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理化学研究所、てんかんモデルマウスで自閉症に似た社会性低下と記憶学習障害を発見

2012-10-02

てんかんモデルマウスで自閉症に似た社会性低下と記憶学習障害を発見
− 自閉症の発症メカニズムの解明、治療法の開発につながる新たな知見 −


◇ポイント◇
 精神発達障害を伴う乳児難治てんかんの原因遺伝子変異を導入したマウスを解析
 自閉症に似た社会性の低下や記憶学習の障害を発見
 自閉症の発症メカニズムの解明、治療法の開発に寄与


 理化学研究所(野依良治理事長)は、精神発達障害を伴う乳児難治てんかんの原因遺伝子変異を導入したモデルマウスが、自閉症に似た社会性の低下と記憶学習の障害を示すことを発見しました。今後、このモデルマウスを詳細に解析することで、てんかんだけでなく、自閉症の発症メカニズムの解明などにもつながると期待できます。これは、理研脳科学総合研究センター(利根川進センター長)神経遺伝研究チームの山川和弘チームリーダー、伊藤進研修生(東京女子医科大学小児科学講座助教)、荻原郁夫研究員と、米国ハーバード大学医学部などによる共同研究グループの成果です。

 乳児難治てんかんの一つである乳児重症ミオクロニーてんかん(※1)は、生後1年以内に重いてんかん発作で発症し、自閉症に似た症状や知的障害などの精神発達障害を伴う疾患です。この疾患では約8割の患者から電位依存性ナトリウムチャネル(※2)の遺伝子の一つであるSCN1A(※2)の変異が見いだされています。2007年に研究グループは、この遺伝子に変異を導入したマウスを作製し、このマウスでは、神経細胞の興奮を抑える抑制性神経細胞の機能が障害されることによりてんかんを発症することを発見しました(2007年5月30日プレスリリース)。

 さらに今回、研究グループは、このマウスの行動を詳細に解析しました。その結果、このマウスが、他のマウスに興味を示さないことや、穴の位置を記憶しにくいことなど、自閉症に似た社会性の低下や記憶学習の障害を示すことを見いだしました。このマウスは、てんかんだけでなく、自閉症のモデルとして発症メカニズムの解明や治療法の開発につながると期待できます。

 本研究は、文部科学省「脳科学研究戦略推進プログラム」の事業として実施され、その成果は科学雑誌『Neurobiology of Disease』2013年1月号に掲載されます(暫定版はオンラインで本年8月16日に掲載されました)。


1.背景
 てんかんは、脳神経細胞の過剰興奮によって引き起こされる発作を特徴とし、全人口の1%以上が発症する頻度の高い神経疾患で、15%〜35%という高い割合で自閉症スペクトラム障害(自閉症やアスペルガー症候群など)を合併することが知られています(Gillberg C.&Coleman M.(2000) The biology of the autistic syndromes,3rd ed.Clinics in Developmental Medicine No.153/4.London,Mac Keith Pressなど)。

 てんかんには多数の種類があり、その過半数が遺伝的要因によると考えられています。これまで多くのてんかん原因遺伝子が同定され、そのうちの20個余りの遺伝子が神経細胞の興奮を制御するイオンチャネルタンパク質を決定しています。神経細胞の興奮を担う「電位依存性ナトリウムチャネル」では、ナトリウムチャネルを構成するαサブユニット1型タンパク質(Nav1.1)をコード(暗号化)するSCN1A遺伝子などにてんかんの原因となる変異が報告されています。特に、自閉症に似た症状や知的障害などの精神発達障害を伴う乳児重症ミオクロニーてんかん患者の約8割は、SCN1A遺伝子のナンセンス変異(※4)などの機能喪失変異が起きていることが知られています。2007年に研究グループは、患者で見いだされたSCN1Aナンセンス変異(図1)を導入したモデルマウスを作製し(Ogiwara et al.,J Neurosci 27: 5903−5914,2007)、てんかん発症との関連を解析しました。その結果、このマウスでてんかん発症と神経細胞の興奮を抑える抑制性神経細胞の機能不全が見られること、さらに、正常マウスにおいてNav1.1タンパク質がパルブアルブミン陽性抑制性神経細胞(※3)で強く発現すること、変異導入疾患モデルマウスではNav1.1タンパク質の量が半分になることがてんかん発症の原因であることを明らかにしました。

 今回、研究グループは、てんかんを発症したこのモデルマウスにおいても、自閉症のような行動や記憶学習の障害が見られるかどうかについて、詳細な検討を行いました。


2.研究手法と成果

 研究グループは、SCN1Aナンセンス変異(R1407X:図1)を有する乳児重症ミオクロニーてんかんモデルマウスを用いて詳細な行動試験を行いました。

 まず、モデルマウスと正常(野生型)マウスを1匹ずつ別々の部屋で飼育して環境に慣れさせ、7日目に行動を観察しました(ホームケージテスト)。正常マウスは、部屋の中で一定の歩行、立ち上がり行動、毛づくろい行動などをしますが、モデルマウスはそれと比較して、歩行距離の低下と立ち上がり行動の減少を示し、また、毛づくろい行動が増加しました(図2)。この結果は、モデルマウスは慣れた環境では活動性が低下し、自閉症に似た常同行動をすることを示しています。一方、新しい慣れていない部屋にモデルマウスまたは正常マウスを1匹ずつ入れ、それぞれ30分間の行動を観察しました(オープンフィールドテスト)。正常マウスは、部屋の辺縁や中心部で一定の歩行をしますが、モデルマウスはそれと比較して、歩行距離が増加し中心部に滞在する時間が減少しました(図3)。この結果は、モデルマウスは不慣れな環境においては多動となり、不安が強まることを示しています。

 続いて、3つに区切られて自由に行き来できる部屋を用意し、一方に実験対象とは別のマウス(対照マウス)を入れたケージ、もう一方には空のケージを置き、中央に試験をしたいマウス(モデルマウス、正常マウス)を入れて、対照マウスがいる部屋と空の部屋のそれぞれに滞在する時間と対照マウスの臭いを嗅ぐ時間を比較しました(スリーチャンバーテスト)。正常マウスは、対照マウスを入れたケージを置いた部屋に滞在する時間とそのケージの匂いを嗅ぐ時間が、空のケージを置いた部屋より長かったのに対し、モデルマウスではそのような差が見られませんでした。次に、空の部屋に新たに別の対照マウスを入れたケージを置き、正常マウスとモデルマウスそれぞれの行動を観察しました。その結果、正常マウスは、新たに対照マウスを入れたケージを置いた部屋に滞在する時間とそのケージを嗅ぐ時間が、初めに対照マウスを入れた部屋より長かったのに対し、モデルマウスでは、そのような差が見られませんでした(図4)。さらに、モデルマウス同士と正常マウス同士を自由に接触できる部屋に入れ、それぞれの10分間の行動を観察しました(フリームービングテスト)。モデルマウス同士は正常マウス同士と比較して、お互いの体を接触させる回数は同じでしたが、お互いの鼻を接触させる回数は少ないという結果がでました(図5)。これらの結果は、モデルマウスは自閉症に似た社会性の低下があることを示しています。

 最後に、円周に沿って等間隔に空けた12カ所の穴のうち1カ所だけに隠れ箱を付けた正円型のテーブル上に1匹ずつマウスを載せ、5分間の行動を5日間にわたって観察しました(バーンズ迷路テスト)。穴を覗きこまないと隠れ箱は見つからないため、覗きこむ回数によって記憶学習を評価できます。モデルマウスは、学習を繰り返した後でも、隠れ箱を付けた穴を発見する前に隠れ箱を付けていない穴を誤って覗き込む回数が正常マウスより増加しました(図6)。この結果は、モデルマウスの記憶学習が低下していることを示しています。

 これらの行動試験の結果は、モデルマウスが、乳児重症ミオクロニーてんかんの患者に見られる自閉症に似た症状に類する常同行動、多動、社会性の低下、また、知的障害に類する記憶学習の障害を有することを示しました。


3.今後の期待

 今回、乳児重症ミオクロニーてんかんの患者にみられる自閉症に似た症状や知的障害が、SCN1Aナンセンス変異を導入したモデルマウスで初めて(※5)確認されました。このモデルマウスに見られるようなパルブアルブミン陽性抑制性神経細胞の機能低下は、他の自閉症の患者やモデル動物でも報告されていることなどから、てんかんと自閉症の双方には共通の分子細胞基盤の存在が予想されます。

 今後、このモデルマウスを用いて詳細な分子機構を調べることで、乳児重症ミオクロニーてんかんだけではなく、自閉症や記憶学習障害の発症メカニズムの解明や、これら疾患に対する有効な治療法の開発にも役立つと期待できます。


原論文情報
 Susumu Ito,Ikuo Ogiwara,Kazuyuki Yamada,Hiroyuki Miyamoto,Takao K.Hensch,Makiko Osawa,Kazuhiro Yamakawa.‘Mouse with Nav1.1 haploinsufficiency,a model for Dravet syndrome,exhibits lowered sociability and learning impairment’,Neurobiology of Disease,2012,doi.org/10.1016/j.nbd.2012.08.003


 *補足説明・図1〜6は添付の関連資料を参照

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