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JSTと東北大、脳の嗅覚皮質で嗅いだ匂いをすばやく判別できるメカニズムを解明

2012-06-26

脳の嗅覚皮質における電気信号の解読に成功 匂い判別機構の解明に前進


【ポイント】
 ・動物は1回の呼吸ですばやく匂いを判別できるが、脳がどう情報処理しているかは謎
 ・匂いの情報は、嗅覚系の出口付近で電気信号の回数として伝わる
 ・包括的な脳神経活動の解明や人間の嗅覚障害の治療・人口嗅覚などの応用につながる



 JST課題達成型基礎研究の一環として、東北大学の三浦 佳二 助教らは、脳の嗅覚皮質において、神経細胞の電気信号(パルス)(注1)を解読し、嗅いだ匂いの違いがすばやく判別されるメカニズムを初めて解明しました。
 我々の脳は、神経細胞が電気パルスをやり取りすることによって、0.2〜0.3秒という短時間に感覚情報を処理し、行動を制御する能力を持っていますが、それが脳内でどのように行われているかはよく分かっていません。特に、神経活動における情報処理の符号化(注2)は、パルスの「タイミング」によるのか、あるいはその「回数」によるのかという問いは神経科学の難問とされてきました。匂いの情報も電気パルスの符号化で処理されていると考えられますが、視覚系に比べ嗅覚系では動物に匂いを判別させる実験環境の構築が難しい上、脳内奥部にある嗅覚皮質の電気パルスは非常に複雑で、解読するには高度な数学的知識が必要でした。そのため、生物の最も基本的な感覚の1つである匂いの判別メカニズムは、嗅覚系の入口付近で足踏みし、解明が進んでいませんでした。
 本研究グループは、応用数学と実験生物学を融合し、これらのボトルネックに挑みました。ラットが匂いを嗅ぐ際に嗅覚皮質の神経細胞における電気パルスを記録して、それを機械学習(注3)のアルゴリズムで解析した結果、嗅覚系の入口付近で匂いの情報はパルスのタイミングによって符号化される(匂いの違いによってパルスの伝わるタイミングが異なる)のに対し、嗅覚系の出口に近い嗅覚皮質ではパルスの回数(頻度)によって符号化されていることを明らかにしました。また、嗅覚皮質では、匂いの情報を非常に多くの神経細胞に分散させ、神経細胞が互いに独立に情報処理していることが分かり、このような神経細胞集団における符号化が、すばやく正確な匂いの判別を可能にしていることを解明しました。
 今回、高度な数学を用いて従来不可能だった複雑な電気パルスを解読する手法が開発されたことにより、脳における匂い情報処理の仕組みの解明に向けて大きく前進し、人間の嗅覚障害の治療や人口嗅覚の開発につながる展開も期待されます。
 本研究成果は、2012年6月20日(米国東部時間)に米国科学雑誌「Neuron」のオンライン速報版で公開されます。

 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
   研究領域:「数学と諸分野の協働によるブレークスルーの探索」
         (研究総括:西浦 廉政 東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI−AIMR) 教授)
   研究課題名:「情報幾何学の計算論的神経科学への応用」
   研究代表者:三浦 佳二(東北大学 大学院情報科学研究科 助教)
   研究期間:平成20年10月〜平成24年3月
  JSTはこの領域で、数学研究者が社会的ニーズの高い課題の解決を目指して、諸分野の研究者と協働し、ブレークスルーの探索を行う研究を対象とするものです。


<研究の背景と経緯>
 動物は、たった1回の呼吸で素早く匂いを判別できることが知られていますが、その基盤となる匂いの情報処理を脳がどう実現しているかはいまだに解明されていません。脳の中では神経細胞が、電気パルスをやり取りすることによって情報処理が行われていますので、匂いの情報も電気パルスに変換されているはずです。しかし、刺激の対象を用意することが容易な視覚系の研究に比べて嗅覚系における符号化は、動物に匂いを判別させる実験環境をつくることが難しいことや、電気パルスの解読には、数学的に高度な専門知識が必要となることなどから、これまで十分に調べられてきませんでした。
 近年、電気パルスのタイミングが匂い情報の符号化に使われているという報告がなされました(図1左)。しかし、この論文を含む多くの先行研究において調べられているのは、鼻内の匂いセンサーや、そこから情報が直接伝わる嗅球という嗅覚系における「入り口」の場所でした。さらに奥の場所(嗅覚皮質)において符号化を調べた研究はほとんどありません。匂いを判別するための符号を調べるには、嗅覚皮質から脳で処理した情報の「出口」でもある運動系に向かう電気パルスを調べる必要がありました。


<研究の内容>
 三浦助教らは、世界で初めて匂いを判別する課題を行う最中の、ラットの嗅覚皮質(前方梨状皮質)から電気パルスを記録し、応用数学を使って詳細なデータ解析を行いました。
 その結果、次のことを明らかにしました。
 (1)匂いの種類に対する情報は、電気パルスの本数を用いることで解読できます(図1右)。
   すなわち、神経細胞は、異なる本数のパルスで応答することにより、匂いの違いを区別していました。嗅覚皮質の神経細胞は、匂いの吸引開始に顕著な応答を示しますので、その際の、各神経細胞の全パルス本数が重要であるということになります。この結果は、嗅球ではパルスのタイミングが匂いの種類を判別する手がかりとなる、という従来の観測とは対照的でした(図1左)(参考文献1)。
 (2)神経細胞の活動にはお互いに相関がないことを発見しました。すなわち、ある細胞が普段より多くのパルスを生成したからといって、その瞬間に他の細胞も普段より多くのパルスを生成するとは限らないということです。大脳皮質の他の場所では、神経細胞の活動は強く相関を持つことが知られていますので、嗅覚皮質は特別な符号化を行なっているといえます。また、情報理論の観点から見ると、集団として非常に効率の良い符号化を行なっているといえます(参考文献2)。事実、100個程度の細胞の電気活動のみから、機械学習アルゴリズムを用いて、課題中に刺激として用いられた匂いの種類を当てることができました(図2)。その正答率は、脳活動を記録されたラット自身が匂いを判別する正答率(注4)よりも高いほどでした。さらに、神経細胞の活動が互いに無相関であることの重要性を調べるために、人工的に相関のある活動を作りだすシミュレーションを行うと正答率が大きく損なわれたことから、独立性(=無相関)の重要性が明らかとなりました。


<今後の展開>
 今回の発見により、嗅覚系の出口に近い嗅覚皮質ではパルスの回数で匂いを符号化していることが分かりました。入り口に近い嗅球ではパルスのタイミングで符号化していたのと異なっており、この符号化の違いが、脳にとってどのように都合が良いのかということの解明は今後の課題です。例えば、パルス回数による符号化は、匂いの記憶や、意思決定の手がかりとして使うために都合が良いという可能性があります。また、嗅球と嗅覚皮質の間で符号の変換が行われる方法についてもさらに解明が必要です。
 今回、脳における匂い情報の符号化の仕組みが解明されたことで、脳神経活動の詳細なメカニズムの解明に向けて新たな知見を得られました。さらに、今回の研究はラットを対象に行いましたが、同じほ乳類であるヒトとは高い類似性があると考えられるため、将来的にヒトの嗅覚障害などの治療や人口嗅覚の開発につながるような展開も期待されます。


<付記>
 本研究は、ハーバード大学の内田 直滋 准教授およびチャンパリマウードセンター・フォー・ジ・アンノウンのザハリー・F・マイネン主任研究員と共同で行ったものです。



※以下の資料は添付の関連資料「添付資料」を参照
 <参考図>
  図1 嗅覚系における匂い情報の流れの(模式図)
  図2 嗅球と嗅覚皮質における匂いへの応答の違い(模式図)
  図3 嗅覚皮質の神経細胞の電気パルスのみから機械学習で匂いの種類を当てた時の正答率
 <用語解説>
 <論文タイトル>


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