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JSTと九大、神経細胞の機能は胎児期に大脳が作られる過程により影響を受けることを発見

2012-06-27

神経細胞の機能は、胎児期に大脳が作られる過程により影響を受けることを発見


【ポイント】
 ・大脳皮質の神経細胞の機能は、胎児期にどの幹細胞から生まれたかによる影響を受ける。
 ・同時に生後の発達過程の影響も考えられる。
 ・大脳の神経回路と機能がどのように形成されるのかについての解明へ前進。


 JST課題達成型基礎研究の一環として、九州大学 大学院医学研究院の大木 研一教授らは、大脳皮質で視覚に直接関係のある視覚野(注1)の神経細胞の機能が、どの神経幹細胞(注2)から生まれたかによる影響を受けることをマウスの実験で発見しました。
 大脳皮質の神経細胞の機能が遺伝的に決まっているのか、それとも生後の神経活動に依存して決まるのかについては長く議論されてきました。その中でも、胎児期に大脳が作られる過程が神経細胞の機能にどのような影響を及ぼすのかについては、ほとんど分かっていませんでした。
 本研究グループは、遺伝子組み換えマウスと2光子顕微鏡(注3)を用いて、胎児期に同じ神経幹細胞から生み出された神経細胞の活動を生きたまま計測し、これらの細胞の機能が似ているかどうかを検証しました。その結果、同じ神経幹細胞から分化した視覚野の神経細胞の機能はよく似ていることが分かりました。つまり、神経細胞がどのような機能を持つかは、大脳が作られる過程により影響を受けていることが分かりました。一方で、同じ神経幹細胞から生み出された神経細胞の半分弱は他の機能を示したことから、どの神経幹細胞から生まれたかによって、個々の神経細胞の機能が完全に決まってしまうのではなく、生後の発達過程、例えば神経活動に依存する過程を通して、最終的な機能が決まるのではないかと考えられます。
 今回の研究成果は、大脳の機能が胎児期の大脳が作られる過程に少なくとも一部は依存していることを示した初めてのものであり、大脳の神経回路と機能がどのように形成されるのかを解明する上で、大きな前進となる基本的な知見であると考えられます。
 本研究成果は、2012年6月20日(米国東部時間)に米国科学誌「Neuron」のオンライン速報版で公開されます。

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)
   研究領域:「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」
         (研究総括:小澤 瀞司 高崎健康福祉大学 健康福祉学部 教授)
   研究課題名:「大脳皮質の機能的神経回路の構築原理の解明」
   研究代表者:大木 研一(九州大学 大学院医学研究院 教授)
   研究期間:平成22年10月〜平成28年3月
 JSTはこの領域で、脳神経回路の発生・発達・再生の分子・細胞メカニズムを解明し、さらに個々の脳領域で多様な構成要素により組み立てられた神経回路がどのように動作してそれぞれに特有な機能を発現するのか、それらの局所神経回路の活動の統合により、脳が極めて全体性の高いシステムをどのようにして実現するのかを追求します。またこれらの研究を基盤として、脳神経回路の形成過程と動作を制御する技術の創出を目指します。
 上記研究課題では、大脳皮質視覚野の神経回路が情報処理を行う上での基本構造・原理とその発生メカニズムを明らかにします。


<研究の背景と経緯>
 大脳皮質の視覚野にある神経細胞は、眼の網膜からの入力を受け取って、物体を認識するのに必要な情報処理をしています。一次視覚野にある細胞は、物体の輪郭を検出して反応します。個々の細胞は特定の傾きの輪郭に反応し、これを方位選択性といいます。
 本研究グループは、マウス、ラットなどのげっ歯類の視覚野には、ヒト、サル、ネコなど、高等哺乳類に見られる機能コラム(注4)(図1c)が存在せず、異なった方位選択性を持つ細胞が、混ざり合って存在していることを見いだしました(図1b)。しかしながら、このような異なった機能を持つ細胞が混ざり合って存在する構造が、どのようにして作られるのかということについては、全く分かっていませんでした。
 より一般的な問題として、個々の神経細胞の機能はどのようにして決まっているのか、遺伝的に決まっているのか、それとも生後の神経の自発活動や、外界からの感覚入力などに依存して決まるのかについて、長らく議論が重ねられて来ましたが、胎児期の発生(脳の作られ方)が、神経細胞の機能にどう影響するかは全く分かっていませんでした。
 胎児期に大脳皮質が作られる時、脳室帯というところにある神経幹細胞が、分裂して神経細胞を多数(約600個といわれています)生み出します。神経幹細胞は、放射状グリア細胞とも呼ばれていて、大脳皮質の表面に向けて長い突起を伸ばしています。この突起を伝って、神経細胞は大脳皮質の表面の方へ移動してきます。この時、マウスなどのげっ歯類の大脳皮質では、突起を伝ってまっすぐ移動するだけでなく、隣の放射状グリア細胞の突起へと移動することがあります(図2a)。これによって、1つの神経幹細胞の子孫は、放射状グリアの突起に沿って一列に並ぶのではなく、数列にわたって、ばらばらに分布します。従って、他の神経幹細胞から分化した神経細胞と混ざり合うことになります(図2b)。
 そこで、本研究グループは、異なる機能の細胞が混ざり合っていること(図1b)と、異なる神経幹細胞から生み出された神経細胞が混ざり合って分布していること(図2b)には、何らかの関係があるのではないかと考えました。最近の研究により、同じ神経幹細胞の子孫同士は、生後の大脳皮質で、選択的に結合している確率が高いこと(図2c)が報告されています。このことから1つの神経幹細胞から分化した子孫同士は、この選択的な結合によって、生後に、似た方位選択性を獲得するのではないかと仮説を立てました(図2d)。もし、この仮説が正しければ、異なる機能の細胞が混ざり合っている構造は、異なる神経幹細胞の子孫が混ざり合っていることになります。


<研究の内容>
 本研究では、異なった方位選択性を持つ細胞が混ざり合って存在する構造の形成に、胎児期の脳の作られ方が関与しているか調べました。
 同じ神経幹細胞から生み出された細胞を同定するために、遺伝子組み換えマウスを用いました。この遺伝子組み換えマウスは、共同研究者のカルロス・ロイス博士らにより開発されたもので、ごく少数の神経幹細胞でのみ遺伝子組み換えが起こり、その子孫の神経細胞が全て蛍光たんぱく質で標識されます(図3a、b)。この遺伝子組み換えマウスと2光子顕微鏡を用いて、生きたままのマウスの脳で、蛍光たんぱく質で標識された同じ神経幹細胞から生み出された神経細胞を観察しました(図3c)。マウスの脳内にある個々の神経細胞の方位選択性を調べるために、私たちが2005年に世界で初めて開発した、2光子カルシウムイメージングによる機能マッピング(注5)という方法を用いました(図1a)。この方法を用いると、何千もの脳内の神経細胞の活動を同時に計測し、どのような視覚刺激を与えた時にそれぞれの神経細胞が反応するか、細胞の方位選択性を調べることができます。
 上記方法により、同じ神経幹細胞から生み出された神経細胞の活動を計測し、これらの細胞の方位選択性が似ているかどうかを検証しました(図4a、b)。その結果、同じ神経幹細胞から生み出された細胞のうち、過半数の細胞が似た方位によく反応することが分かりました(図4c、赤)。しかし、残りの細胞は、別の方位に反応していました(図4c、緑)。さらに、同じ神経幹細胞から生み出された細胞のペアと、そうでない細胞のペアを比べたところ、前者のほうが後者より、方位選択性が似ていることが分かりました。
 今回の研究成果から、どの神経幹細胞から生まれたかによって、大脳皮質の神経細胞の方位選択性は影響を受けることが分かりました。さらに、同じ神経幹細胞から生み出された細胞の半分弱は他の方位に反応したことから、どの神経幹細胞から生まれたかによって、個々の神経細胞の方位選択性が完全に決まってしまうのではなく、生後の発達過程、例えば神経活動に依存する過程を通して、最終的な方位選択性が決まるのではないかと考えられます。


<今後の展開>
 今回の研究成果は、大脳の機能が胎児期の発生様式に少なくとも一部は依存していることを示した初めてのものであり、大脳の神経回路と機能がどのように形成されるのかを解明する上で、大きな前進となる基本的な知見であると考えられます。次の目標としては、同じ神経幹細胞から生み出された細胞が似た反応選択性を獲得するための分子メカニズムを解明することと、生後の発達過程がどのように最終的な反応選択性を決めているのかを解明することが重要と考えられます。
 今回の発見は、ヒトなどの高等哺乳類の大脳とマウスなどのげっ歯類の大脳の構造が何故違うのか、という進化論的な研究にも手掛かりを与えてくれるのではないかと考えています。次の目標としては、ヒトを含む高等哺乳類では、なぜ機能コラムが存在するのかを、発生学的に解明することが重要になると考えられます。



※以下の資料は添付の関連資料「添付資料」を参照
 ・参考図
 ・用語解説
 ・論文タイトル


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