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JSTなど、運動中に手の感覚が抑制される新たな神経機構を解明

2012-01-24

運動中に手の感覚が抑制される新たな神経機構の解明
−すばやい動きを生み出すメカニズム−



 JST 課題達成型基礎研究の一環として、国立精神・神経医療研究センター 神経研究所 モデル動物開発研究部の関 和彦 部長らの研究グループは、運動中に手の感覚が抑制される新たな神経機構を解明しました。
 熱いものを手で触った時、多くの人には無意識にその手を振った経験があり、またそれによって、「熱い」という感覚が軽減することがよく知られています。心理学的には、この運動時においては、末梢神経で感じる刺激を知覚しにくくなることが明らかにされていますが、「どのような」神経の働きによって、また「何のために」感覚が抑制されるのかについては不明のままでした。
 手の感覚はまず脊髄に伝達され、それが脊髄上行路を経由して大脳皮質に到達して、初めて「熱い」や「冷たい」などと知覚されます。そこで研究グループは、この手の感覚神経経路に注目し、「手の感覚が脊髄に到達した時点で、すでに感覚が抑制されている」という仮説を立てました。
 今回、この仮説を検証するために、本研究グループは、手の運動を行っているサルの皮膚感覚応答を脊髄と大脳皮質で同時に測定する方法を新たに開発しました。その結果、大脳皮質で記録される運動中の感覚抑制注)は脊髄ですでに始まっていることを初めて証明しました。さらに、大脳皮質の運動野においては運動中だけでなく運動準備の段階からこの抑制が始まっており、この抑制が大きければ大きいほどサルは手を速く動かせることを発見しました。それによって運動時の感覚抑制の役割の1つが、より良い運動の準備状態を作るためであることが示唆されました。
 今回の研究成果は、自他の行動識別(自分の行動と、他人の行動により受け身で起こった運動の識別)に用いられている神経基盤の1つと考えられ、それが障害される統合失調症などの病態理解や診断に役立つことが期待されます。
 本研究は、ワシントン大学 生理生物物理学部のE.フェッツ氏や自然科学研究機構生理学研究所との共同研究で行われ、本研究成果は、2012年1月18日(米国東部時間)発行の米国科学誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されます。


 本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。

 ●戦略的創造研究推進事業 さきがけ(個人型研究)
  研究領域:「脳情報の解読と制御」
         (研究総括:川人 光男 (株)国際電気通信基礎技術研究所 脳情報通信総合研究所 所長/ATRフェロー)
  研究課題名:「感覚帰還信号が内包する運動指令成分の抽出と利用」
  研究者:関 和彦(国立精神・神経医療研究センター 神経研究所モデル動物開発部 部長/元 自然科学研究機構 生理学研究所 助教)
  研究実施場所:国立精神・神経医療研究センター神経研究所
  研究期間:平成21年10月〜平成27年3月

 JSTはこの領域で、運動や判断を行っている際の脳内情報を解読し、外部機器や身体補助具等を制御するブレイン・マシン・インターフェイスBMI)を開発し、障害などにより制限されている人間の身体機能を回復するための従来にない革新的な要素技術の創出に貢献する研究を支援しています。上記研究課題では、運動することに生ずる感覚が、自分の脊髄の神経回路に戻ることにより、筋肉が駆動されるメカニズムを研究し、外部から感覚帰還信号を強化することによって損傷脳の運動制御を支援し、リハビリテーションを促進する方法を開発する基礎を築くための研究を行っています。


<研究の背景と経緯>
 全く同じ刺激が手足の皮膚などに与えられたとしても、引き起こされる感覚は状況に応じて異なることは私たちが日常生活の中で体験していることです。例えば、熱いフライパンのふたを持ち上げる場合、もし、「ふたが熱い」ということを知らない場合は皮膚刺激が脊髄の神経を興奮させ、手を引っ込める反射(屈曲反射)が起こり目的は達成できません。一方、熱いことをあらかじめ知っている場合には、神経の興奮を抑制することができます(図1)。
 このような、状況に依存した感覚反応の変化は自己の運動中に顕著であることが、心理学的研究から明らかにされてきました。このことを示す別のケースは、手のひらをくすぐる際にも存在します。例えば、他人に手のひらをくすぐられる場合と自分自身でくすぐる場合とでは、自分自身でくすぐった方が「くすぐったさ」が抑制されること、また自分自身でくすぐった場合でも、より早く皮膚を刺激した方が感覚の抑制が大きいことなどが知られていました。また、統合失調症の患者ではこの抑制が少ない(自分がやっても他人がやっても同じように感じる)ことから病態の診断への応用を検討する研究例もあります。
 しかし、こうした研究が進められている一方で、自分の運動中に皮膚感覚が変化する現象を引き起こす脳内の仕組みは分かっていませんでした。


<研究の内容>
 研究グループでは、皮膚感覚を伝える末梢神経がまず脊髄で中継されることに注目し、サルが手首を動かしている最中に、皮膚神経から脊髄と大脳への連絡がどのように変化するか、ということの記録に世界で初めて成功しました(図2)。
 さらに、その変化と運動の成績を比較することによって、「なぜ」皮膚感覚が運動中に変化する必要があるのかについて解析しました。その結果、運動中の皮膚神経からの連絡は、大脳皮質の感覚野や運動野だけでなく第一中継地点である脊髄においてすでに抑制されていることが明らかになりました(図3)。この結果は、これまで心理学的実験において認められてきた運動時の感覚閾値上昇は脊髄のレベルで引き起こされることを強く示唆する結果です。さらに、大脳皮質の運動野への皮膚感覚入力は運動前、つまりサルが運動の準備をしている時間帯からすでに抑制されていました(図3)。また、その抑制が大きければ大きいほど、サルは素早い運動を行うことができることが明らかになりました(図4)。これは丁度、サッカーのプレイ中にけがをしても痛みをあまり感じずにプレイを続行できるように、運動と直接関係しない感覚が抑制される仕組みが、運動の準備中に運動と一緒にセットされて準備されることを意味しています。大脳皮質や脊髄には多くの神経回路があり、いろいろと有益な役割を果たしていますが、特定の運動にあたって、足を引っ張るようなことも出てきます。邪魔になる回路は抑制し、役に立つ回路は増強するようにあらかじめセットされるものと考えられます。これは、これまで報告されたことのない種類の新しい感覚抑制のタイプであると同時に、感覚抑制がより良い運動を行うために役立っていることを強く示唆する結果です。今回の実験結果から、運動時の感覚抑制は脳や脊髄を含めた中枢神経全体で同時に認められる現象であることを明らかにし、さらにその抑制は余剰な感覚情報の軽減によって、より良い脳の働きを作り出しているという新たな仮説を導くことができました。


<今後の展開>
 本研究によって、運動時の感覚抑制が大脳皮質だけでなく脊髄や脳幹を含めた感覚入力の多くの中継地点の連携によってもたらされていることが明らかになりました。今後は、その連携の仕組みを詳細に調べる研究が盛んになると予想されます。また、新たに発見された運動成績と感覚抑制の大きさとの関連性は、これまで未知であった感覚抑制の機能的意義を、生物実験によって初めて提案することができました。今後は、さまざまな運動や運動疾患において同様の計測を行うことにより、運動能力をより客観的に評価する研究が進展すると予想されます。さらに今回明らかになった自他の行動識別の神経基盤を用いた精神疾患などの病態理解や治療法開発などの研究が進展する可能性があります。


※下記資料は、添付の関連資料「参考資料」を参照
 ・図1 同一の感覚入力は状況に応じて異なった結果を生む(例)
 ・図2 皮膚神経からの感覚入力を脊髄と大脳皮質で同時に記録する:新実験技法の開発
 ・図3 皮膚神経刺激によって引き起こされた神経活動の運動時変化
 ・図4 運動野の神経活動の抑制と反応時間との相関
 ・用語解説
 ・論文名

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