イマコト

最新の記事から注目のキーワードをピックアップ!

Article Detail

東大など、アフリカ睡眠病治療薬の候補化合物と標的タンパク質との複合体構造を解明

2013-03-09

アフリカ睡眠病治療薬の候補化合物と標的タンパク質との複合体構造の解明


1.発表者:

 北 潔(東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 生物医化学分野 教授)
 原田 繁春(京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 応用生物学部門 構造生物工学研究室 教授)


2.発表のポイント:

 ◆成果:アフリカトリパノソーマが引き起こすアフリカ睡眠病の治療薬候補化合物と、その標的タンパク質(シアン耐性酸化酵素、TAO)との複合体構造を明らかにしました。
 ◆新規性:TAOは、アフリカ睡眠病治療薬の標的として格好のタンパク質ですが、立体構造は全く分かっていませんでした。この研究では、TAOに治療薬候補化合物が結合した構造を初めて明らかにしました。
 ◆社会的意義/将来の展望:感染したヤギやマウスを完全に治癒できるこの化合物をリード化合物に、今回得られたタンパク質立体構造情報に基づいて、さらに優れた治療薬の設計が加速され、科学先進国である日本の基礎研究の成果を開発途上国の発展に結実させることができます。


3.発表概要:

 アフリカ睡眠病は、中枢神経系を侵され最後は昏睡状態になって死に至る致死性の感染症です。しかし、「顧みられない熱帯病」(注1)と呼ばれているように先進諸国の関心が薄く、アフリカの貧困層を中心に蔓延しています。ツェツェバエが媒介する寄生性原虫アフリカトリパノソーマの感染によって起こり、年間約30,000人もの人々が死亡していると報告されていますが、正確な数字は把握されていません。現在使われている治療薬は、強い毒性や副作用があるので、より安全で治療効果の高い薬の開発が求められています。
 アフリカトリパノソーマがヒトなどの哺乳類血液内で生息している時、アフリカトリパノソーマの生存に必要なエネルギーを産み出すためにシアン耐性酸化酵素(TAO)が重要な役割を担っています。TAOは哺乳類にないタンパク質なので格好の薬剤標的になり、その働きを阻害する化合物を開発すれば睡眠病治療薬へつながります。
 1995年、東京大学大学院医学系研究科 国際保健学専攻 生物医化学分野の北潔教授らは、日本で糸状菌から発見された抗生物質、アスコフラノン(注2)がTAOを強く阻害することを見出しました。アスコフラノンをリード化合物にしてドラッグデザインすればもっと優れた睡眠病治療薬に導くことができるはずです。しかし、ドラッグデザインに不可欠なTAOの立体構造が全く不明でした。そこで京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科 応用生物学部門 構造生物工学研究室の原田繁春教授と共同研究を開始しました。
 今回、同研究グループは、TAOやTAOにアスコフラノン誘導体が結合した構造を日本が誇るSPring−8やPFの放射光施設を用いたX線解析で決定し、両者の間に働いている相互作用を明らかにしました。その結果、さらに優れた睡眠病治療薬のドラッグデザインを加速できるようになりました。本研究の内容は、米国科学誌「米国科学アカデミー紀要;Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)」3月4日オンライン版に掲載されました。


4.発表内容:

【研究の背景】
 アフリカ睡眠病は、トリパノソーマ科の寄生性原虫Trypanosoma brucei(アフリカトリパノソーマ)の感染によって発症し、毎年3〜5万人の患者が新たに発生している感染症です。アフリカトリパノソーマは、ツェツェバエによって媒介され、感染初期は宿主の血流中で増殖します。慢性期になると中枢神経系が侵されて、最終的には昏睡状態に陥って死に至ることから「アフリカ睡眠病」あるいは「眠り病」と呼ばれています。アフリカトリパノソーマは家畜にも感染し、ナガナ病と呼ばれる感染症を引き起こします。その結果、人々のタンパク源として重要なウシが年間数十万頭も死に至り、大きな経済的被害を与えています。このように、アフリカトリパノソーマはアフリカ諸国の人々、特に貧困に苦しむ人々の健康だけでなく経済発展の大きな妨げになっています。しかし、マラリアとは対照的に、アフリカ睡眠病は「顧みられない熱帯病」と呼ばれ、先進諸国は治療薬の開発に積極的ではありませんでした。そのため、毒性や重い副作用のある治療薬が今も使われているのが現状で、より安全でかつ効果の高い治療薬の開発が急務になっています。
 アフリカトリパノソーマは、ツェツェバエの中にいる時と宿主哺乳類の血液中にいる時とでは、全く異なった代謝経路でエネルギーを産み出しています。哺乳類血液中では、ミトコンドリア(注3)中に存在するシアン耐性酸化酵素(Trypanosome Alternative Oxidase、TAO)がエネルギー代謝の末端酸化酵素として働き、アミノ酸配列の解析から酵素反応に関わる触媒部位に2核鉄が結合している膜表在型のタンパク質であると予想されていました。また、宿主哺乳類の血液中にいるアフリカトリパノソーマの生存に不可欠で、しかも哺乳類には存在しないTAOは、アフリカ睡眠病治療薬を開発する上で格好の標的になると考えられてきました。実際、研究グループは糸状菌から単離したプレニルフェノール化合物であるアスコフラノンがTAOの酵素活性を非常に強力に阻害し、アフリカトリパノソーマに感染させたマウスやヤギを完全に治癒させることを報告しています。しかし、TAOの立体構造が分からない状況ではアスコフラノンの阻害機構を解明し、タンパク質の立体構造情報に基づく治療薬の設計は不可能でした。

【研究内容】
 本研究では、大腸菌で大量発現したTAOを高純度に精製して結晶化し、X線結晶構造解析によって膜表在型の2核鉄タンパク質として初めての立体構造を明らかにしました。TAOは、逆平行に並んだ6本の長いヘリックスからできており、そのうちの4本が束ねられてできた構造の中に酵素反応の中心的役割を担う2核鉄が独特の配位様式で結合していました(図1)。また、二量体の形成やそれが膜に結合している様式も明らかにできました(図2)。
 さらに、アスコフラノン誘導体との複合体構造も決定し、その阻害機構を詳細に明らかにしました。アスコフラノン誘導体は、二核鉄の近くにある疎水性ポケットに結合して、TAOのアミノ酸残基と水素結合やファン・デル・ワールス相互作用を形成してTAOに結合していました(図3)。

【社会的意義】
 わが国では戦後、公衆衛生の発達によってほとんどの寄生虫感染症は制圧されました。しかし、世界に目を向けると多くの発展途上国、特に熱帯地域の国々では様々な寄生虫感染症に苦しんでいます。本研究で着目したアフリカ睡眠病や中南米のシャーガス病は、トリパノソーマ類によって引き起こされる感染症で、「顧みられない熱帯病」としてようやくWHOなどがその制圧に力を入れはじめました。
 研究グループは、日本で発見された抗生物質アスコフラノンやその誘導体化合物がTAOに対する強力な阻害剤であり、ヤギやマウスを使った動物実験で治癒効果のあることを既に確かめています。本研究で明らかにしたTAOやTAOにアスコフラノン誘導体が結合した複合体構造は、アフリカの流行地でも使いやすい、優れた睡眠病治療薬のドラッグデザインを加速させ、科学先進国である日本の基礎研究の成果を開発途上国の発展に結実させることができます。


5.発表雑誌:

 雑誌名:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS)(3月4日オンライン版)
 論文タイトル:Structure of the trypanosome cyanide−insensitive alternative oxidase
 著者:
  Tomoo Shiba, Yasutoshi Kido, Kimitoshi Sakamoto, Daniel Ken Inaoka, Chiaki Tsuge, Ryoko Tatsumi, Gen Takahashi, Emmanuel Oluwadare Balogun, Takeshi Nara, Takashi Aoki, Teruki Honma, Akiko Tanaka, Masayuki Inoue, Shigeru Matsuoka, Hiroyuki Saimoto, Anthony L. Moore, Shigeharu Harada, Kiyoshi Kita


※用語解説・添付資料など参考資料は、添付の関連資料を参照

Related Contents

関連書籍

  • 死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    詩歩2013-07-31

    Amazon Kindle版
  • 星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    前田 徳彦2014-09-02

    Amazon Kindle版
  • ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    大久保 明2014-08-12

    Amazon Kindle版
  • BLUE MOMENT

    BLUE MOMENT

    吉村 和敏2007-12-13

    Amazon Kindle版