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理化学研究所、好気呼吸酵素に備わっているプロトンポンプの原型にあたる構造を発見
プロトンの通り道から呼吸酵素の起源にせまる
一立体構造比較から呼吸酵素の分子進化を推測可能に−
◇ポイント◇
・嫌気呼吸に関わる一酸化窒素還元酵素の一種「qNOR」の立体構造を新たに解明
・嫌気呼吸酵素には、好気呼吸酵素が持つプロトンポンプの原型にあたる構造が存在
・分子進化を模倣した人工分子の設計指針の可能性
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、嫌気呼吸を行う好熱性細菌が持つ一酸化窒素還元酵素(qNOR)(※1)の立体構造解析を行い、好気呼吸酵素に備わっているプロトンポンプ(※2)の原型にあたる構造を発見しました。この発見は、呼吸酵素が数十億年かけて培ってきた分子進化の道筋の一端を突き止めたことになります。これは、理研放射光科学総合研究センター(石川哲也センター長)城生体金属科学研究室の城宜嗣主任研究員と、基幹研究所(玉尾皓平所長)杉田理論生物化学研究室の杉田有治准主任研究員らを中心とした研究グループの成果です。
私たち人間をはじめとする地球上の多くの生物は、酸素を体内に取り入れて生きています。取り入れた酸素は、生体エネルギーであるアデノシン三リン酸(ATP)(※3)を合成するための燃料として利用されます。このように酸素を用いる呼吸を好気呼吸といいます。一方、深海、土壌、熱水域など酸素の無い場所で生きている微生物は、今から30億年以上前に生きていた微生物の生き残りと考えられており、酸素の代わりに窒素や硫黄の化合物を利用してATPを合成する嫌気呼吸を行っています。好気呼吸では細胞膜上に存在するシトクロム酸化酵素 (COX) (※4)が好気呼吸酵素として重要な働きをします。COXは、細胞の内から外へプロトン(H+)(※5)を汲み出すことで細胞膜内外にプロトン濃度勾配を作り出し、ATPを合成する酵素を効率よく機能させます。嫌気呼吸では、一酸化窒素還元酵素(NOR)(※1)が中心的な嫌気呼吸酵素として働きますが、NORはプロトンポンプ機能を持っていないため、ATPの合成効率は、好気呼吸の場合よりも低くなります。つまり、呼吸酵素が進化の過程でプロトンポンプ機能という高機能を獲得したことは、生物の進化の基礎となったと考えられます。
研究グループは、大型放射光施設SPring−8(※6)を用いて、嫌気呼吸を行う好熱性細菌が持つqNORの立体構造を明らかにすることで、NO還元反応に必要なプロトンが細胞の内側から活性部位へと運ばれる通り道を発見しました。qNORはプロトンポンプ機能を持ちませんが、その通り道は、COXでのプロトンポンプの位置に類似していました。これまでは、嫌気呼吸酵素には存在しないとされてきたプロトンポンプですが、その原型と推測される構造が嫌気呼吸酵素に存在することを初めて明らかにしました。今回の成果は、呼吸酵素が数十億年かけて培ってきた分子進化の一端を突き止めたもので、好気呼吸を行う生物の起源にせまる発見といえます。
本研究成果は、科学雑誌『Nature Structural & Molecular Biology』に掲載されるに先立ちオンライン版(1月22日付け:日本時間1月23日)に掲載されます。
*以下、研究成果詳細・補足説明などは添付の関連資料を参照