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理化学研究所など、睡眠・覚醒のサーカディアンリズム形成機構を神経活動レベルで解明

2012-10-23

睡眠・覚醒機能と24時間リズムをセロトニンが束ねる
−睡眠・覚醒のサーカディアンリズム形成機構を神経活動レベルで解明−



◇ポイント◇
 ・セロトニンが不足すると、脳の生物時計が正常でも睡眠・覚醒のリズムが乱れる
 ・前脳基底部・視索前野でセロトニン系が機能しないと、睡眠リズムが崩れる
 ・セロトニンが関わる不眠、睡眠リズム障害、うつ病などの体系的な理解へ貢献


 理化学研究所(野依良治理事長)は、サーカディアンリズム(※1)と呼ばれる24時間周期のリズムと、睡眠・覚醒(※2)に伴う神経活動(睡眠・覚醒機能)が、神経伝達物質セロトニン(※3)の働きによって脳の深部で統合され、24時間周期の睡眠・覚醒リズムが形成されることを見いだしました。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)シナプス分子機構研究チームの宮本浩行客員研究員(科学技術振興機構さきがけ研究者)と、発生神経生物研究チームの濱田耕造研究員、米国ペンシルベニア大の中丸映子博士、米国ハーバード大のヘンシュ貴雄教授らとの共同研究グループによる成果です。

 サーカディアンリズムと呼ばれる24時間周期のリズムは多くの生物現象に認められ、睡眠・覚醒もこのリズムに強く制御されています。ヒトが自然に朝起きて夜寝るのもこの制御によります。これまで、脳深部の視交叉上核(しこうさじょうかく:SCN)(※4)がサーカディアンリズムの主時計であると知られていましたが、SCNからの信号がどこに伝えられ、どのように睡眠・覚醒のサーカディアンリズムが形成されるのかというシステムの理解は進んでいませんでした。

 研究グループは、うつ病とも関連する脳内のセロトニンを急速・選択的に除去する物質を開発し、この物質をラットに投与すると、睡眠・覚醒のサーカディアンリズムが崩壊することを報告しました。今回、自由行動中のラットにこの物質を投与し、数週間にわたって脳の各領域の神経活動を解析した結果、睡眠・覚醒のサーカディアンリズムが無くなっているにもかかわらず、SCNのサーカディアンリズムは強固に保たれ、睡眠・覚醒機能そのものも維持されている(睡眠時の神経活動低下と覚醒時の活性化)ことを見いだしました。しかし、睡眠・覚醒を直接的に実行する前脳基底部・視索前野(ぜんのうきていぶ・しさくぜんや:BF/POA)(※5)という部位の神経活動は、サーカディアンリズムが消失していました。この部位のセロトニン受容体を阻害すると、睡眠の多くを占める徐波睡眠(※2)のサーカディアンリズムが消失しました。これらにより、SCNからのサーカディアンリズムは、セロトニンの作用を受けたBF/POA領域に伝えられ、そこで睡眠・覚醒機能を統合し、24時間周期の睡眠・覚醒リズムを生み出すと結論しました。

 今後、セロトニンとうつ病や不眠、睡眠リズム障害などの体系的理解が深まることで、これら疾患に対する科学的知見に基づいた治療に貢献すると期待できます。

 本研究成果は、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)研究領域「脳神経回路の形成と制御」(研究総括:村上 富士夫 大阪大学 大学院生命機能研究科 教授)における研究課題「脳回路網の再編成における睡眠の役割」の一環として行われ、米国の科学雑誌『The Journal of Neuroscience』(10月17日号)に掲載されます。


1.背景
 単細胞生物から植物、動物、ヒトにいたるまで、生物はサーカディアンリズムと呼ばれる24時間周期のリズムを自律的に示しています。このサーカディアンリズムは精神活動、体温、ホルモン分泌、神経活動、タンパク質・遺伝子発現など、あらゆる生物現象に認められ、とくにヒトや動物の活動基盤をなす睡眠・覚醒も強いサーカディアンリズムの制御を受けています。これまでに、脳深部の小さな神経核である視交叉上核(SCN)がサーカディアンリズムの主時計であることが知られており、分子生物学的知見も数多く報告されています。しかし、SCNからの信号がどこに伝えられ、睡眠・覚醒のサーカディアンリズムがどう形成されるのかというシステムに関する基本的な理解は進んでいませんでした。SCNは小さな神経核のため、行動する個体からその神経活動を記録するのは容易ではありません。また、出力先が広く多岐にわたっていること、睡眠・覚醒制御に関与する脳領域が分散し、それらの相互作用が未解明であることなども研究を困難にしています。

 研究グループは、これまで、うつ病や情動、摂食、睡眠などとの関連を指摘されてきたセロトニンを数時間で選択的に除去する物質を開発し、ラットの睡眠・覚醒のサーカディアンリズムがセロトニンの働きを必要としていることを報告しました(Nakamaru−Ogiso et al., European Journal of Neuroscience, 2012)。今回、この手法を利用し、睡眠・覚醒リズムが崩壊した脳の各領域の神経活動パターンを数週間にわたって調べ、サーカディアンリズムと睡眠を結ぶ神経メカニズムの解明に取り組みました。


2.研究手法と成果
 研究グループは、自由に行動しているラットの睡眠・覚醒を記録するとともに、脳の各領域の脳波を測定して、神経活動を数週間にわたって記録しました。具体的には、狙った脳部位に細い金属線を埋め、そこでの神経細胞群が興奮するときに生じる電気信号を検出して、神経細胞の活動状態を調べました。従来の知見通り、SCNやBF/POA(図1A)をはじめ、脳の多くの領域で神経活動レベルが24時間周期で上昇・下降するサーカディアンリズムを観察し(図1B)、睡眠・覚醒機能についても、睡眠時は神経細胞の活動が低下し、覚醒時は活性化することを確認しました。

 次に、研究グループが開発した物質をラットに投与して、脳内のセロトニンを除去しました。この物質は、セロトニン合成のもととなるアミノ酸の一種トリプトファンを選択的に分解する酵素(tryptophan side chain oxidase I:TSOI)で、脳内のセロトニンを数時間以内で5分の1程度に急速、選択的かつ可逆的に減少させることができます。ヒトより短い時間の睡眠・覚醒サイクルを持つラットにこの物質を投与すると、昼夜を通してさらに短い周期で睡眠と覚醒を繰り返すようになり、睡眠量や行動量のサーカディアンリズムが崩壊しました(図2B中、下)。しかし、このときのSCNの活動は、通常通り強固なサーカディアンリズムを維持するとともに(図2B上)、正常な睡眠・覚醒機能(睡眠時の神経活動低下と覚醒時の活性化)を確認できました。この傾向は、大脳皮質など他の脳領域でも同じでした。

 しかし、睡眠・覚醒を直接的に実行する前脳基底部・視索前野(BF/POA)と呼ばれる領域の神経活動に着目すると、サーカディアンリズムが顕著に減少していることが分かりました(図3A)。そこで、セロトニン受容体機能を阻害する薬物リタンセリンを、正常なマウスのBF/POA領域に局所的に投与したところ、睡眠の大部分を占める徐波睡眠のサーカディアンリズムが阻害されました(図3B)。

 これらにより、セロトニンの働きを受けたBF/POA領域は、SCNが生み出すサーカディアンリズムを受け取って睡眠・覚醒機能と時間的に統合し「睡眠・覚醒のサーカディアンリズム」を作りだすと結論しました(図4)。


3.今後の期待
 脳や身体の健康を保つには、各領域間の協調とともに、秒、分、時間、日の単位で刻々と必要となる機能を時間的に協調させることも重要です。今回の成果は、サーカディアンリズムと睡眠・覚醒が、神経活動として脳の各領域で時間的にどう結び付けられているのか、その一端を解明することができました。

 さらにセロトニン神経系は、不眠、睡眠リズム障害、うつ病や統合失調症などの精神疾患と複雑に関連することが示唆されています。また、今回注目した前脳基底部は、アルツハイマー病との関わりも指摘されており、高齢化社会に伴う諸問題も睡眠やサーカディアンリズムと切り離すことはできません。本研究をさらに進めることで、現代社会において看過できないこれらの疾患の新しい治療法につながると期待しています。

 今後、研究グループは、サーカディアンリズムと睡眠の統合機構メカニズムを神経回路レベルで調べるとともに、12時間あるいは48時間周期リズムを持つ動物や、脳の左右でリズム位相の異なる動物の機能設計を通して、例えば視覚情報処理やシナプス可塑性・記憶といった脳機能とリズムの詳細な解明を目指します。

 ・原論文情報
  Hiroyuki Miyamoto, Eiko Nakamaru−Ogiso, Kozo Hamada, Takao K. Hensch
  “Serotonergic integration of circadian clock and ultradian sleep−wake cycles”.
  The Journal of Neuroscience,2012,doi: 10.1523/JNEUROSCI.0793−12.2012



*以下の資料は添付の関連資料「補足説明/図1〜4」を参照
 ・補足説明
 ・図1 ラットのSCNとBF/POAの位置と神経活動の様子
 ・図2 セロトニン除去によるサーカディアンリズム、睡眠・行動量の変化
 ・図3 BF/POAが生み出すサーカディアンリズムと睡眠のリズム
 ・図4 SCNとBF/POAによる睡眠のサーカディアンリズム


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