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東北大、光を皮膚で知覚する「スーパー感覚」を持った遺伝子組換えラットの作製に成功

2012-03-10

皮膚で光を知覚する!?
(チャネルロドプシン遺伝子組換えラットのスーパー感覚)


 東北大学大学院生命科学研究科の八尾寛教授らの研究グループは、単細胞緑藻類クラミドモナスの光受容タンパク質の一つ、チャネルロドプシン2(*1)をゲノムに組み込んだトランスジェニックラット(*2)において、触覚や深部感覚を掌る大型の後根神経節細胞(*3)でチャネルロドプシン2が作られていることを見出しました。また、皮膚の触覚受容器の神経終末にもチャネルロドプシン2が分布していました。その結果、このラットでは、足裏に照射した青色LED光を触覚として知覚する「スーパー感覚」が作り出されていました。この研究成果は、間もなく、医学を含む科学分野全般に高く評価されている米国のフリー・アクセス学術誌Public Library of Science (PLoS) ONE に掲載されます。


【研究内容】
 私たちの日常のさまざまな感覚は、物理的なエネルギーを感覚器が受け取り、興奮を脳に伝えることにより生まれています。たとえば、光のエネルギーは、網膜の視細胞に受け取られ、脳に伝わり、視覚を生み出します。空気の振動は、蝸牛の有毛細胞に受け取られ、音として知覚されます。このように、私たちの感覚器は、それぞれ受容する物理的エネルギーが定まっています。私たちの皮膚は、触覚、痛覚、温度感覚などの体性感覚(*4)受容器としても働いています。しかし、皮膚で光を感じることはありません。これは、網膜の視細胞にあるような光受容タンパク質が、皮膚の感覚受容器では作られていないことによります。
 したがって、光受容タンパク質が皮膚の感覚受容器にもあれば、皮膚で光を感じることができるようになるのではないでしょうか。これは、想像するだけならば容易にできますが、哺乳類などの高等動物では、これまで確認されていませんでした。このように、本来感覚できないエネルギーや情報の知覚を、私たちは、「スーパー感覚」とよんでいます。

 私たちは、単細胞緑藻類クラミドモナスの光受容タンパク質の一つ、チャネルロドプシン2をゲノムに組み込んだトランスジェニックラットを作製しました。このラットでは、中枢神経系のさまざまな神経細胞でチャネルロドプシン2が作られています。今回の研究では、このラットの脊髄の後根神経節におけるチャネルロドプシン2の分布を調べました。後根神経節は、皮膚、筋肉、関節などの感覚受容に関わる神経細胞の集合です。その結果、触覚や深部感覚を掌る大型の後根神経節細胞でチャネルロドプシン2が作られていました。しかし、痛覚、温度感覚をつかさどる小型の後根神経節細胞では作られていませんでした。これらの神経細胞の神経終末は、皮膚に達し、メルケル小体やマイスナー小体などの感覚受容器を構成していますが、ここにもチャネルロドプシン2が分布していました。また、チャネルロドプシン2を作っている神経節細胞では、青色LEDの光に応答して、活動電位が発生することを確認しました。チャネルロドプシン2は、光受容と陽イオンチャネルのはたらきを、単一の分子に併せ持っていますので、光により、膜電位が変動し、活動電位の閾値を越えたことによります。
 そこで、このラットの足裏に青色LEDの光を照射したところ、光に反応した足の動きが認められました。しかし、赤色の光には反応しませんでした。

 以上を総合すると、このラットの皮膚では、光が感覚受容器の神経終末で受け取られ、活動電位を発生し、脊髄、脳へと伝えられ、触覚としての知覚を引き起こしたことが示唆されます。しかし、痛覚は引き起こされていません。本研究は、世界で初めて、スーパー感覚を持つラットの作製に成功したものです。ものの形、大きさ、動き、手触りなど、触覚から得られるさまざまな情報が、脳でどのように認識されているのかは、ほとんど解明されていません。このラットは、このような研究を促進することが期待されます。

 本研究は、東北大学脳科学グローバルCOE、東北大学大学院生命科学研究科、防衛医科大学、生理学研究所との共同で行われました。また、本研究は、以下の研究事業の成果の一部として得られました。

・文部科学省脳科学研究戦略推進プログラム「光を用いた脳への情報入力を可能にするフォトバイオ−オプト・エレクトロBMI システムの構築とその定量的評価」研究代表者:八尾寛(東北大学生命科学研究科 教授)

・文部科学省科学研究費補助金特定領域研究「緑藻類ロドプシンの光受容−チャネル連関モーダルシフトの分子生理学的研究」研究代表者:八尾寛(東北大学大学院生命科学研究科 教授)

・文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「樹状突起における情報処理ダイナミクスの解明」研究代表者:八尾寛(東北大学大学院生命科学研究科 教授)

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST) 「脳神経回路の形成・動作原理の解明と制御技術の創出」研究領域:「中枢神経系局所回路の状態遷移としての動的情報変換の解明」研究代表者:虫明元(東北大学大学院医学系研究科 教授)

科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業(CREST) 「プロセスインテグレーションによる機能発現ナノシステムの創製」研究領域:「光神経電子集積回路開発と機能解析・応用」研究代表者:宇理須恒雄(自然科学研究機構分子科学研究所 教授)

・医薬基盤機構補助金・保健医療分野における基礎研究推進事業「遺伝子導入による視機能再建」研究代表者:富田浩史(東北大学国際高等研究教育機構国際高等融合領域研究所 准教授)


 ※図1〜2は添付の関連資料を参照


【用語説明】
*1:チャネルロドプシン2:緑藻類クラミドモナスより見出された光受容陽イオンチャネルの一つ。光受容により選択的に陽イオンを細胞内に取り入れる機能を持つ。すなわち、単一のタンパク質で光受容能と陽イオンチャネルの2つの機能を有する。この特徴的な機能から、チャネルロドプシン2単独の遺伝子導入で光照射によって興奮する、光受容神経細胞を作り出すことができる。この方法は、世界に先駆けて、東北大学から特許出願されている。
発明者:八尾寛、石塚徹、特願2005−34529(特開2006−217866)光感受性を新たに付与した神経細胞.(2005年2月10日出願)。

*2:トランスジェニックラット:特定の外部遺伝子を人為的に導入されたラット。

*3:後根神経節細胞:脊椎骨(せぼね)の脇にある、末梢からの感覚情報の中継点として機能する神経細胞の集団。

*4:体性感覚:皮膚で感覚する触覚、痛覚、温度感覚や筋肉・腱の伸張、関節の位置などの深部感覚の総称。


【論文題目】
 Light−evoked somatosensory perception of transgenic rats which express channelrhodopsin−2 in dorsal root ganglion cells
翻 訳:脊髄後根神経節にチャネルロドプシン2を発現するトランスジェニックラットにおける光誘発性体性感覚
掲載誌:Public Library of Science (PLoS) ONE (オンラインジャーナル)

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