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理化学研究所、組織形成における細胞分裂の新しい役割を発見

2013-01-17

組織形成における細胞分裂の新しい役割の発見
−球形化する細胞が組織形成の引き金をひく−



◇ポイント◇
  ・組織の潜り込み運動(陥入)の様子を高精度なライブセルイメージングで観察
  ・3つの性質の異なるメカニズムが補完的かつ協調的に作用し、安定した組織形成を実現
  ・細胞分裂が形態形成に関わる新たな知見により、巧妙な発生の仕組み解明に新たな一歩


 理化学研究所(野依良治理事長)は、ショウジョウバエの気管形成過程をライブセルイメージング(※1)で詳細に観察することで、気管原基(気管のもとになる上皮細胞(※2)シート)の細胞が細胞分裂時に球状になることが、組織の構造的な不安定化を引き起こし、シート状の気管原基から管構造へとダイナミックに形態を変化させることを発見しました。これは、発生・再生科学総合研究センター(竹市雅俊センター長)形態形成シグナル研究グループの近藤武史基礎科学特別研究員と林茂生グループディレクターの成果です。

 1つの受精卵から私たちの複雑な体ができ上がる発生は、細胞が多様化し、機能的な組織が構築される巧妙なプロセスです。発生において、細胞はまず上皮細胞となってシート状の組織を作り、続いて内側への潜り込み運動(陥入(※3))が起きます。この陥入をきっかけに2次元だった組織が3次元の複雑な形態へと変化し、器官や組織を作り出します。陥入は、全ての高等動物の発生に共通する、器官や組織形成のために不可欠なイベントです。しかし、陥入の詳しいメカニズムについては不明でした。

 ショウジョウバエの胚発生では上皮細胞シートの一部を占める気管原基が中央部分から陥入して管構造を作り、気管を形成します。そこで林グループディレクターらは、上皮細胞の動きと陥入の仕組みを詳しく調べるために、ライブセルイメージングで正常胚や変異体胚の気管形成過程を観察、解析しました。すると、円柱状である上皮細胞が細胞分裂期に一時的に球形に形を変えることが、ひしめき合って安定していた上皮細胞のバランスを崩壊させ、一気に陥入を加速させる要因であることが分かりました。また、気管形成というイベントは、球形化だけが原動力ではなく、分化、増殖に関わるFGFシグナル(※4)、EGFシグナル(※5)も関与していることが分かりました。つまり、生物は、補完的かつ協調的に作用する複数のメカニズムを備え持つことで安定した形態形成を実現していることが明らかになりました。特に分裂期進入に伴う細胞の球形化が形態形成を積極的に推進するという知見は、発生において細胞分裂が果たす新しい役割の発見といえます。

 本研究成果は、英国の科学雑誌『Nature』オンライン版(1月13日付け:日本時間1月14日)に掲載されます。


1.背景
 1つの受精卵から私たちの複雑な体ができ上がる発生は、多様化した細胞が形態形成運動を通じて組織を構築する巧妙なプロセスです。受精卵に由来する細胞は、さまざまな細胞に分化するとともに、シート,層構造,管などの組織を構築することで機能的な臓器を形成します。この過程では円柱状の形をした上皮細胞が重要な役割を果たします。

 上皮細胞は、敷石のように規則的にぴったりと接着し、シート状の組織(上皮細胞シート)を構築します。適切な時期がくると、個々の細胞の動きは統合されて上皮細胞シート全体の運動となり、平面上で変形し、折り紙のように折り畳まれ、その後体内でくびれたり、切れたり、細胞がばらばらになったりといったさまざまな過程を経て、それぞれの臓器や組織特有のかたちへと変化していきます。上皮細胞は、分裂期に入るとその形態を球形へと変化させ(分裂期球形化)、分裂後には元の円柱状に戻ります。通常、上皮細胞は円柱状の細胞が規則正しく並んでいるので、分裂時に球形化した細胞は組織の構造を不安定にする「異質な」存在です。そのため、組織構造のバランスを崩さないように、発生過程では細胞分裂の場所とタイミングは厳密に制御されていることが知られています。過去の研究から、細胞分裂が予定外のタイミングで起きると、上皮細胞シートの運動が阻害され、上皮組織の形態変化に異常をきたすという知見も報告されていました。しかし、このような知見の蓄積にも関わらず、発生の中心的存在である上皮細胞シートの運動の詳細なメカニズムについては、まだ不明な点が数多く残っています。

 林グループディレクターらは、上皮細胞シートが運動する仕組みを解明するために、モデル生物であるショウジョウバエを用いて、上皮細胞シートから管状の気管が形成される過程を追跡しました。ショウジョウバエは、遺伝子操作が容易で、多くの発生学的な知見が蓄積されているすぐれた研究モデルです。ショウジョウバエの気管形成では、受精後5時間頃になると各体節の上皮細胞シートの両側面に気管原基領域が決定され、その中心部から陥入が起こり、体内へと組織が入り込んで管構造を作ります。(図1)。

 林グループディレクターらは、この気管原基のダイナミックな形態変化の詳細を調べることで、上皮細胞シートが組織を作り出す仕組みの解明に挑みました。


2.研究手法と成果
 林グループディレクターらは、ショウジョウバエの胚において上皮細胞シートが体内に陥入する様子を高精度のライブセルイメージングで観察しました。すると、陥入はまず気管原基の中心にゆっくりとへこみを作ることから始まり、そこを起点(陥入点)として一気に加速する、という二段階で進むことが分かりました。また、上皮細胞シートがゆっくりとへこんでいく間は上皮細胞の細胞分裂は停止していますが、予定陥入点で細胞が分裂期に進入し、球形化が開始すると同時に陥入が加速し、組織が一気に体内に落ち込むことが分かりました(図2)。この観察結果は、細胞分裂の位置とタイミングが上皮細胞シートの陥入に密接に関連することを示唆しています。先行研究では、細胞分裂の起きない条件下でも陥入が起きることから、細胞分裂は陥入には必要ないと考えられていました。林グループディレクターらは、この定説を検証するために、陥入の時期に細胞分裂期に進入できない(細胞分裂不全)変異体を用いて、陥入の様子をライブセルイメージングで観察して、定量的に解析しました。すると、陥入は起こるものの、陥入が加速するタイミングに遅れが観察されました。このことから、細胞分裂が陥入の加速に関与することが明らかになり、細胞分裂は陥入を阻害せず、むしろ積極的に貢献するという定説を覆す結果を得ました。一方で、この変異体でも最終的には管構造は正常に形成されており、細胞分裂以外にも陥入のタイミングを調節するメカニズムの存在が示唆されました。

 正常な発生過程において、上皮細胞シートが陥入した後、FGFシグナルが働いて陥入した管が枝状に細かく分岐し、最終的に気管を形成します。林グループディレクターらは、この気管の分岐に関わるFGFシグナルに着目しました。FGFシグナルが働かない変異体の気管形成の過程を観察したところ、上皮細胞シートの陥入自体は正常に起きました。しかし、細胞分裂不全の変異と組み合わせた変異体を作成し、同じく気管形成の過程を観察すると、陥入が大幅に遅れる上に、管構造も正常に形成されないことを発見しました(図3)。つまり、正常な発生では、細胞分裂が陥入加速の引き金となりますが、細胞分裂が異常のときには代わりにFGFシグナルが陥入のタイミングを調節するために働き、正常に気管を形成させるバックアップ的存在であることを見いだしました。

 また、細胞分裂による陥入加速の引き金となる要因を探るため、細胞の分裂そのものを阻害する薬剤(微小管阻害剤)を添加することで、上皮細胞が球形化するだけで分裂は起きないような環境を作り、気管形成の過程を観察しました。すると、正常に上皮細胞シートの陥入は起こり、適切なタイミングで陥入の加速も起こりました。この結果から、陥入加速には細胞分裂自体ではなく、分裂に先立つ細胞の球形化が重要だと分かりました。さらに、分裂期球形化がどのように陥入の加速に関わるのか調べるために、細胞分裂が起きる直前(緩やかな陥入期(図4))の上皮細胞シートの予定陥入点にレーザー照射し、細胞の内部構造を破壊して細胞内の張力を一過的に解除しました。すると通常のタイミングに先立って、人為的な陥入の加速が誘導されました。このことから、上皮細胞シートの陥入は、予定陥入点の細胞が自ら陥入への力を生み出しているのではなく、周りの細胞から物理的に押された結果生じるのだと考えられました。

 また、林グループディレクターらが行った過去の研究の結果から、陥入を促進するEGFシグナルが中心への圧力を生み出すのに関与すると予想しました。そこでEGFシグナルが働かない変異体での陥入時の様子を解析すると、正常胚では陥入開始後の最初の細胞分裂で加速が起こりますが、変異体では気管原基における初めの数細胞の細胞分裂では加速が誘導されないことが分かりました。(変異体ではこれに続く細胞分裂により陥入が起こります。)これらのことから、陥入に先立ってEGFシグナルの作用から上皮細胞シートの予定陥入点に向かってひずみが蓄積しており、分裂期球形化によって生じる構造的な不安定化がひずみ力を解放させ、急速な組織変形を促すと結論付けました(図4)。

 さらに、EGFシグナル、FGFシグナル、細胞分裂を欠失させた変異体では、陥入がほとんど起こらなくなるものの、3つのメカニズムのうち1つでも働けば、陥入構造が少なくとも部分的には形成されることが分かりました(図5)。

 以上の結果から、分裂期球形化がもたらす上皮細胞シートの構造的不安定化は、上皮細胞シートの陥入を促進させる重要なメカニズムであることが分かりました。さらに、EGFシグナルと分裂期球形化によるそれぞれの働きが協調的に作用することで、気管形成が正常に進むためのタイミングのとれた安定で効率的な陥入運動が保証されること、FGFシグナルは通常は陥入に必要ではないがバックアップ機構として働くことも分かりました。


3.今後の期待
 今回、二重、三重に組み合わせた変異体の定量的な解析によって、3つの性質の異なるメカニズムが一部の機能を重複させながら、補完的かつ協調的に作用して、安定した形態形成を実現していることが明らかになりました。発生過程の限られた時間の中で、複雑な構造の体を確実に作り出す仕組みを解き明かす新たな手掛かりとなり得ます。また、これまで形態形成運動とは関係しないと考えられていた細胞分裂、特に細胞球形化が、上皮細胞シートの変形を促進して新しい器官を生み出すという、形態形成運動に積極的な働きをしていることを示しました。これは細胞分裂が果たす新しい役割と言えます。この新しい知見は、生物の発生・再生の根本的な仕組みを理解する上で大いに役立つと期待できます。


 *以下の資料は添付の関連資料を参照
 ・補足説明
 ・図1 上皮細胞シートの陥入
 ・図2 分裂期球形化による陥入の加速
 ・図3 FGFシグナル変異と細胞分裂不全胚で観察される陥入の遅延
 ・図4 上皮細胞シートの模式図
 ・図5 3つの異なるメカニズムによる陥入の制御

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