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産総研、フェムト秒レーザーによる酸化グラフェンの非熱的還元を提案

2012-01-24

フェムト秒レーザーによる酸化グラフェンの非熱的還元を提案
−グラフェン製造の新たな方法を第一原理計算でシミュレーション−


■ポイント
 ・酸化グラフェンの還元に適したレーザー波形を第一原理計算シミュレーションから提案
 ・エポキシ構造酸素や水酸基の酸化グラフェンからの脱離を、第一原理計算シミュレーションで確認
 ・酸化グラフェンの還元による新たなグラフェン製造技術への貢献に期待


<概要>
 独立行政法人 産業技術総合研究所【理事長 野間口 有】(以下「産総研」という)ナノシステム研究部門【研究部門長 八瀬 清志】ダイナミックプロセスシミュレーショングループ 宮本 良之 研究グループ長は、シミュレーションに基づいて、パルス幅2フェムト秒(fs)程度のレーザー照射により、酸化グラフェンを還元してグラフェンを製造する方法を提案した。

 時間依存第一原理計算によりフェムト秒レーザーを照射した後の酸化グラフェンの構造変化をシミュレーションすることにより、効率良く酸化グラフェンを還元してグラフェンを作製するのに適したレーザーの波形を見出した。この還元方法は、化学物質を用いたり、高温で処理したりしない方法で、パルス幅の広い(〜200 fs)フェムト秒レーザーによる還元よりも、還元反応に伴う発熱を抑制できるため、グラフェンに欠陥が発生するリスクが少ない。したがって、この還元方法を応用すれば酸化グラフェンの印刷塗布によるグラフェン電極製造技術への貢献が期待される。

 なお、本成果の詳細は2012年1月17日(日本時間)に米国物理学会発行のPhysical Review Bにオンライン掲載される。また2012年2月15〜17日に東京ビッグサイト(東京都江東区)で開催されるnano tech 2012第11回 国際ナノテクノロジー総合展・技術会議にて発表する。


 ※「レーザー照射により酸化グラフェンから酸素が除かれるシミュレーションの結果」は添付の関連資料「参考画像」を参照


<開発の社会的背景>
 近年、グラフェンを応用した電子技術が注目されている。透明性と電気伝導度がともに高いという性質を活かして、太陽電池用の電極やタブレットPCなどのタッチパネルへの透明電極としての応用が期待されている。しかし、グラフェンをこれらの用途に利用するために大量合成し、必要なパターンで印刷塗布する技術にはコストや結晶性劣化などの問題があり、開発の妨げになっていた。

 近年、グラファイトを酸化して酸化グラフェンに変えた後、溶液中で剥離し、それを回路パターンに印刷塗布した後に還元するというグラフェン電極製造方法が注目されている。しかし還元には、ヒドラジンなどの毒性の強い化学物質を用いるか、1000 ℃の高温で処理する必要があり実用化の障害となっていた。


<研究の経緯>
 産総研は実用化に適したグラフェン応用技術の開発を目指しており、電気伝導度の計算によるエレクトロニクス材料としての検証、電界印加によるバンドギャップのコントロールによるトランジスタの設計、グラフェンを高性能で動作させるための基板の選択などの理論的研究も進めてきた。グラフェン研究、特に製造方法の研究は世界的に競争が激しい。そのなかで、酸化グラファイトを溶液中で剥離して酸化グラフェンを得、それを塗布後、還元することでグラフェンを製造する技術に着目し、酸化グラフェンの還元をより効率的に行う方法を探ることとした。

 今回の研究は計算プログラムをともに開発してきた中華人民共和国 四川大学のHong Zhang教授との共同研究であり、文部科学省「HPCI戦略プログラム」および「計算物質科学イニシアティブ」の助成を受けたものである。計算には国立大学法人 筑波大学のT2Kスーパーコンピューターを利用し、計算の実行および解析は産総研が担当した。


<研究の内容>
 今回の研究では、産総研の第一原理計算技術とその計算プログラムを活用して、レーザー光による酸化グラフェンの電子励起とそれに引き続いて起こる酸化グラフェン内の原子の運動のシミュレーションを行った。これは、時間依存密度汎関数理論に基づく第一原理計算によって、レーザー照射直後からの電子の波動関数の時間変化と原子核の分子動力学の計算を同時に実行することで可能となった。パルス波形をさまざまに変えてシミュレーションすることによって、酸化グラフェンにダメージを与えないで還元する方法に適したフェムト秒レーザーの波形を見出した。

 さまざまな波形のうち、図1のような電場変化を示すパルス波形のレーザーが最も効率がよいことが判明した。このレーザー波形はパルス幅2 fsと、これまでに酸化グラフェンの還元に利用されているフェムト秒レーザー(パルス幅は約200 fs)よりも著しく狭いパルス幅である。

 ※図1は添付の関連資料を参照

 今回のシミュレーションの条件では、レーザーから供給されるエネルギー密度がある閾値を超えると、図2に示すように、酸化グラフェンから酸素原子が脱離すること、すなわち還元されることが分かった。酸素原子の脱離運動が顕著になる時間スケールでは、レーザーパルスはもはや減衰しきっている。これは、電子励起が高速で起きるのに対し、原子運動が始まる時間は遅いためで、電子と原子の質量差によるものである。また、酸素原子との結合により歪んでいたグラフェンの炭素原子の配列が、酸素原子の脱離後にはグラフェン本来の平坦な構造に戻ることも計算により分かり、この方法による還元ではグラフェンの構造が破壊されないことが示された。還元に必要なレーザーのエネルギー密度の計算値は数 mJ/cm2のオーダーであることが本計算より分かったが、より精密な絶対値はシミュレーションのために想定した周期境界条件に依存するため、酸化グラフェンの還元を行うためのレーザーエネルギーの閾値をシミュレーションで精密に決定するには至っていない。

 ※図2は添付の関連資料を参照

 酸化グラフェンのもう1つの形態である水酸基(OH基)をもつ構造についてもシミュレーションを実行した。この場合も、同じ波形のパルスレーザー照射によりOH基が脱離し、酸化グラフェンが還元されることが判明した。図3はその様子をシミュレーションした結果である。

 ※図3は添付の関連資料を参照

 OH基の場合には、パルスレーザー照射後に、まず質量の軽い水素が高速運動を開始するが、水素は脱離せずそのままで、酸素が脱離を始める。このまま水素と酸素の結合は切れることはなく、水素は脱離の速度をいったん緩め、酸素に追いつかれる。このようにしてOH基は分子軸の方向を揺らしながらグラフェンから離れていくことが分かった。


<今後の予定>
 電子のダイナミクスを計算する際に便宜上導入した周期境界条件の及ぼす影響のさらなる検証、酸化グラフェンのレーザー照射前の温度条件を統計的に取り込むなどの計算上の技術的問題から発生する計算精度の問題を解決することで、レーザー波形だけでなく、還元を行うために必要最小限度のレーザー強度の予測精度向上を目指す。グラフェンの生成時に酸化以外の原因による不純物除去の方法へと研究を拡大することで、グラフェン生成、精製のプロセスの精密設計が可能となり、実用化につながると期待している。


<用語の説明>

◆パルス
 ある時間だけ持続するシグナルのこと。本発表の文では強度が数フェムト秒(フェムト=10−15)の間だけ持続するレーザー光に対して用いている。

◆酸化グラフェン、グラフェン
 グラフェンは、鉛筆の芯にも使われる黒鉛(グラファイト)の単層部分からなる2次元のシート状物質で、炭素原子が蜂の巣状に6角形のネットワークを組んでいる。
 酸化グラフェンは、グラフェンの層上や端に酸素原子・水酸基、またはその他の電子親和性の比較的高い分子が吸着した構造をしており、グラフェンと比較して水和性が高く塗布工程に向いている。酸化の度合い、吸着分子の種類は酸化方法により異なる。

◆時間依存第一原理計算、第一原理計算
 実験データを頼りとせずに、物質の構造、構成元素の原子番号を入力変数とするだけで、物質の内部エネルギー、電気的化学的性質などを数値計算によって決定する計算手法を第一原理計算という。
 時間依存第一原理計算は、さらに電子のダイナミクスもシミュレーションすることが可能である。

◆フェムト秒レーザー
 パルス幅がfs(10−15 s)台のパルスレーザー。パルス幅が非常に狭いこと、レーザー光の電場強度により決まるピークパワーが通常の連続発振レーザーと比較して非常に大きい(> MW)ことが特徴である。短時間に大きなパワーを伝達できることから、次世代の高品質加工への応用が期待されている。

◆電子励起
 物質中に存在する電子は通常はエネルギーの最も低い状態(基底状態)に存在する。しかし、光などの照射によりエネルギーの高い軌道に上がることがある。これを電子励起と呼ぶ。量子力学にのっとった数値計算により、この電子励起状態にある電子の運動とそれに伴う物質構造変化を時間第一原理計算でシミュレーションすることができる。

◆時間依存密度汎関数理論
 電子の多体相互作用を電荷分布の汎関数として近似し、それによる電子の状態(電子の波動関数の一体表示)が一意に求まるという理論が密度汎関数理論。この密度汎関数理論を電子の動的運動にまで拡張したのが時間依存密度汎関数理論で、励起された電子の挙動を近似的に取り扱える。

◆周期境界条件
 第一原理計算により、物質の電子構造を計算するときに持ち込む数学的条件。もともとは、結晶性の材料の計算をする際の計算様式であり、Blochの定理による電子の波動関数の決定やエバルト法と呼ばれる方式による内部エネルギー計算を精度よくできる利点がある。最近では、結晶性の悪い物質や液体など周期性のない材料、あるいは表面や界面など3次元方向全てに周期性がない材料の第一原理計算も必要になったため、大きなセルの周期を与えたり、恣意的に真空層を繰り返し与えるといった計算上のテクニックを用いることがなされている。

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