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自然科学研究機構、燃料電池の白金−コバルト合金触媒反応のリアルタイム解析に成功

2012-06-02

燃料電池の白金−コバルト合金触媒の反応のしくみを
世界で初めてリアルタイム解析に成功



<概要>
 自然科学研究機構分子科学研究所の唯美津木准教授および公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の宇留賀朋哉副主席研究員らの研究グループは、世界最先端の大型放射光施設SPring−8(*1)で、白金−コバルト合金触媒が燃料電池カソード(陽極)触媒として働くしくみをリアルタイムで捉えることに世界で初めて成功しました。燃料電池は、次世代のエネルギー源として、家庭用燃料電池「エネファーム」として普及しつつあるとともに、自動車等への実用化が進められていますが、発電性能の向上、高価な白金触媒の劣化対策、および白金使用量の低減化などの解決が求められています。実際の燃料電池システムでは、多量の水や燃料ガスが存在するため、発電している現場を直接リアルタイムで観察し、白金系触媒の構造や反応のしくみを理解することは困難でした。
 今回、研究グループは、燃料電池のカソード触媒として、白金よりも発電性能や劣化耐久性が優れているがその理由が分からなかった白金−コバルト合金触媒について、SPring−8において開発された世界最高性能レベルの高速時間分解XAFS (*2)法を用い、燃料電池セルを作動させた際の白金−コバルト合金触媒の構造変化や反応のしくみを、500ミリ秒毎に捉えることに初めて取り組みました。その結果、カソード表面で起こる反応のメカニズムや白金−コバルト合金触媒の溶出劣化抑制の要因の一つを明らかにしました。本成果は、NEDO固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発/基盤技術開発/MEA材料の構造・反応・物質移動解析の一環として行われ、アメリカ化学会『ACS Catalysis』のオンライン版(5月30日付(ワシントン時間))に掲載される予定です。


1. 研究の背景
 固体高分子形燃料電池は、次世代のエネルギー源の一つとして、自動車をはじめとする様々な分野に実用化が期待されており、電極触媒から制御システムまで多様な角度からの研究開発が進められています。水素を燃料とした燃料電池では、アノード(陰極)側で白金やパラジウムなどの金属微粒子を触媒として燃料である水素がプロトン(H+イオン)と電子(e−)に変換され、生成したプロトンは高分子電解質膜を通過してカソード(陽極)表面に到達し、カソード側の触媒である白金や白金合金微粒子を触媒として酸素と反応して水を生成します(図1)。燃料電池のセルでは、アノード側の触媒層、電解質膜、カソード側の触媒層を重ねた膜・電極接合体(MEA)が使われます。一般に、カソード側の反応がアノード側の反応に比べて遅く、また酸素と反応するカソード側の触媒劣化が顕著であることから、燃料電池の幅広い実用化には、カソード触媒の性能向上、耐久性向上が必須です。特に、高価な白金の使用量を低減させ、その耐久性を向上させることは、燃料電池車の普及のカギとなっています。
 これまでにも様々な方法で、カソード起電力の向上、触媒耐久性の向上が検討されてきましたが、依然としてこれらの問題を解決しうる究極の触媒系は開発されていません。これらの問題を解決するためには、カソードにおける反応や触媒劣化のメカニズムを解明することが求められていますが、燃料電池を作動させている状態では、カソード触媒はMEAの内部に分布し、多量の水や燃料ガスが存在するため分析が難しく、現在使用されている白金系微粒子触媒において、カソード触媒表面でどのような反応がどのようなタイミングで起こっているのかを直接捉え、その反応のしくみを解き明かすことは非常に困難でした。

 ※図1は、添付の関連資料「参考資料」を参照


2. 研究の成果
 白金−コバルト合金微粒子は、燃料電池カソード触媒として使用した際、従来の白金微粒子と比較して白金表面積あたりの発電性能や触媒耐久性が優れていることが知られており、近年多くの研究がなされています。研究グループは、世界最先端の大型放射光施設SPring−8において開発された高速時間分解XAFS(X線吸収微細構造)法を用いて、白金−コバルト合金触媒を用いた燃料電池MEAについて、燃料電池を作動させている条件で、カソード表面で起こる白金−コバルト合金触媒の構造の変化や電極反応の様子を、500ミリ秒(ミリ秒=1000分の1秒)ごとにリアルタイムで観察することに取り組みました。得られた高速時間分解XAFSの結果から、燃料電池の電位を制御した際に起こる酸化還元反応や白金−コバルト合金触媒の構造変化の速度定数を世界で初めて決定し、その反応のしくみを捉えることに成功しました。その結果、白金微粒子と比較して、白金−コバルト合金微粒子では、カソード表面で起こる一連の反応の速度が速くなっており、とりわけ触媒微粒子の溶出劣化を防ぐ白金−酸素結合の還元と白金同士の結合の再形成速度が速くなっていることを明らかにしました。
 JASRIの宇留賀朋哉副主席研究員らは、SPring−8のビームラインの中でも高い光強度を得ることができるBL40XUにおいて、分光器とした小型のシリコン結晶を高速で駆動できるシステムを開発し、2ミリ秒のスピードで高速時間分解XAFS測定を行えるシステムを開発しました。この測定システムを用いて、分子科学研究所の唯美津木准教授らは、JARI(日本自動車研究所)が開発した標準化された燃料電池セルにX線を通せる窓を取り付け、燃料電池発電システムと高速時間分解XAFS測定装置を同期させて、実際に燃料電池セルにおいてその電極電位を制御した際の白金−コバルト合金触媒の酸化数や局所配位構造(*3)の変化を500ミリ秒ごとに捉えることに初めて成功しました(図2)。

 ※図2は、添付の関連資料「参考資料」を参照

 測定した時間分解XAFSスペクトルの解析からは、白金の酸化状態の時間変化、白金−コバルト合金触媒の構造を反映する白金−白金結合、白金−コバルト結合、白金−酸素結合の配位数と結合長の時間変化が得られます(図3)。電池の電位を0.4Vから1.0Vに上げる操作は、燃料電池をオフにする操作に相当し、カソードの白金微粒子触媒の表面が酸化される(白金−酸素結合が形成される)ことで、微粒子表面の白金−白金結合が切断されます。
 また、電池の電位を1.0Vから0.4Vに下げる操作は、燃料電池をオンにする操作に相当し、カソードの白金微粒子触媒の表面が還元され、表面に形成された白金−酸素の結合が切れます。これらの触媒の構造変化の様子を時間分解XAFSによってリアルタイムで捉えることができ、また、各過程の速度定数も決定することができました(図4)。

 ※図3・図4は、添付の関連資料「参考資料」を参照


 電池をオンにする際に、白金−酸素結合の切断と同時に、白金−白金結合が再形成されると元の白金微粒子に戻りますが、白金−酸素結合の切断が遅く、白金−白金結合の再形成が不十分であると、白金−白金結合が切れたままになり、それが繰り返されることによって、白金触媒の溶出劣化につながると考えられます。白金−コバルト合金触媒とコバルトを含まない白金触媒について、電池をオン、オフにする電位操作を行った際の白金の構造変化を時間分解XAFSで調べ、両者の触媒における各過程の速度定数を比較したところ、コバルトの有無によって速度定数に違いが見られることがわかりました(図4)。白金−コバルト合金触媒では、白金触媒と比較して一連の反応過程の速度定数が速くなっており、特に電池をオンにする電位操作を行った際に起こる白金−酸素結合の切断と白金−白金結合の再形成の速度が、コバルトが存在することによって3倍以上速くなることがわかりました。これらの反応の違いは、コバルトと白金を合金化させた触媒では、白金のみの触媒と比較して、カソードでの反応がより効率的に進行し、また燃料電池の電位操作を繰り返した際に進行する白金触媒の溶出劣化の抑制にも影響しているものと考えられます。


3. 今後の展開とこの研究の社会的意義
 燃料電池自動車の普及・実用化や家庭用燃料電池「エネファーム」の性能向上に向けて、新しい燃料電池触媒やシステムの開発が進められていますが、燃料電池が抱える様々な問題のメカニズムや原因は依然として明らかになっていないものが多く、革新的な触媒の開発につながる基盤情報の蓄積が求められています。最先端の高速時間分解XAFSを使い、JARI標準化セルを用いた燃料電池セルでのカソード表面の反応の様子やメカニズムを明らかにし、応用が期待されている白金合金系触媒の反応のしくみを捉えた本研究は、白金使用量の低減や触媒劣化を抑制する新しい白金合金系触媒の開発や燃料電池制御システムの開発につながることが期待されます。


※用語解説などは、添付の関連資料「参考資料」を参照

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