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東大、コメのカドミウム汚染をなくす遺伝子を発見

2012-11-12

コメのカドミウム汚染をなくす遺伝子を発見


<発表者>
 石川 覚(独立行政法人農業環境技術研究所土壌環境研究領域 主任研究員)
 石丸 泰寛(東北大学大学院理学研究科化学専攻 助教、東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 特任研究員;当時)
 倉俣 正人(独立行政法人農業環境技術研究所土壌環境研究領域 農環研特別研究員)
 安部 匡(独立行政法人農業環境技術研究所土壌環境研究領域 農環研特別研究員)
 井倉 将人(独立行政法人農業環境技術研究所土壌環境研究領域任期付研究員、同上農環研特別研究員;当時)
 瀬野浦武志(石川県立大学生物資源工学研究所特任研究員、東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 特任研究員;当時)
 荒尾 知人(農林水産技術会議事務局 研究調整官、独立行政法人農業環境技術研究所土壌環境研究領域上席研究員;当時)
 西澤 直子(石川県立大学生物資源工学研究所 教授、東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 特任教授)
 中西 啓仁(東京大学大学院農学生命科学研究科農学国際専攻 特任准教授)


<発表のポイント>
 ◆どのような成果を出したのか
  カドミウムをほとんど吸収しないコシヒカリ変異体をイオンビーム照射によって開発し、この変異体から低カドミウムの原因となる遺伝子(以後、変異遺伝子と言う)を発見しました。また、変異遺伝子を検出できる遺伝子マーカー(注1)も開発しました。

 ◆新規性(何が新しいのか)
  得られた変異遺伝子は通常の交配で導入できるため、遺伝子組換え技術を用いずにほとんどのイネ品種に容易に低カドミウムの性質を持たせることができます。

 ◆社会的意義/将来の展望
  コメに含まれるカドミウム濃度が大幅に減少し、汚染のリスクが極めて小さくなります。これにより食品由来のカドミウム摂取量が減少し、コメを主食とする人々の健康維持に貢献します。


<発表概要>
 東京大学大学院農学生命科学研究科 中西啓仁 特任准教授、同 西澤直子 特任教授、独立行政法人農業環境技術研究所 石川覚 主任研究員らの研究グループは、平成24年3月7日に発表した(注2)「カドミウムをほとんど含まないコシヒカリ」の原因となる変異遺伝子を発見し、これがカドミウムやマンガンのトランスポーターであるOsNRAMP5の遺伝子の変異であることを突きとめました。この変異遺伝子によって、イネが土壌からカドミウムをほとんど吸収しなくなり、コメや稲わらに含まれるカドミウム濃度が極めて低くなります。通常のコシヒカリ玄米中カドミウム濃度が我が国の食品衛生法の規制値を大幅に超過する農地で栽培しても、低カドミウムコシヒカリは極めて低いカドミウム濃度でした。

 また研究グループは、この変異遺伝子を検出できる遺伝子マーカー(注1)も新たに開発しました。このマーカーを利用することにより、通常の交配育種によって効率よく他のイネ品種に変異遺伝子を導入できるため、ほぼ全てのイネ品種においてカドミウムの吸収とコメへの蓄積を低く抑えるように品種改良できます。コメからのカドミウム摂取量はこれまでに比べて極めて低くなり、食の安全とコメを主食とする人々の健康に貢献することが期待されます。


<発表内容>
 カドミウムは人体に有害な物質で、イタイイタイ病の原因として知られています。農地が汚染されると、土壌中のカドミウムは作物によって吸収され可食部に蓄積されます。カドミウムを蓄積した作物を摂取することによってカドミウムは人体に取り込まれます。日本人の場合、食品からのカドミウム全摂取量の40〜50%がコメに由来します。カドミウムを含む食品の長期間摂取による人への健康被害リスクを低減するため、コーデックス委員会(FAO/WHO合同食品規格委員会)は、食品中のカドミウム濃度の国際基準値を決定しました。それを受けて、2011年2月にわが国の食品衛生法が改正され、コメの規制値はそれまでの「1.0mg/kg未満」からさらに厳しい「0.4mg/kg以下」に引き下げられました。

 イネのカドミウム吸収を抑えるために、これまでは、客土による汚染土壌の入れ替えや湛水管理(注3)が実施されてきました。しかし、出穂期前後の湛水管理は、収穫時にコンバインなどの農業機械を導入しにくいことや、米に含まれるヒ素濃度を増加させる等の問題があります。そのため、食品中のカドミウム含量を低減させるためには、カドミウム集積量がこれまでよりも少ないイネを開発することが重要です。

 中西 特任准教授、石川 主任研究員らの研究グループは、独立行政法人日本原子力研究開発機構との共同研究により、本年3月7日に「カドミウムをほとんど含まないコシヒカリ、イオンビーム照射(注4)で作出に成功」として、玄米のカドミウム濃度が極めて低いコシヒカリ変異体(系統名:lcd−kmt1)の開発について独立行政法人農業環境技術研究所から発表しました(注2)。土壌中のカドミウム濃度が高い農地(土壌中のカドミウム濃度:0.35〜1.4mg/kg)で栽培した場合には、コシヒカリの玄米と稲わらのカドミウム濃度は上記の規制値(0.4mg/kg)を大幅に超過するのに対し、lcd−kmt1は最大でも0.03mg/kgと極めて低い値でした。また生育や草姿(草丈や稈長など)はコシヒカリと全く違いがなく、玄米の外観品質や玄米収量もコシヒカリと同等で、米粒食味計による食味値(点)もコシヒカリと同じ「良(80点以上)」と判定されました。

 今回は、lcd−kmt1の低カドミウムの原因である変異遺伝子について発表します。lcd−kmt1の遺伝子について検索したところ、イネのカドミウム集積を決めるキー遺伝子として私達が以前に報告したOsNRAMP5遺伝子に変異があることを見いだしました。植物は土壌中から根を通じて鉄、亜鉛、マンガンなど、自らの生育に欠かせない栄養素をトランスポーター(注5)によって吸収し、必要とされる部位に送り込んでいます。カドミウムは植物の生育には必要がないものですが、鉄やマンガン、亜鉛などの性質がよく似た重金属系栄養素のトランスポーターによって植物に吸収されてしまいます。OsNRAMP5は、鉄とマンガンのトランスポーターですが、カドミウムも吸収することを研究グループは以前に報告しています。lcd−kmt1では、コシヒカリ種子へのイオンビーム照射によって、OsNRAMP5遺伝子に変異が生じ(osnramp5−1と命名)、トランスポーターとしての機能が失われました(図1)。その結果、根における土壌からのカドミウムの吸収がなくなり、コメや稲わらのカドミウム濃度が著しく低くなりました。マンガン濃度も同時に低下しますが、鉄は他のトランスポーターによって吸収されるため、コメ中の鉄濃度は維持されます。


 ※図1は添付の関連資料を参照


 さらに研究グループは、この変異遺伝子の配列をもとに遺伝子マーカー(注1)を開発し、変異配列をもつ個体を簡易に識別することが可能になりました。この新しく開発された遺伝子マーカーを利用することにより、遺伝子組換え技術を使うことなく、これまでの交配育種の技術によって様々なイネ品種にカドミウムを吸収しない形質を短期間で導入できます。

 前述のように、イネのカドミウム吸収を抑えるために、客土による汚染土壌の入れ替えや湛水処理が実施されています。しかし、この変異遺伝子をもつイネでは、出穂期前後の長期にわたる湛水管理が不要となるだけではなく、落水管理を実施することによりコメ中のヒ素濃度の低減や温室効果ガスであるメタンの水田からの発生削減なども同時に達成することが可能になると思われます。

 また、この変異遺伝子を持つイネは、コメ中カドミウム濃度だけではなく稲わらのカドミウム濃度も低いため、飼料用の低カドミウムイネ品種の開発も期待できます。さらに、日本以外で栽培されている品種にも導入すれば、コメを主食としている世界の国々でのカドミウム摂取量低減に大きく寄与できます。さらに、OsNRAMP5と似た構造・機能を持つ遺伝子をコメ以外の他の作物でも見いだせれば、それを足がかりにその作物を低カドミウム化する道も拓けると期待できます。

 なお、ここで用いられた研究手法と成果は、東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所事故による放射性降下物の土壌汚染と食品汚染の問題解決に向けても重要な示唆を与えるものです。放射性セシウムもカドミウムと同様に植物の生育には必要のないものですが、必須栄養素のトランスポーターによって吸収されると考えられますので、同じアプローチでの研究が可能です。

 以上のように、今回の研究成果は食の安全とヒトの健康に多大な貢献を果たすと期待されます。

 本研究は、生物系特定産業技術研究支援センターイノベーション創出基礎的研究推進事業「食の安全を目指した作物のカドミウム低減の分子機構解明(2007−2011)」の支援を受けて行ったものです。


<発表雑誌>
 雑誌名:米国科学アカデミー紀要
      「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America」
      (オンライン版:11月5日掲載)
 論文タイトル:Ion−beam irradiation,gene identification,and marker−assisted breeding in the development of low cadmium rice.
 著者:Satoru Ishikawa,Yasuhiro Ishimaru,Masato Igura,Masato Kuramata,Tadashi Abe,Takeshi Senoura,Yoshihiro Hase,Tomohito Arao,Naoko K.Nishizawa and Hiromi Nakanishi


 ※用語解説は添付の関連資料を参照

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