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東大、変形性膝関節症の原因となる細胞外分子Notchを発見

2013-01-18

変形性膝関節症の原因となる細胞外分子Notchの発見


 変形性膝関節症は膝関節の軟骨が摩耗する病気で、高齢者の生活の質(QOL)を低下させ、健康寿命を短縮させる、いわゆるロコモティブシンドロームの代表的疾患です。しかしながらその根本的治療法は不明のままです。これまでに、変形性膝関節症の原因分子がいくつか報告されてきましたが、その殆どが細胞の中の分子(細胞内分子)で、治療物質が届きにくく治療の標的には難しい状態でした。
 今回、東京大学大学院医学系研究科 整形外科学 大学院生の保坂陽子、同研究科/医学部附属病院 整形外科・脊椎外科 准教授の川口浩らは細胞の表面に存在するNotch(用語解説 参照)という受容体タンパクが変形性膝関節症に大きく関与していることを、マウスの実験によって発見しました。細胞表面分子や細胞外分子は細胞内の分子に比べて治療の対象になりやすいという利点があります。実際に、Notchの阻害剤である低分子化合物DAPTを膝関節内に注射投与したところ、軟骨細胞に働いて変形性膝関節症を予防することを見出しました。

 本成果は、米国科学アカデミー紀要(Proc. Natl. Acad. Sci. USA:略称PNAS)電子版にて米国東部標準時間1月14日午後3時に発表されました。DAPTに代表されるNotchの阻害剤は、変形性膝関節症の根本的治療法の確立に繋がる可能性があります。


【発表者】

保坂 陽子
 (東京大学大学院医学系研究科 外科学専攻 感覚・運動機能医学講座 整形外科学 大学院生)

斎藤 琢
 (東京大学医学部附属病院 ティッシュ・エンジニアリング部 骨・軟骨再生医療講座 特任准教授)

川口 浩
 (東京大学大学院医学系研究科/医学部附属病院 整形外科・脊椎外科 准教授)


【研究の背景】
 高齢者の生活の質(QOL)を低下させ健康寿命を短縮させる運動器疾患、いわゆるロコモティブシンドロームの治療法は、最近になって長足の進歩を遂げ、患者に多くの恩恵をもたらしています。たとえば、骨粗鬆症に対するビスフォスフォネート製剤や副甲状腺ホルモン製剤、関節リウマチに対する生物製剤による抗サイトカイン療法の開発などがその代表です。
 変形性膝関節症(osteoarthritis; OA)は膝の関節軟骨が摩耗する病気で、関節痛や変形を引き起こします。ロコモティブシンドロームの代表的疾患で、骨粗鬆症や関節リウマチよりも多くの高齢者が罹患しており、国内の有病者数は2400万人と推計されています(東京大学ROAD スタディ調べ、2009年6月現在)。しかしながら、その治療法は対症療法のみで根本的治療法は存在しないのが現状です。
 これまでに分子生物学的研究やヒトゲノム研究によって変形性膝関節症の原因分子がいくつか発見されてきたにも関わらず、変形性膝関節症の根本的治療の開発が進まない理由として、発見された原因分子の殆どが細胞の中の分子(細胞内分子)であったことがあげられます。細胞内分子は治療物質がその分子に届いて作用するまでの手法(ドラッグデリバリー)の確立が困難で、治療の標的にはなりにくいという欠点があります。また、抗体やタンパクなどの高分子の治療物質は血管を通って運ばれるため、血管の存在しない関節軟骨の細胞に到達しにくいことも根本的治療の開発が進まない理由のひとつです。これらの欠点を克服するために我々は現在までに、低分子化合物が標的とできる細胞外分子の同定に挑戦してきました。


【研究成果の概要】
 体の中で骨が出来る現象は、骨格の発生や成長に必須です。体内の骨の殆どは、いったん軟骨ができた後、これが石灰化して骨に置き換わるという過程で作られます。骨の成長も、骨の中にある成長板という軟骨が変性・破壊されて骨に置き換わり続けることで起こります。これを「軟骨内骨化」といいます。軟骨内骨化は、本来は永久に軟骨のままであるはずの成人の関節軟骨では起こらない現象ですが、整形外科・脊椎外科 准教授 川口浩のグループは、これまでに変形性膝関節症の発症に関節軟骨における「病的な軟骨内骨化」が関与していることを報告してきました(Nature Med 16:678,2010; Nature Med 12:665,2006)。本来は永久に軟骨であるはずの関節軟骨が「病的な軟骨内骨化」を起こしてしまうのが変形性関節症の発症のきっかけであるという考え方です。
 今回、川口研究室の大学院生 保坂陽子、特任准教授 斎藤琢らは、マウスの実験系を用いて、この「病的な軟骨内骨化」過程の中心的役割を果たす分子として、関節軟骨の細胞の表面にあるNotchという受容体タンパクとそのシグナル分子であるRbpjkを同定しました(米国科学アカデミー紀要電子版 米国東部標準時間1月14日午後3時発表)。関節軟骨への力学的負荷の蓄積や加齢の結果、関節軟骨表面のNotchタンパクが細胞の中に移動してRbpjkを活性化させて、軟骨において軟骨内骨化が促されることを示しました。
 また、低分子化合物DAPTというNotchの阻害剤を膝関節内に注射投与すると、膝関節軟骨細胞にまで作用して変形性膝関節症の進行を予防することを見出しました。このことは、低分子化合物が血管の存在ない軟骨組織に浸潤して軟骨細胞に働きうることを証明した知見と言えます。


【今後の展望】
 健康な組織が従来の形質を保てずに別の形質を獲得してしまう、いわゆる変性疾患はロコモティブシンドロームのみならず多くの老化関連疾患に見られ、高齢化社会の進行によって重大な社会問題となっています。中には上記の軟骨内骨化のように、本来は生理的に必要な現象がその病因となってしまう場合があります。これは自然の摂理を越えた人類の高齢化によって、本来は起こりえない環境からのストレスに対応するための生体の防御作用とも考えられます。変形性膝関節症の発症におけるNotchの活性化もそのひとつと考えられます。
 さらに、今回の結果で得られた、低分子化合物の関節内投与が膝関節軟骨細胞に働いて変形性膝関節症の進行を予防するという事実は、変形性膝関節症の治療の概念を大きく進歩させるものと言えます。
 しかしながら、Notchのように全身的に発現して様々な機能を司っているシグナルの全身的な抑制は、病気の根本的な治療が生理的に必要な機能をも抑制してしまう可能性があります。この問題を解決するためには、生理的には殆ど作用しない、あるいは生理的に作用するが他の分子の機能で代償可能である、病気の発生にとってのみ重要な役割を果たす分子を見つける必要があり、今後の課題と言えます。


【用語解説】

Notch(ノッチ):
 脊椎動物の多くによく保存され、ほぼ全身に発現している細胞表面の受容体タンパクで、現在4種類が知られている。隣接する細胞のリガンド(抗原)との接触を介して様々な細胞の分化過程に関係する。Notchにリガンドが結合すると細胞表面のNotchタンパクは細胞内に遊離して細胞核内のRbpjkと結合することで、標的遺伝子の転写活性が行なわれる。


【発表雑誌】

 雑誌名:米国科学アカデミー紀要(Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America:略称PNAS)電子版
 掲載日時:日本時間2013年1月15日午前5時(米国東部標準時間1月14日午後3時) 掲載
 論文タイトル:Notch signaling in chondrocytes modulates endochondral ossification and osteoarthritis development


【参考URL】
 米国科学アカデミー紀要 ホームページ http://www.pnas.org/


※図1〜3は、添付の関連資料「添付資料」を参照

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