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慶大、パーキンソン病のiPS細胞を樹立し病態メカニズムの再現に成功

2012-10-16

パーキンソン病iPS細胞を樹立、その病態メカニズムを再現
パーキンソン病の病態解明、新薬・早期診断法開発に期待―



 慶應義塾大学医学部生理学教室の研究グループ(岡野栄之教授、今泉陽一研究員)(注1)と順天堂大学医学部脳神経内科(服部信孝教授)の共同研究グループは、パーキンソン病(注2)患者さんからiPS細胞を作製し、病態メカニズムを再現することに成功しました。このことは、病態解明と根本治療につながると期待されます。

 パーキンソン病は、アルツハイマー病の次に多い神経変性疾患であり根本的治療法がありません。手足のふるえやこわばり、動作が緩慢になる、転びやすくなる、といった運動症状を主に示します。パーキンソン病には特定遺伝子の変異が原因となり発症する「家族性」と、家族らに発症者がいなくても発症する「孤発性」があることが知られています。今回、岡野教授らの研究グループは、2人の家族性パーキンソン病患者さんの皮膚の細胞から、人工多能性幹細胞(iPS細胞)(注3)を作成することに成功しました。

 さらにこれらのiPS細胞から神経細胞を誘導した結果、パーキンソン病由来の細胞では酸化ストレスが亢進し、エネルギー産生器官であるミトコンドリアに異常があることが確認できました。また、iPS細胞の由来となった一方の患者さんの死後、脳を解析したところ、αシヌクレインと呼ばれる毒性の高いたんぱく質が蓄積していることを見出しました。同患者さん由来iPS細胞から作出した神経では、脳の解析と同様にαシヌクレイン蓄積していることを確認しました。

 本研究では、世界で初めて実際のパーキンソン病患者さんの脳内で起きている現象を、同じ患者さん由来iPS細胞を用いて正確に再現しました。今後、パーキンソン病研究が新たな展開を迎えることとなります。

 本研究成果は、医学雑誌「Molecular Brain」のオンライン版で公開されました。また、2012年10月13日から米国で開催される”Society for Neuroscience”でも発表されます。
 本研究は、科学研究費補助金、文部科学省・再生医療の実現化プロジェクトなどの助成によって行われました。


1.研究の背景
 パーキンソン病は、主に50代後半から60歳代に発症し、ゆっくりと進行する原因不明の神経変性疾患です。我が国におけるパーキンソン病の有病率は、1000人当たり約1名と言われ、日本全体では10万人以上の患者さんがいると推定されています。主に、手足の震えやこわばり、動作が緩慢になる、転びやすくなると言った運動症状を示す難治性疾患です。パーキンソン病の発症には、脳内の神経伝達物質であるドーパミンが減少することや、細胞内にαシヌクレインという異常タンパク質が蓄積することが関与していると考えられていますが、詳しい発症メカニズムは判っていません。

 近年では、新薬や脳深部刺激療法といった新しい治療法の開発により、パーキンソン病の経過は著しく改善してきています。しかし、いずれも対症療法であり、副作用のため十分な薬が服用できない患者さんもいらっしゃり、根本治療はないのが現状です。

 これまでの研究から、パーキンソン病には特定遺伝子の変異が原因となり発症する「家族性」と、家族に発症者がいなくても発症する「孤発性」あることが判ってきました。また、家族性パーキンソン病の一部で“Parkin(パーキン)”という遺伝子が欠失していることが知られています。このParkin遺伝子が欠失した家族性パーキンソン病(PARK2)(パーキン変異)(注4)は、20歳代から発症することもある若年発症型です。また、死後脳を用いた研究から、ドーパミンが減少していることは確認されていたものの、孤発性パーキンソン病で見られる異常タンパク質であるαシヌクレインの蓄積はほとんど報告されていませんでした。一方で、この遺伝子を欠失させた培養細胞やマウスによる実験から、上記現象が起こる以前に酸化ストレスが亢進し、ミトコンドリア機能異常が生じている可能性が示されてきました。しかし、実際の患者さんの発症以前・初期の脳内現象を正確にとらえることは技術的に不可能でした。

 他方で、京都大学山中伸弥教授ら(文献1)が開発したiPS細胞の技術は、患者さんの皮膚の細胞から、これまで手に入れることが困難であった神経細胞のような細胞を作製することを可能にしました。そのため、パーキンソン病を初めとする神経難病の研究に画期的な手法となることが期待され、世界的な研究競争が行われてきました。しかし、患者さんiPS細胞由来の神経細胞で病態の一部を再現する報告はあったものの、細胞を提供頂いた同じ患者さんの脳内で同じ現象が起きているかに関しては、全く確認されていませんでした。


2.主要な研究成果
 慶應義塾大学医学部生理学教室の研究グループ(今泉陽一研究員、岡野栄之教授ら)は、順天堂大学医学部脳神経内科(服部信孝教授ら)と共同で、2名の家族性パーキンソン病(PARK2)患者さん(パーキン変異)の皮膚の細胞から、京都大学山中伸弥教授らの方法により皮膚線維芽細胞よりiPS細胞を作成し、神経細胞を誘導することに成功しました。この結果、患者さん由来の神経細胞では、酸化ストレスが増強され、ミトコンドリアに機能異常が生じている事を確認できました。また、一方のPARK2患者さんの死後脳を観察したところ、家族性では蓄積しないと考えられていた異常タンパク質であるαシヌクレインが確認されました。さらに、同じ患者さんから作製したiPS細胞由来の神経細胞を観察した結果、同様にαシヌクレインが蓄積していることを見出しました。

 これらの結果は、パーキンソン病患者さんiPS細胞由来の神経細胞を用いる事で、同一の患者さんの脳内で起きている現象を忠実に再現することを世界で初めて証明したこととなります。

 したがって、本疾患iPS細胞を用いることで再現した病態を標的とした新規パーキンソン病治療薬の開発につながるものと考えられます。


3.今後の展望
 わが国では急速に高齢化社会を迎えるにあたり、ますますパーキンソン病患者数は増加すると予想されています。既存の治療薬では、根本的にパーキンソン病を治療することは難しい状況にあります。その原因の一つには、実際の患者さんの脳内で起きている現象を正確に再現することができなかったことにあります。今回の成果は、患者さん由来のiPS細胞を用いることで疾患の病態解明を行えることを示したものであり、パーキンソン病をはじめとする様々な疾患の病態解明や薬剤開発、早期診断法の開発につながるものと期待されます。


4.論文名
 Mitochondrial dysfunction associated with increased oxidative stress and alpha−synuclein accumulation in PARK2 iPSC−derived neurons and postmortem brain tissue
(PARK2 iPS細胞由来神経細胞及び剖検脳では、酸化ストレスの増大に伴うミトコンドリア機能異常、αシヌクレインの蓄積が生じる)

 Yoichi Imaizumi,Yohei Okada,Wado Akamatsu,Masato Koike,Naoko Kuzumaki,Hideki
Hayakawa,Tomoko Nihira,Tetsuro Kobayashi,Manabu Ohyama,Shigeto Sato,Masashi
Takanashi,Manabu Funayama,Akiyoshi Hirayama,Tomoyoshi Soga,Takako Hishiki,Makoto Suematsu,Takuya Yagi,Daisuke Ito,Arifumi Kosakai,Kozo Hayashi,Masanobu Shouji,Atsushi Nakanishi,Norihiro Suzuki,Yoshikuni Mizuno,Noboru Mizushima,Masayuki Amagai,Yasuo Uchiyama,Hideki Mochizuki,Nobutaka Hattori,Hideyuki Okano


○補足、用語の解説

注1:研究グループについて
 本研究は、岡野栄之教授の指導の下、服部信孝教授(順天堂大学医学部脳神経内科)の協力を受けて、今泉陽一研究員 (生理学)が中心となって行われました。

注2:パーキンソン病(Parkinson’s disease)
 本疾患は、1817年にイギリスのジェームズ・パーキンソンにより初めて報告された神経変性疾患です。現在、我が国の有病率は1000人に約1人であり、10万人以上の患者さんがいると推定されています。主に50歳代後半から60歳代に発症しゆっくりと進行し、手足の震えやこわばり、動作が緩慢になる、転びやすくなると言った運動症状を示します。脳内の神経伝達物質であるドーパミンが減少するため、レボドパなどの内服治療薬によりドーパミンを補うことで症状を緩和します。
 最近では、脳深部刺激治療も行われていますが、いずれもが対症療法であり、病気そのものに対する根本治療法はありません。

注3:人工多能性幹細胞(iPS細胞)(Induced pluripotent stem cell:iPS cell)
 2006年に、京都大学の山中伸弥教授らのグループによって世界で初めて作成された細胞(文献1)で、ES細胞(胚性幹細胞)と同様に体を構成するすべての組織や臓器に分化できる能力(多能性:pluripotency)を持っています。この細胞は、皮膚組織などの体細胞に山中因子と呼ばれるOct4,Sox2,Klf4,c−Mycといった4つの転写因子を導入することで作製されます。本研究のように患者さん由来の細胞からiPS細胞を作成し、目的の細胞に分化させることで、これまで技術的に不可能であった患者さんの体内の組織(例えば神経細胞)における病態を再現できる。また、拒絶反応の無い移植組織として利用することができ、再生医療の分野では大きな注目を浴びています。

注4:Parkin(パーキン)変異
 この変異は、現在判っている40 歳以下で発症する若年性パーキンソン病の中で最も一般的な原因の一つです。Parkin タンパク質が欠損することにより異常なミトコンドリアが細胞内に蓄積することで、若年性パーキンソン病(PARK2)が発症するという仮説が提唱されています。また、このPARK2患者さんにおいては、多くの孤発性パーキンソン病患者の脳内で観察される異常タンパク質(αシヌクレイン)の蓄積が観察されないという病理学的な特徴もあります。


○文献
(1)Takahashi,K.,Tanabe,K.,Ohnuki,M.,Narita,M.,Ichisaka,T.,Tomoda,K. and Yamanaka,S.(2007) Induction of pluripotent stem cells from adult human fibroblasts by defined factors.Cell,131,861−72.


 ※参考図は添付の関連資料を参照

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