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東大、スピンを利用したテラヘルツ光の制御に成功

2012-08-30

スピンを利用したテラヘルツ光の制御に成功
―新たな電気磁気光デバイスの原理を実証―



1.発表者:十倉好紀(東京大学大学院工学系研究科物理工学専攻 教授)
       貴田徳明(東京大学大学院新領域創成科学研究科物質系専攻 准教授)
       Sandor Bordacs(東京大学大学院工学系研究科附属
                     量子相エレクトロニクス研究センター 特任研究員)

2.発表のポイント:
 (1)光によって特殊な磁石中のスピンを操作することに成功
 (2)スピンを利用することで、テラヘルツ光の振動方向(偏光)と強度の制御を実現
 (3)テラヘルツ帯の電気磁気デバイスの実現に道筋

3.発表概要:
 光(電磁波)の波の振動方向(偏光)や強度を制御することで、様々な機能をもつデバイスが開発されてきました。現在、我々が利用している電磁波の高周波化が進んでおり、10の11乗ヘルツの無線通信が実現される時期も遠くないと考えられています。しかしながら、将来の高周波通信さらに次世代のデバイスの動作目標とされるテラヘルツ(10の12乗ヘルツ)帯においては、簡便に光の偏光や強度を制御することができず、そのことが実用化の妨げになっていました。
 今回、東京大学大学院工学系研究科 十倉 好紀教授[理化学研究所基幹研究所 強相関量子科学研究グループディレクター]、東京大学大学院新領域創成科学研究科 貴田 徳明准教授、東京大学大学院工学系研究科附属量子相エレクトロニクス研究センター Sandor Bordacs 特任研究員らは、Ba2CoGe2O7(*)結晶において、電子の磁石としての性質であるスピンを利用することで、結晶の厚み1mmあたり90度にも達する巨大な光の偏光回転現象を見出しました。さらに、光の強度が磁場によって増減することも実証しました。その変化量は100%に及ぶ巨大な値です。いずれの現象もテラヘルツ帯において観測されたことから、テラヘルツ光の偏光や強度を制御できる技術の実現に向けて有効な指針を得ることができました。

 *Ba2CoGe2O7の正式表記は添付の関連資料を参照

4.発表内容:
 【背景】
 光の波の振動方向(偏光)や強度を制御することによって、多くの光デバイス(偏光子、フィルター、アイソレーター、共振器、逓倍器など)が実用化されてきました。しかしながら、次世代の光通信や電子・磁気デバイスの動作目標であるテラヘルツ帯(注1)においては、光の偏光や強度を巨大かつ自由自在に変化させることは容易ではありません。このことが実用化の妨げになっていました。
 カイラリティ(注2)は、貝の巻き方、薬剤における不斉合成、カーボンナノチューブなどの光学特性などの違いとして、自然科学のあらゆる分野に現れます。カイラリティが誘起する光学効果として、光の偏光が回転する光学活性(注3)がよく知られています。これまでX線から近赤外領域の光を利用することで、有機物、無機物の多くが光学活性を示すことが明らかにされてきました(図1)。このような光学活性は、電荷の応答によって誘起されていると考えられています。一方、磁石の源である電子スピンも同様の光学活性を示すことが期待されます。しかしながら、スピンが誘起する光学活性の観測例はありませんでした。さらに、カイラリティを持つ物質に磁場を印加すると、光の進行方向によって光の波の強度が変わる磁気カイラル効果(注4)を示すことが知られています。しかしながら、従来この効果は非常に小さく、実際に応用されている例はありません。
 研究グループでは、テラヘルツ光の偏光ならびに強度を制御するために、テラヘルツ帯に現れるエレクトロマグノン(注5)を利用することで、それらの効果を増大させることを目指しました。研究グループでは、2008年から様々な磁石においてエレクトロマグノンを新たに発見し、その基礎学理の構築を行ってきました。その過程で、2011年にBa2CoGe2O7結晶においてエレクトロマグノンを発見しました。このエレクトロマグノンとカイラリティを上手く利用することによって、テラヘルツ光の偏光と強度の制御の実現が期待できます。今回、光学活性ならびに磁気カイラル効果の存在を検証するために、Ba2CoGe2O7結晶の磁場下によるテラヘルツ帯の光学応答の測定に挑みました。

 【研究手法と成果】
 磁石中のスピンの動的挙動を高感度に測定するためには、分光学的手法を利用することが有効です。特に、Ba2CoGe2O7結晶においては、エレクトロマグノンはテラヘルツ帯に存在しています。そこで研究チームは、磁場下におけるテラヘルツ光の偏光回転ならびに強度を高精度に測定できる分光測定系を新たに構築しました。
 次に、テラヘルツ光を照射し、Ba2CoGe2O7結晶を透過してきた光の状態を測定しました。
磁場を印加した結果、エレクトロマグノン共鳴近傍においてテラヘルツ光の偏光が回転する現象を見出しました(図2)。テラヘルツ光が結晶中を1mm進む間に、偏光は90度近く回転しました。また、磁場の方向ならびにテラヘルツ光の偏光を90度回転させると、透過してきた光の偏光の回転方向が反転することを確認しました。これはスピン由来による光学活性を観測した初めての実験結果です。
 さらに、研究チームは、磁場の方向と光の進行方向を平行もしくは反平行にして実験を行いました(図3)。その結果、磁場の方向を反転した場合、光の強度の変化量が100%に達することを見出しました。これは磁気カイラル効果と呼ばれる現象で、従来の磁石が示す光への効果とは全く異なる現象です。
 このような巨大な光学効果を実現するためには、エレクトロマグノン共鳴の利用が不可欠であることを理論計算によって確認しました。

 【今後の期待】
 研究チームはスピンのカイラリティによる光学効果を観測しただけでなく、スピンを利用することでテラヘルツ光の偏光ならびに強度を劇的に変化できることを初めて明らかにしました。
このことは、学術的観点だけでなく、次世代の光通信の発展に不可欠なテラヘルツ帯の偏光制御開発につながる重要な成果です。今後は、様々な物質を探索し、室温における光学活性ならびに磁気カイラル効果の発現を目指します。

 本研究成果の一部は、内閣府総合科学技術会議により制度設計された最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の「強相関量子科学」事業(中心研究者:十倉 好紀 東京大学大学院工学系研究科教授)によるもので、日本学術振興会を通じて助成され実施されました。また一部は科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業・ERATO型研究プロジェクトによる支援を受けました。

5.発表雑誌:
 雑誌名:「Nature Physics」(オンライン版、英国時間 8月26日午後6時)
 論文タイトル:Chirality of matter shows up via spin excitations
 著者:S.Bordacs,I.Kezsmarki,D.Szaller,L.Demko,N.Kida,H.Murakawa,Y.Onose,R.Shimano,T.Room,U.Nagel,S.Miyahara,N.Furukawa,and Y.Tokura(*)
 DOI番号:10.1038/NPHYS2387
 アブストラクトURL:http://www.nature.com/nphys/journal/vaop/ncurrent/abs/nphys2387.html

 *著者名の正式表記は添付の関連資料を参照

6.注意事項:
 なし


◆用語解説:

 ※1:テラヘルツ帯
  電波領域と赤外領域の中間に位置する0.1.10THz程度の周波数領域をテラヘルツ帯と呼びます。1980年頃まで、テラヘルツ帯の光源・検出法が未発展であったため、他の周波数帯に比べ、研究が立ち遅れていました。しかしながら近年、この周波数帯の電磁波(テラヘルツ電磁波)を利用する研究が活発に行われています。

 ※2:カイラリティ
  カイラリティ(掌性)とはキラリティとも呼ばれ、その鏡像と同一でない性質のことです。カイラリティを持つ物質は自然界に多く存在しています。身近な例として、自分の左手を鏡に映しても右手にはなりません。

 ※3:光学活性
  右回りと左回り円偏光の光が物質中を進むときの光学特性の違いによって、直線偏光の光が物質中で回転する現象のことです。

 ※4:磁気カイラル効果
  光の進行方向と外部磁場の方向を平行もしくは反平行にした場合、光が物質中を進むとき、光の強度に差が現れる効果。磁場を一定にしたまま、光の進行方向を反転しても光の強度に差が現れることから非相反光学効果とも呼ばれています。

 ※5:エレクトロマグノン
  磁性と強誘電性を同時に示すマルチフェロイックスと呼ばれる物質が開発され、注目を集めています。それらの動的な性質を明らかにすることは、基礎的観点からだけでなく、電場による磁気の制御、磁場による電気の制御などの電気磁気効果を利用する応用的観点からも必要不可欠です。その過程で、テラヘルツ領域に、光の電場成分で駆動される磁気励起が現れる可能性が示唆され、理論・実験ともに活発な研究が行われています。この励起は、個々のスピンが歳差運動し、全体として集団的な波として結晶中を伝播します。特に、光の電場成分で誘起されることから、エレクトロマグノンと呼ばれています。これは、電場による磁気の制御の「光学版」に他なりません。従来の磁性体において、光の磁場成分で誘起される磁気励起、すなわちマグノンに関しては、主にマイクロ波からミリ波領域において、電子スピン共鳴(ESR)法をはじめとする多くの手法によって研究が行われてきました。それらの研究が、種々の磁性体の基本的性質を明らかにし、さらに、アイソレーター等のマイクロ波デバイスの基礎学理を構築してきたと言えます。光の電場成分で誘起されるエレクトロマグノンは、この磁気共鳴の概念を大きく拡張することを意味しています。


◆添付資料:

 *図1〜図3は添付の関連資料を参照

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