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慶大、脳内で運動に関係した記憶が作られるメカニズムの一端を解明

2013-02-22

脳内で運動の記憶が作られるメカニズムの一端が明らかに
〜学習の起きやすさを決める「マスター鍵(キー)」の発見〜



 慶應義塾大学医学部生理学教室の柚崎通介(ゆざきみちすけ)(※)教授と幸田和久講師、掛川 渉講師らは、脳内で運動に関係した記憶(注1)が作られるメカニズムの一端を明らかにしました。

 ※教授名の正式表記は添付の関連資料を参照

 神経細胞シナプス(注2)と呼ばれるつなぎ目を介して互いに結合して神経回路を形成しています。シナプスこそが脳における「記憶の場」と考えられています(図1)。練習すればするほど楽器の演奏が上達するというような運動の学習は、特に小脳において行われ、小脳神経回路のシナプスに、その伝達効率の変化として、運動の記憶が蓄えられます。とりわけ、小脳の顆粒細胞とプルキンエ細胞と呼ばれる神経細胞の間のシナプスにおいて、シナプス伝達が長期にわたり低下(長期抑圧)することが、運動学習にとって重要であると考えられています(図2)。この長期抑圧の過程にはプルキンエ細胞表面に存在するデルタ2グルタミン酸受容体(以下、デルタ2受容体)(注3)が必須です。しかしデルタ2受容体がどのように機能しているのかは明らかではありませんでした。
 本研究は、今まで解明されていなかった、長期抑圧におけるデルタ2受容体の機能を初めて明らかにし、同受容体が、運動学習が起きるかどうかを決める「マスター鍵(キー)」であることを発見しました。本研究をさらに進めることにより、小脳のみならず、脳全般での記憶・学習のメカニズムや、統合失調症や自閉症などの精神疾患の病態の解明につながることが期待されます。
 本研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)によって得られ、2013年2月19日(米国東部時間)に「米国科学アカデミー紀要」のオンライン速報版で公開されます。


1.研究の背景
 脳に数百億個存在する神経細胞は、シナプス(注2)と呼ばれる、形態的にも機能的にも信号の伝達に特殊化した接合部を通じて信号を伝達し、神経回路網を形成しています(図1)。中枢神経系での興奮伝達の大半は、シナプスの前側から分泌されるグルタミン酸シナプスの後ろ側のAMPA型グルタミン酸受容体(AMPA受容体)(注4)に結合することによって行われています。記憶や学習が成立するためには、神経回路網の中の特定のシナプスの伝達効率の変化、つまり信号が伝わりやすくなったり、伝わりにくくなったりすることが起こると考えられています。そしてその分子的実体は、神経活動に依存してAMPA受容体の数が増減することであることが、近年明らかになってきました。
 練習すればするほど楽器の演奏が上達するというような運動学習は、特に小脳において行われ、小脳神経回路のシナプスに、その伝達効率の変化として、運動の記憶が蓄えられます。とりわけ、小脳の顆粒細胞とプルキンエ細胞の間に作られているシナプスの長期にわたる伝達効率の低下(長期抑圧)、即ち、AMPA受容体の数の減少が運動学習に重要な役割を果たしていると考えられてきました(図2)。長期抑圧の成立には、デルタ2グルタミン酸受容体(デルタ2受容体)(注3)の存在が必須であることが知られています。デルタ2受容体が欠損したマウスには、運動失調や運動学習の障害があり、長期抑圧が起こりません。しかしながら、デルタ2受容体が長期抑圧の誘導過程でどのように機能しているのかは、長らく不明のままでした。


2.研究の内容
 これまでに、本研究グループなどによって、長期抑圧が生じる際には、AMPA受容体の細胞内の部分にあるセリンというアミノ酸がリン酸化(注5)される必要があることが明らかになっていました。今回の研究によって、デルタ2受容体を欠損したマウスでは、このセリンのリン酸化が起こらないことが分かりました。その原因が、デルタ2受容体欠損マウスでは、セリンの近くに存在するチロシンというアミノ酸のリン酸化が亢進しているためであることも明らかにしました。デルタ2受容体はその細胞内部分で他の複数のタンパク質と結合していることが知られており、我々は既に、このタンパク質との結合が長期抑圧に必要であることを明らかにしていましたが、今回、その一つであるPTPMEGというチロシン脱リン酸化酵素(注6)とデルタ2受容体の結合が長期抑圧に必須であることを初めて明らかにしました。つまり、デルタ2受容体はPTPMEGと結合し、PTPMEGがAMPA受容体のチロシンのリン酸化を低下させることによって、長期抑圧の際にAMPA受容体のセリンのリン酸化を可能にすることになります。
 このことは、デルタ2受容体が、AMPA受容体のセリンのリン酸化によって運動学習を可能にするかどうかの「マスター鍵」として機能していることを示唆しています(図3)。


3.今後の展開
 デルタ2受容体は小脳プルキンエ細胞にのみ存在しています。デルタ2受容体と同じファミリーにはデルタ1受容体があり、小脳を含む様々な脳部位に存在しています。デルタ1受容体の主要部分のアミノ酸配列はデルタ2受容体に類似していることから、その機能はデルタ2受容体と類似していることが強く予想されます。したがって、今回の研究で得られた知見は小脳のみならず、脳全般での記憶・学習のメカニズムの解明に資するものと考えます。またデルタ1受容体やデルタ2受容体は、ヒトの遺伝子変異の解析から統合失調症や自閉症などの精神疾患に関連していることが示唆されており、今回の成果は、精神疾患の病態の解明にも寄与するものと期待されます。


4.特記すべき事項
 本研究成果はJST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究領域(研究総括:小澤 瀞司 高崎健康福祉大学 健康福祉学部教授)における研究課題「成熟脳におけるシナプス形成機構の解明と制御」(研究代表者:柚崎 通介)によって得られました。


5.論文について
 “The δ2 glutamate receptor gates long−term depression by coordinating interactions between
two AMPA receptor phosphorylation sites”
 (デルタ2グルタミン酸受容体はAMPA受容体の2つのリン酸化部位の間の相互作用を調整することで、長期抑圧の誘導をコントロールしている)
 著者名:幸田和久、掛川渉、松田信爾、山本雅、平野久、柚崎通介



*以下の資料は添付の関連資料「添付資料」を参照
 【参考図】
  図1 神経細胞シナプスによって結合し、神経回路を形成
  図2 長期抑圧
  図3 デルタ2受容体は長期抑圧のマスター鍵(キー)
 【用語解説】


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