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東大、メスマウスを誘うオスの尿臭として新規不飽和脂肪族アルコールを発見

2013-01-17

メスマウスを誘うオスの尿臭として新規不飽和脂肪族アルコールの発見



発表者
 吉川 敬一(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 特任研究員)
 中川 弘瑛(東京大学大学院新領域創成科学研究科 先端生命科学専攻 修士課程(当時))
 森 直紀(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 助教)
 渡邉 秀典(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)
 東原 和成(東京大学大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授)


<発表のポイント>
 ◆どのような成果を出したのか
  雄マウスの尿から発せられて、雌を惹きつける新規物質として、(Z)−5−tetradecen−1−olという不飽和脂肪族アルコールを発見しました。

 ◆新規性(何が新しいのか)
  この物質は、マウスの鼻腔内に存在する嗅覚受容体が自然条件下で感知する匂い物質として同定されましたが、哺乳類で初めて見つかった物質です。

 ◆社会的意義/将来の展望
  (Z)−5−tetradecen−1−olは脂肪酸の二次代謝産物の構造をもち、マウスだけでなく、ヒト同士の嗅覚コミュニケーションにも本物質やそれに類似する物質が用いられているのかどうかは今後の興味深い課題です。


<発表概要>
 私たちの鼻で匂いを感知している匂いセンサーは、嗅覚受容体と呼ばれるタンパク質です。これまで、嗅覚受容体が実際に自然界でどのような情報物質を認識しているのかは良く分かっていませんでした。今回、東京大学大学院農学生命科学研究科の東原和成教授らのグループは、自然条件下でマウスが嗅覚受容体で感知している匂い物質として、(Z)−5−tetradecen−1−ol(Z5−14:OH)という不飽和脂肪族アルコールを発見しました。さらに、この物質は雄マウスの尿から発せられて、雌を惹きつける効果をもつことが明らかになりました。Z5−14:OHはその化学構造から脂肪酸の代謝産物であると考えられます。我々ヒトの体臭も様々な脂肪酸代謝産物から構成されています。ヒト同士の嗅覚コミュニケーションにも、Z5−14:OHやそれに類似する物質が用いられているのかどうかは今後の興味深い課題です。


<発表内容>

 ※図は添付の関連資料を参照

 私たちの鼻で匂いを感知している匂いセンサーは、嗅覚受容体と呼ばれるタンパク質です。嗅覚受容体は1991年にBuckとAxelによって一千種類にものぼる遺伝子群として発見され、90年代の終わりに実際に匂い物質(注1)と結合できることが証明されました。その後、それぞれの嗅覚受容体がどのような匂い物質を認識できるのかを調べるために、「合成香料レパートリー」の中からリガンド探索が行われてきました。その一方で、嗅覚受容体が実際に自然界でどのような情報物質を認識しているのかは良く分かっていませんでした。自然界で動物は、嗅覚を使って、えさや天敵、交配相手などの存在に関する情報を得ます。この過程において嗅覚受容体は重要な役割を担っているはずです。今回、マウスが他のマウスと出会ったときに嗅覚受容体で感じている新規の情報物質を同定しました。

 マウスの個体から発せられる匂い物質の産生源として、尿、涙、唾液などの体液を作る7つの外分泌腺(注2)に着目しました。それぞれの外分泌腺に含まれる物質を抽出し、嗅覚受容体のひとつであるOlfr288(Olfactory receptor 288)を強制発現させたアフリカツメガエル卵母細胞(注3)に投与したところ、尿を作る外分泌腺である包皮腺の抽出物が電気応答を引き起こしました。この応答活性を指標に包皮腺から活性物質を精製し構造解析を行った結果、Olfr288のリガンドとして、哺乳類で新規の物質である(Z)−5−tetradecen−1−ol(Z5−14:OH)が同定されました。さらに解析を行った結果、Z5−14:OHは性ホルモンの制御を受けて雄マウスでのみ包皮腺から尿に分泌されることが分かりました。したがって、Z5−14:OHは雄という性の情報をもつ物質であると考えられました。実際に行動実験を行うと、雌マウスはZ5−14:OHを含む雄マウスの尿に嗜好性を示すことが明らかになりました。以上のことから、自然界で雌マウスがOlfr288を使って感じている情報物質、すなわちナチュラルリガンドの一つは、雄の尿から発せられるZ5−14:OHであるとわかりました。

 本成果が導き出されるためのキーポイントとなったことは、多様な物質の複合物である生体試料から嗅覚受容体のリガンドを探索できる実験方法を確立したことです。その方法を用いて同定した天然のリガンド物質が、どのような生理的意味をもつかを明確にしました。今後、同じアプローチによって、嗅覚受容体だけでなく他の多くの化学感覚受容体(注4)についても、ナチュラルリガンドと対応づけることによって、自然条件下での役割が分かってくると期待されます。Z5−14:OHはその化学構造から脂肪酸の代謝産物であると考えられます。我々ヒトの体臭も様々な脂肪酸代謝産物から構成されています。ヒト同士の嗅覚コミュニケーションにも、Z5−14:OHやそれに類似する物質が用いられているのかどうかは今後の興味深い課題です。

 本研究は、科学研究費補助金(基盤(S)、特定領域研究)およびアステラス病態代謝研究会研究助成金のサポートを受けておこなわれました。そして、応用生命化学専攻の生物化学研究室と有機化学研究室の専攻内共同研究の成果です。


<発表雑誌>
 雑誌名
   「Nature Chemical Biology」(掲載日:2013年1月13日)
 論文タイトル
   An unsaturated aliphatic alcohol as a natural ligand for a mouse odorant receptor
 著者
   Keiichi Yoshikawa,Hiroaki Nakagawa,Naoki Mori,Hidenori Watanabe and Kazushige Touhara
 DOI番号
   10.1038/nchembio.1164
 アブストラクト
   http://www.nature.com/nchembio/journal/vaop/ncurrent/abs/nchembio.1164.html


<用語解説>
 注1 匂い物質
  地上で生活する動物にとっての匂い物質とは、揮発性をもつ有機化合物である。一般的には分子量が300以下の低分子有機化合物である。

 注2 外分泌腺
  物質の外分泌を専門的に行う細胞が集まって腺を形成したもの。物質を体表もしくは体腔(消化管など)に分泌する。今回着目した外分泌腺は、物質を体表に分泌しているものである。

 注3 アフリカツメガエル卵母細胞
  細胞内に注入されたmRNAからタンパク質を合成する能力に優れており、特にGタンパク質共役型受容体やイオンチャネルなどの膜タンパク質を発現させての機能解析によく用いられる。

 注4 化学感覚受容体
  感覚を制御する受容体の中で、波長など物理的な信号ではなく化学物質を認識するもの。匂い物質、フェロモン物質、味物質などを認識する受容体が挙げられる。


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