維持する仕組みが、神経回路の周囲の環境に存在すると以前から考えられてきました。実際に末梢神経系では、神経細胞の標的となる器官より放出される神経栄養因子により、神経回路・神経細胞の維持が行われていることが知られていますが、中枢神経系において、このような仕組みが本当に存在するのか、またその場合どのような細胞や周囲の環境がこれに寄与するのかについては不明のままでした。

 一方で、脳内の免疫細胞とされるミクログリアは、病気などの脳の中で、組織の炎症・修復・除去といった機能に特化する細胞と考えられてきました。しかし近年の研究から、正常な脳あるいは発達期の脳においても、ミクログリアは形態を変化させ、シナプスや死細胞の除去といった脳環境の維持に不可欠な事象に積極的に関わっていることが示されてきています。特に、ヒトやげっ歯類の発達期の脳では、活性化したミクログリアが脳の軸索(注3)が集まる白質(注4)に集中している、という特徴的な所見が報告されていますが、これら細胞がどのような役割を持っているのかは、全く不明のままでした。


<研究の内容>
 本研究グループは、脳発達期のミクログリアの役割を調べる目的で、ミクログリアの脳内での分布を調べることから始めました。マウスにおいて、ミクログリアは生後1週間の間に、脳内の神経軸索が通過する部位に集まり、形態的な特徴から活性化していることが分かりました(図1)。この特徴的な分布は、生後2週目以降から成体にかけて認められなくなりました。これらの観察から、ミクログリアが神経軸索に対して、何らかの生理的な役割を持っているのではないかと推察しました。

 この役割を解明するために、まずミクログリアの活性化を抑制する薬剤ミノサイクリンを新生児マウスに投与し、脳内に起こる変化を観察しました。すると、大脳皮質(注5)の第5層に存在する神経細胞に特異的に細胞死を引き起こすことを発見しました。

 大脳皮質の第5層には、脊髄へと軸索を伸ばし運動機能をつかさどる皮質脊髄路(注6)神経細胞や反対側の大脳皮質へと軸索を伸ばす神経細胞が存在します。ミクログリアの分布を詳細に観察すると、これら神経細胞の軸索の周囲に活性化したミクログリアが集まっていることが分かりました。

 これらの結果から、脳発達の特定の時期に、ミクログリアが軸索と密接に関わりながら、大脳皮質第5層神経細胞を保護していると考えられました。このミクログリアの役割を検証するため、ミクログリアのみを除去したり活性化状態を変化させたりすることができる遺伝子改変マウスを用いて観察を続けました。その結果、これらマウスにおいてもミクログリアの機能を阻害すると、大脳皮質第5層の神経細胞に細胞死が誘導されることが分かりました(図2)。

 次に本研究グループは、ミクログリアにより神経細胞を保護するメカニズムを解明することを目指しました。ミクログリアから放出される因子を網羅的に調べた結果、IGF1がミクログリアに多く発現していることが分かりました(図3)。培養細胞やマウスを用いてミクログリアから放出されるIGF1を阻害したところ、神経細胞に細胞死が誘導されました。このことから、ミクログリアから放出されるIGF1が神経細胞の保護に関与していることが明らかになりました。また、ミノサイクリンを投与されたマウスやミクログリアのみの活性化状態を変化させたマウスでは、IGF1シグナルを抑制するIGFBPの発現が増加して、神経細胞死を誘導することが分かりました。


<今後の展開>
 今回の研究により、脳内の免疫細胞と考えられていたミクログリアの新たな機能が明らかになりました。この発見により、発達期に神経細胞が維持されるメカニズムが明らかになりました。特に大脳皮質第5層に存在する皮質脊髄路神経細胞は、脊髄損傷、脳血管障害筋萎縮性側索硬化症といった脳の病気やけがで傷害を受け、その結果、運動機能に重篤な障害がもたらされることが知られています。ミクログリアによってこれら神経細胞を保護する効果を誘導することができれば、新たな治療法の開発につながると期待されます。


 *参考図、用語解説は添付の関連資料を参照

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