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理化学研究所、X線自由電子レーザーのパルス幅を1京分の1秒以下に圧縮する手法を考案

2013-02-16

XFELのパルス幅を1京分の1秒以下に圧縮する手法を考案
−原子内の電子運動をリアルタイムかつ高精度に計測する技術開発を目指して−



◇ポイント◇
 ・既存技術を組み合わせた手法でパルス幅を約300倍圧縮可能
 ・パルス幅53アト秒、ピークパワー6.6テラワットのXFELを発振可能
 ・パルス幅0.3アト秒というX線レーザーの理論限界へ第一歩


 理化学研究所野依良治理事長)は、X線自由電子レーザー(※1)(XFEL)施設が発振するX線レーザーのパルス幅を圧縮する新たな手法を考案しました。この手法を理研のXFEL施設「SACLA(※2)」に適用してシミュレーションした結果、波長1.24オングストローム(Å:1Åは10の−10乗m=0.1nm)、パルス幅(※3)53アト秒(as:1asは10の−18乗秒=100京分の1秒)、ピークパワー(※4)6.6テラワット(TW:1TWは10の12乗W)という超短パルス・超高強度のX線レーザー発振が可能であることを確認しました。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)光源物理チームの田中隆次チームリーダーによる成果です。

 パルス圧縮とは、回折格子などの光学機器を利用して可視光や赤外線領域のレーザーのパルス幅を圧縮し、そのピークパワーを増強する手法です。理論的なパルス幅の限界は、波長に相当する距離だけ光が進むのに要する時間となり、波長が短くなるほどパルス幅も圧縮できるといえます。現在、赤外線領域(波長8,000Å)では、そのパルス幅は限界に近い数フェムト秒(fs:1fsは10の−15乗秒)まで圧縮されています。一方X線領域(波長数Å以下)では、パルス圧縮に応用可能な光学機器が存在しません。このため、現在稼働中のXFEL施設で発振しているX線レーザーは、赤外線レーザーよりも波長が4桁ほど短いにもかかわらず、パルス幅は赤外線レーザーと同等の数フェムト秒にとどまっています。

 研究チームは、XFELのパルス圧縮を実現するため、くし状の電流分布を持つ電子ビームで1個のレーザーパルスだけを効率的に増幅する手法を考案し、SACLAに適用した場合のレーザー性能についてシミュレーションしました。その結果、適用前の約300倍という高い圧縮率が実現可能であることを見いだしました。

 今回考案した手法を実用化して超短パルス・超高強度のX線レーザーを利用できるようになると、従来観測できた超高速運動よりもさらに速い、例えば、化学反応の過程で生ずる原子内の電子運動などをリアルタイムかつ高精度で計測することが可能になります。こうした現象の本質を理解できると、これまでとは全く異なるコンセプトの機能性材料や創薬への展開が期待できます。さらにこの手法は、理論限界である究極のX線レーザー、つまりX線の波長に相当するパルス幅(約0.3アト秒)を持つX線レーザー実現に向けた第一歩となります。

 本研究成果は、米国の科学雑誌『Physical Review Letters』オンライン版に近日中に掲載されます。


1.背景

 高速に変化する現象を光で観察する場合、光を照射する時間の短さとその明るさが重要です。特に、化学反応の過程で生ずる原子や分子の運動は、数10フェムト秒から数100フェムト秒という超短時間で起こるため、詳細な情報を得るには照射時間がそれ以下であることが求められます。さらに、この極端に短い時間内に観察したい対象物へ十分な明るさの光を届けるためには、非常に高いピークパワーも必要です。近年、可視光や赤外線領域では、回折格子などの光学機器を応用したパルス圧縮と呼ばれる技術が実用化されてきたため、フェムト秒程度の照射時間と非常に高いピークパワーを持った光(超短パルスレーザー)を利用し、さまざまな分野の超高速現象が解明されています。

 超短パルスレーザーにおけるパルス幅の理論的な限界値は、「その波長に相当する距離だけ光が進むのに要する時間」と同程度です。例えば、一般に利用される波長8,000Åの赤外線レーザーでは約2.7フェムト秒になります。この考え方に従うと、波長1Å程度のX線領域のレーザーで利用可能なパルス幅の限界値は、赤外線レーザーよりも4桁小さい約0.3アト秒(0.0003フェムト秒)と計算できます。しかし、現在稼働中のXFEL施設で発振しているX線レーザーのパルス幅は、赤外線レーザーのパルス幅と同程度の数フェムト秒にとどまっています。これは、X線領域ではパルス圧縮に応用可能な光学機器が存在しないためです。そこで、可視光や赤外線領域のパルス圧縮とは異なる新たな手法の開発が待ち望まれていました。


2.研究手法と成果

 研究チームは、レーザー発振後に光学機器を用いてパルス圧縮を行うのではなく、レーザー、光学、そして加速器の既存技術を組み合わせて、レーザー発振の過程でパルス圧縮する手法を考案し、SACLAに適用した場合をシミュレーションしました。

 まず、XFELでレーザー発振するときの媒体である高エネルギー電子ビームに、8,000Å程度の赤外線レーザーを照射し、電流ピークがくし状に分布した電子ビームを作り出します(図1a)。次にこの電子ビームを、通常のXFELと同様にアンジュレーター(※5)と呼ばれる特殊な磁場を発生する装置に入射すると、電流ピークに相当する位置だけでレーザー発振が起こり、X線パルスがくし状に分布したX線レーザーが生成されます(図1b)。こうして最初のアンジュレーターからは、くし状の電子ビームとX線レーザーが出てきますが、電子ビームについては、その進行方向を4個の磁石で曲げてシケインと呼ばれる軌道に誘導します。一方、磁石の影響を受けずに直進するX線レーザーは、複数のX線ミラーで大きく迂回させ、次のアンジュレーターに入射するタイミングを電子ビームよりもわずかに遅らせます(図2a)。この調整により、先頭に位置するX線レーザーパルス(ターゲットパルス:図1b)と、最後尾の電流ピーク(テイルピーク:図1a)とが一致し、テイルピークはターゲットパルスだけに作用してレーザー発振を増強します(図1c)。

 2つめのアンジュレーター内をある程度進むと、テイルピークはターゲットパルスを増幅する代償として自身のエネルギーの一様性を失い、それ以降増幅を継続できなくなります。そこで、次段のアンジュレーターに入射するときには、ターゲットパルスの位置をテイルピークの1つ前方(8,000Å前方)に位置する電流ピークと一致させることで、新しいテイルピークを得ます(図2b)。新しいテイルピークは、最初の増幅にほとんど利用されていないため、引き続きターゲットパルスを増幅することができます(図1d)。この過程を繰り返すと、ターゲットパルスは1つずつ前方に位置する電流ピークと一致するように移動していくため、パルス増幅を継続することが可能となります。

 この過程を、アンジュレーターを24個、X線ミラーを2カ所用いた場合でシミュレーションした結果、波長1.24ÅのX線レーザーが、パルス幅53アト秒、ピークパワー6.6テラワットで発振することを確認しました(図1e)。この手法を適用しない場合のシミュレーションでは、パルス幅が約20フェムト秒、ピークパワーが0.02テラワットであったことから、約300倍という高い効率でパルス圧縮が可能であることが分かりました。


3.今後の期待

 今回確認した数10アト秒という極めて短いパルス幅は、原子の周りを周回する電子の周回運動の典型的な周期よりも短いため、電子運動のリアルタイム計測を実現します。さらに、数テラワットというピークパワーは、従来のXFELより数100倍高く格段に明るいため、化学反応過程などの超高速現象を観測する精度を大幅に改善し、これらの現象の本質に迫ることが期待されます。今後、X線領域におけるパルス幅の理論限界値である0.3アト秒までパルス圧縮するためには、さらに2桁程度圧縮率を増強する必要があります。研究チームは、今回考案した手法をもとに研究を進め「究極のX線レーザー」の実現を目指します。


<原論文情報>
 Takashi Tanaka,"Proposal for a pulse−compression scheme in x−ray free−electron lasers to generate a multi−terawatt,attosecond x−ray pulse",Physical Review Letters,2013.


 *以下の資料は添付の関連資料「参考資料」を参照
 ・補足説明
 ・図1 今回考案したXFELパルス圧縮手法の原理説明図
 ・図2 ターゲットパルスを選択的に増幅するためのタイミング調整

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