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東北大学、左巻きカタツムリの進化はヘビから逃れるための適応進化であることを解明

2010-12-14

左巻きカタツムリの進化は,ヘビが引き起こした

― 種分化を起こす遺伝子は適応進化にも寄与する ―


【ポイント】

 ・ 理論上は進化できないはずなのに実在する,左巻きカタツムリの謎を解明

 ・ 種分化が,天敵から身を守るための適応進化の結果として起きることを実証

 ・ ひとつの遺伝子が,種分化と適応進化の両方に大きな効果を持つことを発見

【概要】
 生物多様性は,長い年月をかけた種分化の繰り返しによって創り出されてきました。種分化のメカニズムを解明することは,進化生物学における最大の研究命題のひとつです。東北大学大学院生命科学研究科に所属する日本学術振興会特別研究員の細将貴(ほそ まさき)らは,巻き方向の逆転による左巻きカタツムリの種分化が,カタツムリ食の特殊なヘビから逃れるための適応進化として引き起こされたことを発見しました。この研究成果は,2010年12月8日午前1時(日本時間),英国の学術専門誌Nature Communications にオンライン掲載されます。

【背景】
 カタツムリには,巻き方向が逆転することによって達成されるという単純でユニークな種分化の仕組みが知られています。巻き方向の逆転は,個体発生の初期に働く遺伝子のひとつに変異が生じることによって引き起こされます。巻き方向が逆転すると通常の個体とは交尾することが難しくなります。そのため,ある地域に逆巻き突然変異個体が出現して数を増し,地域集団全体が一匹残らず逆巻きになってしまうと,その集団はもはや他の地域の集団と遺伝子を交換することができなくなります。種分化の完成です。

 ところが,出現したばかりの逆巻き突然変異個体のまわりには,交尾できる相手がほとんどいません。そのため逆巻きの子孫が残される可能性はとても低く,次世代ではさらに数を減らしてしまうはずです。よって巻きの逆転によるカタツムリの種分化は,理論上,まず起こらないであろうと予測されます。おそらくはそのため,ほとんどのカタツムリの分類群は巻き方向を右巻きに保ったまま多様化してきました。しかし,左巻きに進化したカタツムリも少なからず実在するのです(図1)。左巻きのカタツムリがどうして進化できたのかは,これまで謎とされてきました。

 図1.左巻き(左)と右巻き(右)のカタツムリ。この2種は共通の祖先から種分化したものです。
  ※ 関連資料参照


 東南アジアには,カタツムリをもっぱら食べる特殊なヘビ類(セダカヘビ類)が知られています。日本にも石垣島と西表島にイワサキセダカヘビという種が知られています。これまでの私たちの研究により,これらのヘビが,多数派である右巻きのカタツムリを効率よく捕食するために特殊化していることがわかっていました(便宜的に「右利きのヘビ」と呼びます;図2)。結果的に,左巻きのカタツムリはヘビに襲われても高確率で生き残ることができます。私たちは,食べられにくいという左巻きのアドバンテージが,交尾しづらいという不利を補い,左巻きへの進化を容易にしているのではないかと考えました。本研究は,この「右利きのヘビ」仮説を検証したものです。

 図2.イワサキセダカヘビの頭部の骨格(左)と,右巻きのカタツムリを捕食しているところ(右)。以前のわたしたちの研究によって,下あごの歯の本数が左右で異なり,右の方が多いこと,そして右巻きのカタツムリを効率的に殻から引っ張り出して食べるということが明らかになっていました。スケールバーはいずれも10mm。


【内容】

 もし「右利きのヘビ仮説」が正しければ,セダカヘビ類が分布する地域と分布しない地域の間で,左巻きカタツムリの多様性に大きな違いがあるはずです。そしてその違いは,ヘビの捕食を受けやすく,また左巻きになったときの防御効果の大きい,大型のカタツムリで顕著になると予測されます。さらに,逆巻き同士の交尾がより困難な,平巻きのカタツムリで顕著になるとも予測されます(細長いタイプの殻をもつカタツムリでは交尾の様式が異なるため,多くの場合,巻き方向が変わっても交尾に大きな支障がないことがわかっています)。そこで有肺亜綱柄眼目に属するほとんどすべてのカタツムリの分布とサイズを文献から調べ,左巻きの属の割合を比べました。すると,まったく予想通りの傾向が見つかりました(図3)。

  左巻きの属が占める割合
   ※ 関連資料参照

 図3.セダカヘビ類の分布する地域(黒いバー)と分布しない地域(白抜きのバー)のそれぞれで,カタツムリの全属を平巻き(左)と細長(右)の2タイプに分け,サイズレンジごとに左巻きの属の割合をみたもの。バーの上にある数字は,各レンジに当てはまった属の数の総和(右巻き+左巻き)。ヘビの分布する地域で左巻きが多いという傾向が,大型の平巻きタイプで特に顕著です。とはいうものの依然として右巻きが多数派なので,セダカヘビ類は「右利き」であり続けていると考えられます。なお,統計的な解析の結果によると,この傾向は,左巻きへの進化が起こったあとで属の数が増えたということよりむしろ,多くの属で独立に左巻きへの進化が起こったということを意味します。また,左巻きへの進化を起こした後で大型化が進んだのではなく,大型だったものが左巻きへの進化を起こしたと考えるほうが妥当です。

 セダカヘビ類の分布域で種分化した左巻きカタツムリの例を,日本の琉球列島に見ることができます。ニッポンマイマイ属という分類群のカタツムリには,左巻きの種が多数知られてします。DNAの配列の違いを利用した系統解析の結果,これらの左巻きの種は,セダカヘビ類と分布の重複する非常に狭い地域で,右巻きの系統から何度も独立に進化してきたことがわかりました(図4)。以上の結果は,すべて「右利きのヘビ仮説」を支持します。

 図4.ニッポンマイマイ属の分布(左)と系統関係(右)。左巻きの種(赤)はセダカヘビ類の分布(オレンジ)する琉球列島の南部に集中して分布し,しかも右巻きの系統(青)から複数回にわたって起源しています。

 適応進化が種分化を引き起こすという可能性を最初に提案したのはダーウィンですが,本研究ほどはっきりと実証した例はこれまでほとんどありません。特に,捕食者に対する適応進化の結果として種分化が起きることを示した研究は稀です。

 また,たったひとつの遺伝子の変異が,種分化のみならず適応進化にも甚大な影響を持ちうることが示されました。これは,大きな効果をもつ突然変異はそのほとんどが有害であるという,生物学における一般的な認識に対する明らかな反例です。かつて遺伝学者ゴールドシュミットは,効果の小さな突然変異がだんだん積み重なることによって漸進的に進化が進んでいくという一般的な考え方に対して,効果の大きな突然変異によって跳躍的に進化が進んでいくという考え方を唱えて物議をかもしました。本研究で明らかにされた左巻きカタツムリの起源は,まさにゴールドシュミットの言うところの ”hopeful monsters” に当てはまる事例です。


【今後の展望】

 平巻きの左巻きカタツムリのほとんどは,セダカヘビ類が現在分布する地域で起源したと考えることができます。しかし,生物の分布は一定ではありません。左巻きに進化したそのときその場所にセダカヘビ類がいたかどうかは,空間的な分布の一致を検討した今回の結果からだけでは結論することができません。今後は,時間的な分布の一致についても検討する必要があります。そのために,まず,セダカヘビ類の系統解析をおこなう必要があります。また,いずれはカタツムリの巻き方向を決めている遺伝子を特定し,これらを組み合わせることによって,ヘビとカタツムリの間に起きた進化のドラマをより深く追究していく予定です。

 現在の種間にある生殖隔離の機構は,通常,ひとつではありません(ヒトとチンパンジーを想像してみてください)。生殖隔離機構は,種分化が完成した後も進化を続け,どんどん積み重なっていくため,種分化の時点でどのような進化が起きたのかを推定することは非常に困難です。その点,巻き方向の逆転によるカタツムリの種分化は,最初に進化した生殖隔離機構をひとつに特定することができる稀な例と考えられています。今回,巻き方向の逆転を進化させた原動力が特定されました。このことは,生物多様性の成り立ちに関して,他の生物では追究することのできなかったさまざまな問題に解答を得ることのできる,まったく新しいモデルシステムが掲示されたことを意味します。


【用語解説】

生殖隔離
 有性生殖をする生き物の場合,「特定」の個体同士で交配しないと子を残すことができません。この「特定」の関係にある個体の集まりのことを「種」(正確には生物学的種)といいます。逆に,子を残すことのできない個体間(つまり種間)には,生殖隔離があるといいます。生殖隔離にはさまざまなタイプがあり,生息する環境が異なるという生殖場所隔離,配偶者として認識しないという性的隔離,交配しても子供が正常に育たない,あるいは子供に生殖能力がないという交配後隔離などにわけられます。生殖隔離の機構が進化することを種分化といいます。

【論文題目】
 Masaki Hoso, Yuichi Kameda, Shu−Ping Wu, Takahiro Asami, Makoto Kato and Michio Hori. A speciation gene for left−right reversal in snails results in anti−predator adaptation. Nature Communications オンライン掲載(12月8日)


 ※ 図などは、オリジナルリリース参照

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