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理化学研究所、絶縁体から高温超伝導体への変化過程を可視化することに成功

2012-05-30

絶縁体から高温超伝導体への変化過程を原子分解能で可視化
−「擬ギャップ状態」の正体と超伝導機構の解明に向けて前進−



◇ポイント◇
 ・擬ギャップ領域は絶縁体の「海」の中に数nm2の小さな「島」として出現
 ・擬ギャップ状態は超伝導と競合せずにその発現を助けている可能性を示唆
 ・電子相変化メモリーなど新エレクトロニクスデバイス開発の基礎学理を提示


 理化学研究所野依良治理事長)は、銅酸化物高温超伝導体(※1)が絶縁体から超伝導体へと変化する過程を原子分解能で可視化することに成功しました。「擬ギャップ状態(※2)」が数平方ナノメートル(nm2)程度の領域で出現し、その増加が超伝導発現に関与している可能性を明らかにしました。これは、理研基幹研究所(玉尾皓平所長)無機電子複雑系研究チームの幸坂祐生基幹研究所研究員、高木英典(*)チームリーダーらの研究グループによる成果です。
 *チームリーダーの正式表記は添付の関連資料を参照

 高温超伝導の発現機構解明は、現代物性物理学に残された未解決問題の1つです。今回、研究の対象とした銅酸化物高温超伝導体の特徴の1つは、母物質が絶縁体であることです。この母物質に電気が流れるようにすると超伝導が現れます。この過程で、擬ギャップ状態と呼ばれる絶縁体でも超伝導体でもない正体不明の状態が現れます。超伝導の発現機構解明には、絶縁体から擬ギャップ状態を経て超伝導体へと変化する過程を理解することが重要です。このことは、1986年の高温超伝導発見直後から認識されていましたが、依然として詳細は不明のままでした。

 研究グループは、走査型トンネル顕微鏡(※3)を用いて、銅酸化物高温超伝導体の1つであるCa2−xNaxCuO2Cl2(※4)の絶縁体から超伝導体への変化過程を測定しました。その結果、擬ギャップ状態は絶縁性領域の「海」の中に数nm2程度の「島」のように出現すること、また、その領域が増加して互いに接続すると超伝導が現れることを突き止めました。

 これらの成果は、擬ギャップ状態が、数nm2程度の小さな領域でも存在でき、かつ超伝導の発現を助けている可能性があることを示しています。これまで、擬ギャップは超伝導と競合するものと考えられていましたが、今回の発見はそれを覆すもので、超伝導発現機構の解明に向けた重要な手掛かりとなります。また、電子間の強い反発力を起源とする絶縁体が電気を流すようになる過程を原子レベルで可視化した初めての例でもあり、電子相変化メモリーなど新原理に基づくエレクトロニクス材料や、素子の開発の基礎学理として役立つものと期待できます。

 本研究成果は、科学雑誌『Nature Physics』オンライン版(5月20日付け:日本時間5月21日)に掲載されました。


■背景

 銅酸化物の中には、液体窒素温度(−196℃)を超える高い温度で超伝導(高温超伝導)を示すものがあります。1986年にこの銅酸化物高温超伝導体が発見されてから四半世紀が経ちますが、その発現機構はいまだ明らかになっておらず、現代物性物理学における未解決問題の1つとなっています。

 銅酸化物高温超伝導の舞台は、銅と酸素からなる二次元四角格子です。高温超伝導体の母物質では電子は互いに強く反発しており、銅・酸素格子上で配列して動けなくなっています。この状態から電子をいくつか抜き去って空席(正孔)を作ると、その空席に飛び移ることで電子は動き回れるようになります(図1)。銅酸化物高温超伝導体では、母物質の絶縁体に化学的な方法で正孔を導入すると超伝導が起きます。

 絶縁体から超伝導体へ変化する過程には、擬ギャップ状態と呼ばれる絶縁状態とも超伝導状態とも異なる状態が存在します。擬ギャップ状態は超伝導の発現機構を解明するための鍵であると考えられ、20年以上にわたり最先端の手法を用いながら、その正体を明らかにするための研究が行われてきました。現在、擬ギャップ状態は超伝導状態と競合すると考えられています。しかし、試料全体の特性を測る従来の手法を使った研究では、絶縁体から超伝導体へと変化する過程の詳細や擬ギャップの正体は明らかになっていませんでした。


■研究手法と成果

 研究グループは、走査型トンネル顕微鏡を用いた分光イメージング(※3)という手法を用いて、銅酸化物高温超伝導体の1つである「Ca2−xNaxCuO2Cl2」について、銅・酸素格子上の電子励起スペクトルの空間分布を約0.05nm間隔で測定しました。これは、電子が持つエネルギーと密度(局所状態密度)の測定であり、原子分解能で電子の状態の精密な「地図」を作ることに相当します。この精密測定により、擬ギャップ状態は、絶縁体の「海」の中に数nm2程度の小さな「島」として現れることを発見しました。また、擬ギャップ状態の空間分布は2回対称(※5)であり、その周囲の絶縁性領域(4回対称(※5)と明確に区別されることを明らかにしました。これらは、擬ギャップ状態が、結晶の対称性(4回対称)と異なる対称性を持つ独自の電子状態であり、数nm2程度の小さな領域でも存在できることを示しています。さらに研究グループは、正孔の導入によって擬ギャップ領域が増加し、それが互いに接続すると、超伝導が現れることを突き止めました(図2)。このことは、擬ギャップ領域の増加が超伝導の発現を助けている可能性を示しており、競合しているとする従来の見方とは異なる擬ギャップの新たな側面の発見となります。


■今後の期待

 今回の成果により、未解決だった擬ギャップの正体が明らかになってきました。また、超伝導と擬ギャップの関係は単純に競合的なものではないという知見は、超伝導発現機構を解明するうえで重要な手掛かりとなります。さらに、今回の成果は、電子間の強い反発力を起源とする絶縁体が電気を流すようになる過程を可視化したものでもあり、シリコンなどの半導体に代わる、新原理に基づいたエレクトロニクス材料や素子の開発の基礎学理として役立つことが期待できます。


 原論文情報
 Y.Kohsaka,T.Hanaguri,M.Azuma,M.Takano,J.C.Davis,H.Takagi.“Visualization of the emergence of the pseudogap state and the evolution to superconductivity in a lightly hole−doped Mott insulator”.Nature Physics,2012,doi:10.1038/Nphys2321


 *補足説明(※1〜5、図1、2)は添付の関連資料を参照

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