イマコト

最新の記事から注目のキーワードをピックアップ!

Article Detail

理化学研究所と東大、低消費電力デバイス向け新材料「磁性トポロジカル絶縁体」を開発

2012-08-23

低消費電力デバイスに向けた新材料を開発
−新しい原理「量子異常ホール効果」の可能性−



◇ポイント◇
 ・低消費電力デバイスに向けた新材料「磁性トポロジカル絶縁体」の発見
 ・質量ゼロに振る舞う電子によって、材料表面の磁石が生成
 ・磁壁にそってエネルギー損失なく流れる電流の可能性


 理化学研究所(野依良治理事長)と東京大学(濱田純一総長)は、エネルギーを損失することなく電流を流す新原理の実現が期待できるエレクトロニクス材料を開発しました。これにより超低消費電力エレクトロニクス技術開発の可能性が開けました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)強相関量子科学研究グループのJ.G. Checkelsky(チェケルスキー ジョセフ)客員研究員、強相関複合材料研究チーム 岩佐義宏チームリーダー(東京大学大学院工学系研究科教授)、十倉好紀グループディレクター(同教授)と、東京大学大学院工学系研究科の叶劍挺(イエ ジャンティン)特任講師、東京大学大学院総合文化研究科の小野瀬佳文准教授らによる共同研究グループの成果です。

 超低消費電力エレクトロニクスは、省エネルギー社会を実現するうえで有力な技術になると注目されています。エネルギー損失がない電力の輸送法として「超伝導」や「量子ホール効果(※1)」が知られています。量子ホール効果は1980年代に発見された原理で、特殊な半導体を非常に強い磁場中に置くと、その端にエネルギー損失することなく電流が流れるという現象です。しかし、量子ホール効果を使いエネルギー損失なく電流を流すためには、地磁気の20万倍にもなる10テスラ以上の非常に強い磁場が必要とされます。このため強磁場がなくても量子ホール効果が起きる材料の開発が求められていました。

 共同研究グループは、最近注目を集めているトポロジカル絶縁体(※2)に少量の磁性元素マンガンを添加した材料「磁性トポロジカル絶縁体」を開発しました。そして、原子50層程度の厚みをもつ薄膜微小単結晶を作り電界効果トランジスタ(※3)を作製して、その材料の表面を詳しく調べました。すると、材料表面が磁石の性質を持つことが明らかになりました。また、この材料の中の磁壁(※4)が電流を運ぶことも分かりました。これらの発見は、ゼロ磁場においてエネルギー損失することなく電流を流す現象である「量子異常ホール効果(※5)」の可能性を示唆します。今後、量子異常ホール効果の検証を進めるとともに、物質設計によって室温で磁性を発現できる材料の開発が求められます。これらが実現すると、超低消費電力エレクトロニクスが大きく前進することが期待できます。

 本研究成果は、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)課題名「強相関量子科学」(中心研究者:十倉好紀)の事業の一環として得られた成果で、科学雑誌『Nature Physics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(8月19日付け:日本時間8月20日)に掲載されます。


1.背景
 エネルギー損失のない電気の輸送法として、「超伝導」と「量子ホール効果」が知られています。超伝導はとくに有名で、医療用MRI(※6)や加速器(※7)に用いられる超伝導磁石など、さまざまな形で実用化されています。一方、1980年に発見された量子ホール効果は、特殊な半導体を非常に強い磁場中に置くと、その端にエネルギー損失することなく電流が流れるという現象で、電子デバイスの省エネルギー化に役立つと期待されます。強い磁場の中で電子はサイクロトロン運動(※8)という円運動を行い、試料の端では電子はジャンプしながらエネルギーを損失することなく一方向に流れます(図1左)。しかし、この現象が発現するには、地磁気(地球により生じる磁場)の20万倍にもなる10テスラ以上の非常に強い磁場が必要です。そのため実用化するには、同様な現象を外部磁場のない状態で実現する新たな原理が必要とされます。そのためには、特殊な条件を持った半導体で、かつそれ自体の内部に強い磁場を持つような材料を開発する必要があります。


2.研究手法と成果
 共同研究グループは、Si(シリコン)やGaAs(ヒ化ガリウム)などの従来用いられる典型的な半導体ではなく、最近注目を集めているトポロジカル絶縁体を研究対象に採用しました。この物質は結晶内部が絶縁体ですが、表面だけに電気が流れるという、これまでの絶縁体、半導体、金属という分類には当てはまらない全く新しいカテゴリーの物質です。また、トポロジカル絶縁体の表面電子は、あたかも重さがないように振る舞うので、電子の速度が速いことが特徴です。この特徴的な表面状態の性質は、基礎物性の研究対象として非常に興味深く、かつ量子ホール効果を実現するための条件を満たしているため、世界中で激しい研究競争が行われています。

 そこで共同研究グループは、図1右のように、この物質に磁石としての性質を持たせることができれば、内部に強い磁場が働いているのと同じ状況が実現でき、図1左の量子ホール効果と同様な現象が観測できると考えました。ここで観測される“類似”の現象は、量子異常ホール効果と呼ばれ、やはりエネルギー損失することなく電流を流せる可能性があります。

 共同研究グループは、磁石の性質を持たせるためにトポロジカル絶縁体の一種であるBi2Te3(テルル化ビスマス)に少量の磁性元素マンガンを添加した材料「磁性トポロジカル絶縁体」を開発しました。その試料から原子50層程度の厚みをもつ薄膜微小単結晶を作り電界効果トランジスタを作製しました(図2)。薄膜を用いるのは、表面だけを流れる電流を測定し、特殊な表面状態の電気的・磁気的性質を明らかにするためです。また電界効果トランジスタを作製したのは、表面における電子の数を電圧によって制御するためです。

 その結果、電圧を変化させて電子数を調整すると、磁性トポロジカル絶縁体表面が磁石の性質を持つようになることを発見しました。磁石になる温度(磁性転移温度)は、11K(ケルビン、マイナス262℃)と非常に低い温度ですが、電子の数を増やしていくと磁性転移温度が低下していくことが明らかになりました(図3)。従来、半導体に磁性元素を添加することによって磁石のような性質を発現させる研究は数多く行われてきました。しかし、今回の磁性トポロジカル絶縁体表面の磁石の性質は、従来の半導体型磁石とは全く逆の傾向を示しています。この傾向は、トポロジカル絶縁体表面にある質量ゼロに振る舞う電子を考えることによって初めて説明できます。

 第二の重要な結果は、磁性トポロジカル絶縁体の中の磁壁が、電流を運んでいると考えられる現象の発見です(図4)。これは、従来の半導体型磁石では観測されることがなかったもので、量子異常ホール効果による試料端に流れる電流に相当する可能性があります。


3.今後の期待
 今回、共同研究グループは、(1)トポロジカル絶縁体表面における質量ゼロに振る舞う電子が関与した磁石の発見、(2)磁性トポロジカル絶縁体の中の磁壁が運ぶ電流と考えられる現象の観測、という2つの成果を得ました。今後は、量子異常ホール効果を確証するために、観測された異常ホール効果が厳密に量子化されること、磁壁が運ぶ電流がエネルギー損失を伴っていないことを明らかにする必要があります。さらに、今回発見した材料が磁石になるのが、非常に低温に限られるという問題があります。この問題に対して従来の物質合成から得られる経験的な知見と、大型計算機などを用いた物質設計を駆使し、室温で磁性を発現できる材料を開発することが求められます。

 これらが実現すれば、超低消費電力エレクトロニクスが大きく前進することが期待できます。

 〔原論文情報〕
  J.G. Checkelsky, J.T.Ye, Y.Onose, Y.Iwasa, Y.Tokura, “Dirac−fermion−mediated ferromagnetism in a topological insulator,”Nature Physics,(2012).
  doi:10.1038/nphys2388



*以下の資料は添付の関連資料「補足説明/図1〜4」を参照
 ・補足説明
 ・図1 量子ホール効果と量子異常ホール効果の模式図
 ・図2 磁性トポロジカル絶縁体単結晶薄片を用いた電界効果トランジスタの光学顕微鏡写真
 ・図3 マンガンをドープしたトポロジカル絶縁体Bi2Te3の磁気相図
 ・図4 磁石中での磁壁に沿った電流


Related Contents

関連書籍

  • 死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    詩歩2013-07-31

    Amazon Kindle版
  • 星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    前田 徳彦2014-09-02

    Amazon Kindle版
  • ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    大久保 明2014-08-12

    Amazon Kindle版
  • BLUE MOMENT

    BLUE MOMENT

    吉村 和敏2007-12-13

    Amazon Kindle版