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JSTと慶大、「光誘起電荷分離現象」についてリアルタイムに高精度で観測することに成功

2012-03-30

有機薄膜表面電子の光励起寿命をリアルタイムで計測
−高効率な太陽電池などの創出に道開く−



 JST課題達成型基礎研究の一環として、慶應義塾大学 理工学部 化学科の中嶋 敦教授らの研究グループは、有機薄膜を塗布した金電極に、光を照射した時に起こる「光誘起電荷分離現象(注1)」を、リアルタイムに高精度で観測することに成功しました。
 有機薄膜の1つである、アルカンチオール(注2)の自己集積化単分子膜(SAM膜)(注3)は、今後実用化が期待されるナノクラスター(原子や分子が集合した超微粒子)(注4)を用いた光電子デバイス(注5)に必須の絶縁中間層材料の代表例として有望視されています。この中間層は、電極とナノクラスターを接着するだけではなく、電極で発生して中間層表面に移動した光励起電子の寿命を長くして、光エネルギーを効率的に取り出すなどの重要な役割を持ちます。この中間層の設計には、中間層の構造を精密に制御する技術と、光励起電子の寿命の計測技術が必要ですが、これまでこうした制御・計測技術の精度が十分でなかったことから、ナノクラスター・デバイスを構築するための信頼できる指針は確立されていませんでした。
 今回研究グループは、まず、金単結晶基板の前処理や合成条件の最適化によって秩序構造を精密に制御したSAM膜を作成しました。次に、2光子光電子(2PPE)分光法(注6)という方法で、SAM膜の励起電子の寿命を計測しました。実験の結果、光照射によって発生しSAM膜表面に移動した励起電子は、100ピコ秒以上(1ピコ秒は1兆分の1秒)の寿命を持つことが明らかになりました。この寿命は、過去に報告された類似の構造(金属基板上の有機分子膜)よりも、100〜1000倍長く、デバイスとしての光学的、電磁気的などのさまざまな機能(例えば、太陽電池の光エネルギーから電気エネルギーへの変換機能)を高効率化する可能性を示しています。また、励起電子の寿命はアルカンチオールの分子鎖の長さを変えることによって、精密に制御できることを明らかにしました。これは、有機合成的手法でデバイスの機能をコントロールできる可能性を示すものです。
 本成果は、有機薄膜中の励起電子の挙動を初めて定量的に明らかにしただけではなく、化学的に精密に制御するための方法論の確立に道を開くものです。ナノクラスターを太陽電池や波長変換素子、光センサーなどの新しいデバイスに応用・展開するための基盤となる、極めて重要な技術的指針が得られたことになります。
 本研究成果は、米国科学会誌「The Journal of Physical Chemistry Letters」のオンライン速報版で近日中に公開されます。


 本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
  戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
  研究プロジェクト:「中嶋ナノクラスター集積制御プロジェクト」
  研究総括:中嶋 敦(慶應義塾大学 理工学部 化学科 教授)
  研究実施期間:平成21年10月〜平成27年3月
 JSTはこのプロジェクトで、ナノクラスター大量合成と集積方法の開発、集積体の物性機能解析、並びに新規なデバイスの作成に取り組むことを通して、ナノクラスター物質科学の基礎を確立するとともに、新たなナノデバイス創成の道筋を提示することを目指しています。


<研究の背景と経緯>
 現在実用化されている光電子デバイスは、結晶や有機化合物の集合体である固体を機能単位として用いており、その機能は集合体の物性によって決まります。これに対して、ナノクラスターは、微粒子一つ一つの組成や立体的な構造によってその物性をコントロールすることによって、特異な機能を持たせることが可能です。つまり、ナノクラスターを機能単位に用いれば、固体では実現できないような光学的、電気的あるいは磁気的機能を持ったデバイスを作成することができます。さらに、ナノクラスターは結晶や分子の集合体よりはるかに小さいため、デバイスを飛躍的に微細化、小型化することも可能です。
 ナノクラスターの光電子デバイス化のためには、金属電極にナノクラスターを固定する必要がありますが、電極にナノクラスターを直接固定することは極めて困難であり、中間層を挟む必要があります。この中間層は、電極とナノクラスターを接着するだけでなく、電極で発生して中間層表面に移動した励起電子の寿命を長くするという重要な役割を持ちます。中間層材料として有望視されているのが、アルカンチオールSAM膜です。その理由は、この膜が金属との接着性が高いことに加えて、高い秩序性に基づく均一な絶縁性を持つ上、分子鎖に修飾を施すことによって多様な表面機能性を付与できるからです。
 しかし、中間層を用いたナノクラスター・デバイスの物性や機能は、アルカンチオールSAM膜を例にとれば、金とアルカンチオールの間、アルカンチオールとナノクラスターの間という2つの界面の特性の影響を受けるので、実用化するためには、目的とする機能に応じた中間層の設計を的確に行うとともに、中間層を介した光誘起電子励起現象を、リアルタイムで実験的かつ定量的に把握することが求められます。しかしながら、これまで、その界面設計の難しさや、計測技術の未確立のために、光誘起電子励起現象の理解が十分ではなく、ナノクラスター・デバイスを構築するための信頼できる指針は確立されていませんでした。


<研究の内容>
 本研究では、「金+アルカンチオールSAM膜構造体」の光誘起電子励起現象を、さまざまな厚みのSAM膜について2光子分光測定法を用いて計測し、光誘起励起のメカニズムを調べるとともに、光誘起励起過程を積極的に制御する可能性を探りました。
 実験ではまず、金電極をアルカンチオール水溶液に浸漬して、SAM膜を形成しました。
 SAM膜を構成するアルカンチオール分子は、分子鎖の端に硫黄原子を持ち、これがアンカーとして働いて金基板に強く結合します。この時に分子鎖が垂直に近い形で金表面上に立った構造(Stand−up構造)を取るため、分子鎖の長さを制御することで、SAM膜の厚みを制御することが可能です。実験では、アルカンチオール分子の炭素数が10〜18の範囲でさまざまな厚みのSAM膜を形成しました。
 次に、作成した試料に対して光電子分光測定を行いました(図1)。2光子分光測定のポンプ光およびプローブ光には、エネルギーがそれぞれ4.23電子ボルト(波長293ナノメートル。1ナノメートルは10億分の1メートル)、1.41電子ボルト(同880ナノメートル)の超短パルス光を用いました。光誘起電子励起現象の時間推移を調べるために、ポンプ光の照射からプローブ光の照射までの時間(遅延時間)を−0.12ピコ秒から180ピコ秒まで変化させながら、SAM膜表面から放出される励起電子のエネルギー分布とその強度を、光電子分光測定装置で観測しました。デバイスとして実用可能な温度範囲を調べるために、実験は、室温と90K(−183℃)で行いました。
 実験の結果、次のことが明らかになりました。

 ●励起電子の寿命は100ピコ秒以上ある―単分子膜(SAM膜)の高い絶縁性を実証
  図2は、90Kにおける、ある試料の遅延時間とSAM表面から放出される励起電子のエネルギーの関係を、測定結果例として示したものです。励起電子の数を示す信号強度は遅延時間約4ピコ秒で最大となり、その後減衰します。また図3は、図2と同じ試料について、遅延時間と励起電子の数の関係を示したものです。
  これらの結果から、励起電子が90Kの極低温においては約180ピコ秒、室温においても約100ピコ秒経過しても消滅しない(長い寿命を持つ)ことが明らかになりました。この寿命は過去に報告された類似の構造(金属基板上の有機分子膜)についての報告例よりも、100〜1000倍長いものです。すなわち、光照射によって金属から分離された電子は、100ピコ秒以上にわたってSAM膜上に保持されたことになります。これは、アルカンチオールSAM膜が絶縁膜としての優れた機能を持つことを示しています。前記のようにアルカンチオールSAM膜は、良好な絶縁性を持つナノ薄膜として有望視されていますが、本結果はこれを初めて実験的かつ定量的に示したものです。

 ●励起電子の寿命はSAM膜の厚さによって精密制御が可能である
  一方、図4はSAM膜の厚さと励起電子寿命の関係を示したものです。この図が示すように励起電子の寿命はSAM膜の厚さと良い相関があります。SAM膜の厚さはアルカンチオールの分子鎖の長さによって制御できることから、励起電子寿命すなわちSAM膜の絶縁性が化学的手法で精密に制御可能であることが分かりました。これは、本研究によって初めて定量的に明らかにされた研究成果です。
  また、本研究ではSAM膜の膜厚範囲1.2〜1.9ナノメートルについて実験を行いましたが、このような極めて薄いSAM膜で長い励起電子寿命を実現した例は今までにありません。これは、本研究で形成したSAM膜が極めて高い秩序構造を持っていることを意味しており、ナノクラスター・デバイス作成技術の確立に向けて、重要な基盤技術の1つが確立されたと言えます。
  これら成果はいずれも、本プロジェクトが保有するSAM膜形成技術の蓄積と、高度な光電子分光技術、さらに本プロジェクトを通して構築された高性能な表面物性計測システムの総合力によって世界で初めて達成されたものです。


<今後の展開>
 これらの研究成果は、アルカンチオールSAM膜における励起電子寿命に関する前例のない基礎的発見であるのみならず、同膜を基板材料に用いたナノクラスター・デバイスの設計のための重要な指針を提供するものです。それだけでなく、あらゆる薄膜の光誘起電荷分離現象を理解するための手がかりとなるものです。
 今後は、この成果に基づいて、アルカンチオールを含む薄膜材料の分子修飾による新しい機能の付加や、種々のナノクラスターとの組み合わせなどを工夫することによって、太陽電池や波長変換素子、光トランジスター、光センサーなどの新たなナノクラスター・デバイス開発を加速していきたいと考えています。


<参考図/用語解説>

 *添付の関連資料を参照


<論文名>
“Charge Separation at the Molecular Monolayer Surface:Observation and Control of the Dynamics”
(単分子膜表面における電荷分離:ダイナミクスの観察と制御)


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