イマコト

最新の記事から注目のキーワードをピックアップ!

Article Detail

JSTと東大など、生きた細胞の内部の温度分布を画像化できる蛍光試薬の開発に成功

2012-03-03

生きた細胞の内部の温度分布を画像化できる蛍光試薬の開発に成功


 JST研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)の一環として、東京大学 大学院薬学系研究科の内山 聖一 助教らの開発チームは、世界で初めて生きた細胞内の温度分布を計測できる蛍光プローブ(注1)の開発に成功しました。

 細胞温度は、細胞が示すさまざまな機能と密接な関係にあると考えられており、温度を正確に測ることができれば、病態細胞の新しい診断法の確立や、より効果的な温熱療法の適用が可能になると期待されています。しかし従来の技術では、細胞内部の局所的な温度やその分布を測ることが出来ませんでした。

 開発チームは、独自に設計した蛍光プローブを細胞の内部に導入し、その蛍光寿命の値が温度に依存して変化することを確かめました。蛍光の寿命は、蛍光寿命イメージング顕微鏡を用いて可視化できます。これらの技術を組み合わせ、細胞内に導入した蛍光プローブの蛍光寿命の違いを可視化することで、生きた細胞内部の温度分布を計測し、画像としてとらえることに成功しました。

 今回、生きた動物細胞の温度分布を画像化した結果、細胞核や中心体(注2)が特に温かいこと、ミトコンドリア近くでは局所的に熱が発生していることがわかりました。従来から、細胞内で行われているさまざまな化学反応などに伴って、局所的に熱が発生したり、吸収されたりするのではないかと考えられてきました。今回得られた結果は、個々の細胞内部に温度分布があり、それが細胞の機能と密接な関係にあることを、世界で初めて生きた細胞内で実測したものです。

 この成果によって、例えば、細胞の種類による内部温度分布の違いを比較することで、がん細胞などの病態細胞の新しい診断法が確立できる可能性が生じるなど、生物学や医学分野の発展に大きく貢献することが期待されます。

 本開発成果は、2012年2月28日(英国時間)発行の英国科学雑誌「Nature Communications」に掲載されます。

 本開発成果は、以下の事業・開発課題によって得られました。
  事業名:研究成果展開事業(先端計測分析技術・機器開発プログラム)要素技術タイプ
  開発課題名:「細胞内温度計測用プローブの開発」
  チームリーダー:内山 聖一(東京大学 大学院薬学系研究科 助教)
  開発期間:平成22〜25年度(予定)
  担当開発総括:奥居 徳昌(東京工業大学 名誉教授)

 JSTはこのプログラムの要素技術タイプで、計測分析機器の性能を飛躍的に向上させることが期待される新規性のある独創的な要素技術の開発を目指しています。


<開発の背景と経緯>
 生きた細胞の複雑な機能は、以前から細胞温度と密接な関係にあると考えられています。
 細胞の温度は、細胞の内部で起こるさまざまな化学反応に由来する生命現象に影響を及ぼします。実際に、がん細胞などの病態細胞は、正常細胞と比較して高温であることが指摘されており、医学分野においても細胞の温度計測に興味が持たれています。しかしながら細胞のサイズは数〜数十μmと非常に小さいため、熱電対やサーモグラフィーといった既存の温度計測技術を利用することが困難でした。
 チームリーダーの内山助教らは、2009年に細胞1個を測定可能な温度計測技術を開発しました(J.Am.Chem.Soc.,2009)。これは、温度変化によって構造が変わる高分子でできたゲルの内部に蛍光色素を結合させたものです。この蛍光プローブが発する蛍光の強さは温度に依存するので、プローブの蛍光強度からその部位の温度がわかります。内山助教らは、実際にこの蛍光プローブを用いて、一つの細胞の温度測定に成功していました。しかし、この蛍光プローブは細胞内部で互いに集まって固まりを形成してしまい、細胞内部の小器官や、より小さな領域の温度や温度の分布を測定することはできませんでした。
 今回、新たに細胞内で凝集しづらい温度計測用蛍光プローブを開発することで、温度測定の空間分解能を劇的に向上させることに成功しました。さらに、蛍光の強度ではなく、その寿命を測定することで、プローブの濃度や照射光強度といった測定条件の影響を受けにくくし、生きた細胞内部の温度分布の計測を実現しました。


<開発の内容>
 はじめに、細胞内に広く分散しうる温度計測用蛍光プローブ(図1)を合成しました。
 本蛍光プローブは、温度変化を感知するユニット、細胞内での凝集を防ぐユニット、蛍光シグナルを発するユニットで構成され、水溶液中にて温度依存的な蛍光寿命を示します(28℃にて4.6ナノ秒、40℃にて7.6ナノ秒)。この蛍光プローブは温度の変化に敏感で、0.18℃ものわずかな温度差を検出可能です。また、本プローブの温度検出性能は、pH、イオン強度、粘度、たんぱく質の量など、細胞内部で局所的に大きく変化しうる要因にも影響を受けません。次に合成したこのプローブを、先端径が0.7μmのガラス製針を通してCOS7細胞(アフリカミドリザル腎臓由来)に導入し、蛍光寿命イメージング顕微鏡を用いて蛍光寿命像を取得しました。その結果、細胞核や中心体が細胞質と比較して温かいこと(図2)、ミトコンドリアの近くで局所的に温度が上昇していること(図3)などを鮮明にとらえることに成功しました。同様の細胞内温度分布は、HeLa細胞(ヒト子宮頸がん由来)を使用した実験においても観測されました。生きた細胞内の温度分布を高い温度分解能と高い空間分解能でとらえたのは今回が世界で初めてであり、本開発の大きな成果と言えます。
 本開発においては、チームリーダーである東京大学 大学院薬学系研究科の内山 聖一助教が新しい温度計測用蛍光プローブの開発を、同研究科の岡部 弘基 助教が実際の細胞内の温度分布計測を、分担開発者である奈良先端科学技術大学院大学 バイオサイエンス研究科の稲田 のりこ 特任准教授が蛍光寿命イメージング顕微鏡のセットアップを、それぞれ担当しました。


<今後の展開>
 今回開発した細胞内の温度分布計測法は、どのような種類の細胞にも応用可能です。本成果は、さまざまな細胞の機能や病態化のメカニズムを、細胞内の局所的な温度とその分布から解明する可能性をもたらしました。これは、従来の生物学や医学では考慮することができなかった観点を導入し、生物学、医学分野における研究の発展に寄与するものと期待されます。

 すでに、世界各国のさまざまな分野の研究者から今回開発した温度計測用蛍光プローブの提供を要請されており、日本発の新技術が世界中の研究者によって広く利用されることが期待されます。現在、開発チームは、この蛍光プローブにさらなる改良を行うことによって、より正確で、かつ針を通して細胞内へ注入する操作を必要としない簡便な細胞内温度分布計測法の確立を目指しています。


※参考図、用語説明など詳細は添付の関連資料を参照

Related Contents

関連書籍

  • 死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    死ぬまでに行きたい! 世界の絶景

    詩歩2013-07-31

    Amazon Kindle版
  • 星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    星空風景 (SKYSCAPE PHOTOBOOK)

    前田 徳彦2014-09-02

    Amazon Kindle版
  • ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    ロンドン写真集 (撮影数100):ヨーロッパシリーズ1

    大久保 明2014-08-12

    Amazon Kindle版
  • BLUE MOMENT

    BLUE MOMENT

    吉村 和敏2007-12-13

    Amazon Kindle版