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理化学研究所、抗がん剤による細胞の形の変化から薬剤の作用を予測する手法を開発

2012-12-29

がん細胞の「かたち」で簡単に抗がん剤の作用を予測
−抗がん剤創薬に向けた新しいアプローチ−



◇ポイント◇
 ・細胞形態の変化パターンをデータベース化した「モルフォベース」を構築
 ・さまざまな薬剤の作用をモルフォベースで分類、形態変化と薬理作用を関連付け
 ・モルフォベースを活用し新規有用物質の標的分子や既知薬剤の副作用を予測

 抗がん剤の作用予測手法開発とテルペンドールE生合成メカニズム解明
 http://www.youtube.com/watch?v=yyGXCi5WSfc&feature=player_embedded


 理化学研究所(野依良治理事長)は、さまざまな抗がん剤をがん細胞に添加することで起きる細胞形態の変化パターンをデータベース化した「モルフォベース」を構築しました。さらに、モルフォベースの特徴や情報を基に新規抗がん剤の作用を予測する手法「モルフォベースプロファイリング」を開発しました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)長田抗生物質研究室の長田裕之主任研究員、化学情報・化合物創製チーム 二村友史特別研究員、化合物ライブラリー評価研究チーム 川谷誠専任研究員らの研究グループによる成果です。

 優れた観察者は細胞の「かたち(形態)」を見ただけで、細胞内の変化について多くの情報を得ることができると言われています。実際、細胞の形態変化を指標に発見されたラクタシスチン(※1)は再発性多発性骨髄腫の治療薬開発の足がかりになりました。これは、形態観察という原始的な方法が未だ有益な創薬手法のひとつであることを物語っています。しかし、形態という定性的な現象を頼りにした活性評価法は煩雑で時間がかかり、また観察者の主観に全面的に依存してしまう危険性もはらんでいます。そのため、細胞の形態変化を定量化し客観的に判断、解析できる技術が求められていました。

 研究グループは、薬剤を細胞に添加して出現する重要な形態変化の判断基準を作るため、60種類の既存抗がん剤を研究用がん細胞の一種であるsrcts−NRK細胞(※2)(*)に用いて変化する形態を観察しました。その結果、添加した抗がん剤によって多種多様な形態変化を示すこと、また同じ標的分子をもつ薬剤は似た形態変化を誘導することが分かりました。同時にイメージングサイトメーター(※3)を使って客観的に細胞形態変化を評価し、薬剤作用と細胞形態に関する複数の情報を定量的に関係付けた形態変化データベース「モルフォベース」を構築しました。さらに、モルフォベースを活用することで、誰もが特徴的な形態変化から簡単に薬剤の作用メカニズムを予測できる手法「モルフォベースプロファイリング」を開発しました。

 *「srcts−NRK細胞」の正式表記は添付の関連資料を参照

 このような細胞形態変化データベースを基にした作用解析手法は、化合物を作用メカニズム別に分類し、新規有用物質の標的分子を迅速に同定、また副作用も予測できることから、抗がん剤創薬を一層加速するものと期待できます。

 本研究成果は、米国の科学雑誌『Chemistry&Biology』オンライン版(12月20日付け:日本時間12月21日)に掲載されます。


<背景>
 がんの原因分子だけを狙い撃ちにする分子標的薬を開発するには、抗がん剤の候補化合物がどのようながんに対して有効で、なぜ効果を示すのか、また副作用はないか、といった作用メカニズムを開発早期から知る必要があります。近年発展したポストゲノム生命科学研究では、遺伝子やタンパク質の網羅的な変動解析(オミックス(※4))を基盤に薬剤の作用メカニズムを探る研究が盛んに行われています。2010年に研究グループも、データベースとの照合により薬剤の生体内標的分子を予測する手法「プロテオームプロファイリング法(※5)」を開発しました(2010年5月28日プレスリリース)。その一方で、特殊な実験技法を必要とせず、より簡便に薬剤の作用メカニズムを知る方法についても模索していました。

 研究グループは、研究用がん細胞の一種であるsrcts−NRK細胞を用いた実験を行っていたときに特徴的な形態変化を誘導する薬剤を偶然見いだしました。また、この細胞の形態は添加した薬剤の作用に応じて規則的に変化していることにも気づきました。これをきっかけに、顕微鏡で観察される形態変化から簡単に薬理作用を予測することを目指して、作用メカニズムが明らかな薬剤を網羅的に評価し、形態変化と作用メカニズムとを対応づけた細胞形態変化データベースの構築を試みました。


<研究手法と成果>
 研究グループはまず、作用メカニズムがよく分かっている60種類の抗がん剤を添加したときのsrcts−NRK細胞の形態を顕微鏡で観察し、形態変化パターンによる分類を行いました。その結果、アクチンや微小管などの細胞骨格に作用する抗がん剤は作用ごとに特徴的な形態変化を誘導しており、これを容易に判別することができました。また、細胞骨格とは関連のない高分子合成阻害剤や熱ショックタンパク質90(HSP90)、プロテアソームを阻害する抗がん剤なども、それぞれ独特な形態変化を誘導していたため、目視でその作用を推測することができました(図1)。

 こうした顕微鏡での形態観察は非常に多くの情報を与えてくれる一方で、観察者の技量に左右されがちな欠点もあります。そこで研究グループは、誰もが同じように解析できるようにするため、細胞形態をイメージングサイトメーターで定量化することを目指しました。また、薬剤の種類数や作用予測の精度を上げるために、srcts−NRK細胞と同様に特徴的な形態変化を示すヒト由来培養細胞のHeLa細胞(※6)の形態変化データも加えました。

 まずイメージングアルゴリズムの開発を行い、コンピューター上で微細かつ複雑な細胞形態を認識できるようにしました。次に、薬剤が誘導するさまざまな形態変化を特徴づけるため、細胞質や核、薬剤添加の影響で生じる顆粒や液胞などの構造体についてその大きさや数、扁平率など12種類のパラメータを設定しました(図2 ステップ1)。さらに、207種類の作用既知薬剤によって誘導されるsrcts−NRK細胞とHeLa細胞の形態変化をそれぞれ数値化し、得られた数値を計71次元の座標に変換した統計値で分析しました。すると、類似の作用を示す作用既知薬剤群は近傍に位置し14種類のクラスターを形成しました(図2 ステップ2)。すなわち、細胞や細胞小器官の形状、細胞内タンパク質の挙動など複数のパラメータを一挙に定量化することで薬剤作用と形態変化とを定量的に関係付けることができました。このように蓄積した形態変化の情報をデータベース化し、「モルフォベース」を構築しました。

 次に新規の抗がん剤候補物質の作用を予測するため、その候補物質がモルフォベース内のどの作用既知薬剤と類似するかを計算できるプログラムを作りました。具体的には(1)候補物質と各作用既知薬剤の類似度のランキング(2)14種類のクラスターに分類された54種類の典型的な抗がん剤のデータを利用し、候補物質がどのクラスターに分類されるかのスコア化、の2通りの方法で類似性を計算し、形態変化パターンから薬剤作用を予測する手法「モルフォベースプロファイリング法」を開発しました(図2・ステップ3)。

 実際に研究グループは、理研が保有する天然化合物バンクNPDepo(※7)の化合物ライブラリーから抗がん剤候補物質NPD6689を選び、今回開発したモルフォベースプロファイリング法を駆使して、その標的分子を明らかにすることを試みました。その結果、NPD6689は微小管作用薬のクラスターに分類され、微小管を標的としていることが予測できました(図3A)。推定した効果を試験管あるいは細胞レベルで実験的に検証したところ、NPD6689は確かに微小管に作用し、細胞骨格を破壊していることが分かりました。また副作用を引き起こすことが知られているミトコンドリア呼吸鎖阻害剤rotenone(ロテノン)や細胞周期阻害剤3−ATAについてモルフォベースへ照合しました。すると、主な作用メカニズムとは異なる微小管作用やDNA合成阻害活性を有することが予測されました(図3B)。つまり、モルフォベースはこれら薬剤の副作用についても正確に予測することができました。


<今後の期待>
 研究グループは、より精度が高いプロファイリングシステムの構築を目指し、現在も新たな作用既知薬剤や遺伝子ノックダウンが誘導する形態変化を収集・登録してデータベースを拡充しています。モルフォベースプロファイリング法は、新規候補薬剤の作用メカニズムをよりシンプルな方法で高精度かつ迅速に予測するツールとして、今後抗がん剤創薬研究に広く活用されることが期待できます。また発想を転換すると、モルフォベースに照合されない形態変化を誘導する薬剤はこれまでに知られていない作用メカニズムをもったものといえます。それらをNPDepoや微生物代謝産物より探索し、”first−in−class”(新規標的分子に作用する画期的新薬)の発見を目指してさらなる研究を進めることが可能です。


<原論文情報>
 Futamura Y.,Kawatani M.,Kazami S.,Tanaka K.,Muroi M.,Shimizu T.,Tomita K.,Watanabe N.,Osada H."Morphobase,an encyclopedic cell morphology database,and its use for drug target identification."Chemistry&Biology,2012,doi:10.1016/j.chembiol.2012.10.014


 *補足説明と図は添付の関連資料を参照


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