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東大、海洋酸性化により造礁サンゴからソフトコーラルへ群集シフトを起こす可能性を発表

2013-03-28

ハードからソフトへサンゴの主役交代!?
−酸性化で消えるサンゴ−



発表者
 井上 志保里(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 博士課程学生)
 茅根 創(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 教授)
 山本 将史(東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻 博士課程学生)
 栗原 晴子(琉球大学亜熱帯島嶼科学超越研究推進機構 特命助教)


<発表のポイント>
■どのような成果を出したのか
 サンゴ礁において、二酸化炭素濃度上昇に伴う海洋酸性化が、造礁サンゴからソフトコーラルへ群集シフトを起こす可能性を、火山による酸性化が起こっている硫黄鳥島における調査と飼育実験とから明らかにした。

■新規性
 海洋酸性化により、サンゴから海藻に群集がシフトすることが推測されてきたが、実際のフィールドにおける実例はほとんどなかった。本研究では、硫黄鳥島のCO2ガスが噴出し酸性化した海域では、サンゴがソフトコーラルに、さらにどちらも住まない岩盤にシフトすることを、飼育実験とあわせて評価し,将来の海洋酸性化について新しい群集シフト例を示した。

■社会的意義/将来の展望
 硫黄鳥島は生態系スケールで将来の海洋酸性化を模擬していると考えられ、今回の結果から、酸性化がサンゴ礁生態系の崩壊をもたらす危機が示唆される。


<発表概要>
 東京大学大学院理学系研究科の井上らは沖縄県硫黄鳥島において、CO2ガスが噴出し海域の酸性化が起こっている海域に限っては、炭酸カルシウムの頑丈な骨格を持つ造礁サンゴに代わって、軟体部の中に小さな骨片しか持たないソフトコーラルが密生していることを発見した。同発見は2009年にプレスリリースされ、いくつかのメディアにとりあげられた。

 その後フィールドにおいてCO2濃度や水温、流れなどの計測を行い、さらに琉球大学において硫黄鳥島と同じCO2条件下でソフトコーラルとサンゴの飼育実験を行った。その結果、現在の300−400μatm(ppm)のCO2ではサンゴが優占するが、800−1000μatmではソフトコーラルが優占し、1500μatmを越えるとどちらの生育も抑制されることが明らかになった。この結果は、海洋酸性化が進んだ将来のサンゴ礁において、造礁サンゴからソフトコーラルへ、さらにどちらも生育できない海域に群集シフトが起こる可能性があることを示唆している。

 海洋酸性化の研究は水槽実験による個体レベルでの研究が多い中、硫黄鳥島のように他の気体が含まれない純粋なCO2ガスが噴出し酸性化が起こっている海域は、酸性化の影響を野外環境の中において生態系スケールで見ることが出来る貴重なフィールドであり、特にサンゴ礁においては、硫黄鳥島のほかパプアニューギニアで報告されているのみである。

 今回の結果から、これまで海洋酸性化によってサンゴ礁は海藻が優占する状態になると提言されてきたのに対し、ソフトコーラル群集へシフトする可能性が新たに示された。

 造礁サンゴはその複雑な骨格から多くの生物の棲息場となり、骨格を積み上げてサンゴ礁をつくり自然の防波堤となる。しかし、酸性化が進むとサンゴ礁のこうした機能が喪われてしまうだろう。


<発表内容>
 産業活動によるCO2の増加は地球規模の環境問題である海洋酸性化を引き起こす。これにより海水中の炭酸カルシウムの飽和度が下がり、石灰化が抑制されることで、サンゴや石灰藻、有孔虫など石灰質の骨格や殻を作る海洋生物に悪影響を与えることが分かっている。これまで、サンゴ礁において、海洋酸性化によって造礁サンゴから非石灰質の海藻が優占する状態へ生態系がシフトするという説が提言されてきた。しかし、海の生物の多様性にも関わらず、海藻以外の他の生物についてはあまり目が向けられていなかった。海洋酸性化についての研究は水槽実験が主であるが、水槽実験では、実際の野外と物理環境のギャップがあることや、生活史や捕食関係などをみることが出来ないため、生態系レベルでの影響をみることは難しい。そのため、野外でCO2ガスが噴出する海域は酸性化が生態系に与える影響を模擬した重要な知見を与える。

 今回、硫黄鳥島という、実際に野外で火山活動によってpCO2が上昇し酸性化した海域での調査と、ソフトコーラルの飼育実験で代謝をみることで、造礁サンゴからソフトコーラルへ群集がシフトするという新しい群集シフトの可能性を示した。硫黄鳥島でCO2ガスが噴出する範囲は、200mほどの幅のサンゴ礁で、沖側にはサンゴ礁の高まりの礁嶺が発達しているため、干潮時にはこの礁嶺が水面から出て外洋水の流れを絶たれ、海域が閉鎖的になる。このとき酸性化した海水がこのサンゴ礁内にたまるので、干満のサイクルに合わせて規則的に酸性化が起こる。このことから、干潮時、pCO2が最も高くなる時間帯にに注目すると、pCO2分布に対応して生物相が変化することが分かった。pCO2が最も高い範囲(1,465μatm)では造礁サンゴもソフトコーラルも棲息せず、中程度の範囲(831μatm)ではソフトコーラルが50%ほどの高い被度で密生群集をなしていた。また、火山ガスによる酸性化が起こっていない範囲(225μatm)ではソフトコーラルが棲息せず、造礁サンゴのみが棲息していた。数cmの幅の炭酸カルシウムの骨格の上に軟体部が乗っている構造を持つ造礁サンゴに対し、ソフトコーラルは軟体部の中に数十?mの小さな骨片を持つため、外の海水と、石灰化部との海水のやりとりが少ない。骨片が軟体部に保護されているのである。また、造礁サンゴの骨格はアラゴナイトで出来ているが、ソフトコーラルの骨片は、同じ炭酸カルシウムでも、含Mgカルサイト(Mg<12%)でアラゴナイトよりも溶けにくい結晶構造を持つ。つまり、ソフトコーラルは造礁サンゴよりも海洋酸性化に対して耐性を持つ構造を持っていて、CO2への耐性が硫黄鳥島の造礁サンゴとソフトコーラルの分布を規定している可能性がある。実際に耐性を確かめるために行った飼育実験では、硫黄鳥島のソフトコーラル琉球大学の瀬底実験所に持ち帰り、現在のpCO2、100年後(1,000μatm)、200年後(2,000?atm)の3条件で飼育し、呼吸・光合成、石灰化・溶解量を測定した。その結果、ソフトコーラルはpCO2上昇によって光合成が促進されるというメリットを持つことが分かった。また、造礁サンゴではpCO2上昇により石灰化が減少されることが多く報告されているが、ソフトコーラルは、昼は光合成によって石灰化が促進されることで、昼の石灰化は特に影響を受けないことが分かった。これらの結果は、硫黄鳥島の酸性化した範囲(831μatm)で密生していたことと整合的である。しかし、夜、光合成を行わない時はソフトコーラルもpCO2の上昇に合わせ骨片が溶解する量が増えることが分かった。このことから、あるpCO2のレベルを超えると、昼の石灰化量を夜の溶解量が上回り、ソフトコーラルにも悪影響が出ることが分かる。このことが、pCO2が最も高い範囲(1,465μatm)で造礁サンゴもソフトコーラルも棲息しないことの原因である可能性が高い。

 今回の成果から、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第4次評価報告書において今世紀末に予測されるpCO2レベル(550−970μatm)では造礁サンゴに代わり、ソフトコーラルが優占することが示された。造礁サンゴは、その複雑な骨格が多くの生物の棲息場となっていたり、骨格を積み上げることで礁をなし自然の防波堤を担ったりなど、重要な役割を持つ。これが骨格を持たないソフトコーラル群集に置き換わった時、サンゴ礁の生態系は大きくくずれ、サンゴ礁の形成もとまり人間生活への影響も出てくるといえよう。また、硫黄鳥島は海洋酸性化問題について重要な知見を与えるフィールドであることが分かった。今後も、長期の観測や現場実験を行うなど、更なる調査を進める予定である。


 図1:硫黄鳥島の位置と、島の造礁サンゴ群集と、酸性化海域(赤枠)に広がるソフトコーラル群集

 ※添付の関連資料を参照


<発表雑誌>
 雑誌名:「Nature Climate Change」(オンライン版の場合:3月24日)
 論文タイトル:Spatial community shift from hard to soft corals in volcanically acidified water
          (火山活動により酸性化した海域における造礁サンゴからソフトコーラル群集へのシフト)
 著者:井上志保里・茅根創・山本将史(東京大・理),栗原晴子(琉球大・理)
 DOI番号:10.1038/NCLIMATE1855


 ・図2:造礁サンゴとソフトコーラルの身体の構造の違い
 ・図3:飼育実験の様子

 ※添付の関連資料を参照

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