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生理学研究所、消化管の動きを調整する分子センサーの働きを解明
消化管の動きを調整する分子センサーの働きを解明
―過敏性腸症候群などの原因解明と治療に期待―
【 内 容 】
自然科学研究機構 生理学研究所の富永真琴 教授および三原 弘 研究員の研究グループは、消化管が動くときの“伸び”を感じて働く伸展刺激センサーTRPV2(トリップブイツー)の働きを明らかにしました。現代人に多くみられる機能性胃腸症、過敏性腸症候群などの消化管機能性疾患の原因解明及び治療薬開発に結びつく成果です。米国神経科学学会誌「ザ・ジャーナル・オブ・ニューロサイエンス」に発表されます(2010年12月8日電子版)。
消化管機能性疾患には、みぞおちの痛みや、消化不良感を起こす機能性胃腸症や、下痢・便秘・腹痛を繰り返す過敏性腸症候群などが含まれ、例えば、日本人の4人に1人は、3ヶ月に一度は消化不良感を感じる程、頻度の高い疾患です。しかし、血液検査、内視鏡検査などでは異常がなく、消化管の動きや知覚過敏が原因の一つと考えられていますが、臨床的にもその病態の詳細は不明のままです。そもそも消化管は食べ物が入ると伸びたり縮んだりして消化吸収を促します。その際には、消化管にある神経(抑制性神経細胞)が重要な役割を果たしており、筋肉(消化管平滑筋)を伸びさせる一酸化窒素といった化学物質を放出することで消化管の動きを制御しています。今回、研究チームは、常に動き続ける消化管でその“伸び”を感じて働くTRPV2(トリップブイツー)という分子に注目。消化管の筋肉が伸びる際に働く腸の中の神経細胞が、伸展刺激センサーであるTRPV2を持っていること、さらに、TRPV2は、消化管の“伸び”を感じて、その神経細胞内へのカルシウムの流入を調整し、筋肉を伸びさせる一酸化窒素の放出を促して、消化管が一層伸びるのを助けていることを明らかにしました。これまで消化管の神経の一部が伸展刺激センサーを持っていることは知られていましたが、今回の研究で、TRPV2がその候補であることを示しました。実際、TRPV2の働きを抑える薬を作用させると、消化管は伸びることができなくなり、運動調節異常を示しました。
富永教授と三原研究員は「消化管の伸びを調整する分子メカニズムを明らかにしたのは今回の研究が初めてであり、これまで詳細が分かっていなかった消化管機能性疾患の臨床症状を理解する上でも非常に意義深い。TRPV2を効果的に調整する物質がわかれば、消化管機能性疾患の治療に役立たせられるだろう」と話しています。
この研究は、富山大学第三内科講座(杉山敏郎教授)との共同研究によるものです。
本研究は文部科学省科学研究費補助金の補助を受けて行われました。
【 今回の発見 】
1.TRPV2分子センサーが主に消化管の抑制性運動神経に存在する。
2.そのTRPV2分子センサーが機械刺激やある種の脂質を感知して一酸化窒素の放出を介して消化管の弛緩を引き起こしている。
3.その消化管の弛緩が消化管内容物の肛門側への素早い移動をもたらしてる。
※図1〜3は添付の関連資料を参照
【 この研究の社会的意義 】
1.消化管機能性疾患の病態解明に新しい光
今回の研究によって、消化管の抑制性運動神経が、腸管の伸展やある種の脂質を感じて一酸化窒素を放出させて消化管を弛緩させるという新しいメカニズムを解明しました。このメカニズムが破綻すると消化管の動きに異常を来すと予想され、消化管機能性疾患の一部がTRPV2の異常として説明できるかもしれません。
2.消化管機能性疾患の新しい治療薬開発
消化管機能性疾患は非常に頻度の高い疾患であるにも関わらず、病態が十分には解明されていないため、さまざまな薬剤が試行錯誤的に使用されているのが現状です。今回、消化管の新しい弛緩メカニズムが解明されたことで、消化管機能性疾患の新しい治療薬開発につながる可能性があります。
【 論文情報 】
Involvement of TRPV2 activation in intestinal movement through NO production in mice.J. Neuroscience 米国神経科学学会誌(ザジャーナルオブニューロサイエンス)
online publication (2010年12月8日電子版)
Hiroshi Mihara, Ammar Boudaka, Koji Shibasaki, Akihiro Yamanaka, Toshiro Sugiyama and Makoto Tominaga